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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「きゃぁぁぁぁ。」

 よく晴れ渡った空の下に明るい悲鳴が響き渡る。

「そんなに騒がないでよ。」

 少し頬を染めたジョアンナが、悲鳴の主であるクリスティーナからプイッと顔を背けた。


「そんなことできませんわ。これは大事件ですもの。ね、レイナ様、アイリン様。」

 興奮した様子のクリスティーナに同意を求められて、アイリンと顔を見合わせてクスッと笑った。


 季節は秋へと変わっていた。

 明日は私とエイデンの結婚の儀ということで、クリスティーナとアイリンがフレイムジールへとやって来ているのだ。


 結婚式までもう問題を起こすなと、今まで以上にピリピリしているカイルのおかげなのかどうなのか……夏の間私は穏やかに過ごすことができた。


「確かに大事件ですわね。」

 アイリンがクスクスと笑いながら言った。

「そうですよ。まさかジョアンナ様がアラン様と婚約されるなんて驚きですわ。」

 興奮しすぎて立ち上がってしまったクリスティーナを見ながら、私も初めて聞いた時は紅茶を吹いちゃったわとついつい笑ってしまう。


 そう……夏の間穏やかに過ごせたけれど、大きな出来事がないわけではなかった。

 夏の間の出来事の一つが、クリスティーナとの関係の変化だ。


 大国会議での騒ぎの謝罪のため各国をまわる兄夫妻に伴い、クリスティーナもフレイムジールへとやって来た。

「お土産ですわ。」

 と言ってクリスティーナがくれたのは大量のサボテンだった。


「今度一緒に食べましょうって約束しましたよね。」

 そう美しい笑顔で言われ、一緒にサボテンステーキを食べた日から、なんだかんだとクリスティーナと仲良くしている。


 あんなにクリスティーナのことをあざといと言って嫌っていたジョアンナですら、クリスティーナのサボテン攻撃を受け、いつの間にか馴染んでしまった。


 もう一つの大きな出来事は、ジョアンナとアランの婚約だった。

「私、アランと結婚することにしたから。」

 いつの間にか日課になってしまったジョアンナ、レオナルド、アランとの朝食の席で突然ジョアンナはそう宣言した。


 飲みかけの紅茶を思わずブーっと吐き出してしまいそうな程驚いてむせてしまう。

「ほ、本当ですか?」

 コホコホとむせながら尋ねる私に、

「大丈夫かい?」

 とレオナルドが笑いながら背中をトントンと叩いてくれる。


 昨日まで特に何も言ってなかったのに、いきなりどうしたの?

「本当だよ。」

 アランが満面の笑みを浮かべてジョアンナの肩に手を置いた。


 信じられない……アランは全く相手にされてなかったのに……

 そう思いながらも

「おめでとうございます。」

 と二人に声をかけた。


「レオは知ってたの?」

 全く驚いていないレオナルドにそう尋ねた。

「昨夜聞いたよ。エイデンも一緒にね。」

「そうなんだ……」


 昨夜エイデンが部屋に戻って来るのが遅かったのはそのせいだったのね。

 残念だわ……先に寝ちゃったせいで、エイデンの反応が分からなかった。


「お祖父様は、何て言ってましたか?」

 エイデンの反応も気になるけれど、やっぱり一番気になるのはお祖父様の反応よね。


「すごく喜んでましたよ。」

 アランが自信満々な様子で答えた。

 その横でレオナルドが微かに首を傾げながら、

「まぁ、反対はしてなかったけどね。」

 と微妙な顔で笑った。


 ジョアンナの気持ちが変わる前に……そうアランがせかしたため、その後すぐに二人は婚約した。


「前にお会いした時は、絶対にアラン様と結婚なんてしないっておっしゃってたじゃないですか?」

 少し落ちついたのか、椅子にきちんと座り直してクリスティーナが言った。


「仕方ないじゃない……」

 そっぽを向いたままジョアンナがボソッと呟く。

「あんなに毎日毎日好きだって言われたら、なんか好きになってしまうもんでしょ……」

 真っ赤な顔になっているジョアンナは、いつもよりしおらしくて可愛らしい。


「そう言うもんですかぁ?」

 クリスティーナが分からないという表情をする。

「わたくしはどちらかと言うと、毎日毎日好意を伝えられると面白くないですけど。」


「それはあなたが、蔑まれたい願望持ってる変人だからでしょ。」

 まだ少し赤みの残る顔のままそう言ったジョアンナの横で、えっ? と驚いた顔でアイリンが固まってしまった。


 聞いてもいいんだろうかと戸惑った様子のアイリンに、クリスティーナはエイデンから蔑んだ目で見られるのが好きだったと言う話をした。


「まぁ……」

 アイリンが驚いた声を出す。

「そういう性的嗜好の方がいるという話は聞いたことがありましたけど、まさかクリスティーナ様がそうだったなんて……」


 性的嗜好って……なんだかちょっと言い方が大げさな気もするんだけど……

 そんな風にぼんやりと考えていると、

「待ってください。」

 クリスティーナがアイリンにキリッとした顔を向けた。


「わたくしは蔑んだ目で見られたいだけで、マゾって言うわけじゃありませんわ。」

「違うんですか?」

 アイリンが首を傾げた。


「全く違います。」

 アイリンが力一杯答えた。

「わたくしには精神的にも肉体的にもいじめられたい願望なんてありませんもの。」


「でもゴミを見るような目で見られたいんでしょ?」

「そうです。」

 そう答えたクリスティーナの頰がポッとピンクに染まった。


「ごめん……全く分かんないわ。」

 ジョアンナの言葉に私もアイリンも頷いた。


「あ、言っておきますが、蔑んでもらえれば誰でもいいってわけじゃありませんからね。」

 クリスティーナがつけ加える。

「わたくしが興奮するのは、男前の冷たい瞳だけです。」


 そうきっぱりと宣言されても……

「そ、そうなんですか……」

 コメントに困ってしまう。


「だからエイデン様の冷めた目は最高ですわ。あの綺麗なチョコレート色の瞳の中に、わたくしを軽蔑するような冷たさが含まれて……」

 クリスティーナがエイデンの顔を思い出しながらうっとりとした表情を浮かべた。


 ははっ……

 なんだか複雑な気持ちだわ。

 エイデンを褒められているのに、褒められている感じが全くしない。


「ちょっと、エイデンにはもう未練はないって言ってなかった?」

 少し心配するような様子でジョアンナが尋ねた。


「未練なんて全くありませんわ。レイナ様のことを見てるエイデン様のあのとろけたお顔。あれを見てしまったら……正直幻滅ですわ。」


 幻滅してくれてありがとう。

 心の中でそう呟いた。


「難しいですね……でもクリスティーナ様がこんな方だったなんて……」

 アイリンが苦笑する。


 本当に。あのあざといクリスティーナはどこへいってしまったんだと思ってしまう。


「どこかにわたくしの理想の男性はいないのかしら……」

 クリスティーナがほぅっと小さく息をついた。

 ビビアンがくすくすと笑いながら、4人のカップに紅茶のお代わりを注いでいく。


「冷たい瞳でクリスティーナ様を見る男前ですかぁ……」

 アイリンが顎に手を当て考えこむ仕草を見せる。

「思いつきませんね。」


「そうなのよ。」

 クリスティーナが注がれたばかりの紅茶をゆっくりと飲みながらため息をついた。


「残念だけれど、わたくしに冷たい目を向ける方なんていないんです。どちらかと言うと皆さんわたくしを甘い瞳で見つめてらっしゃるから……」

 心底つまらない様子でクリスティーナが再びため息をついた。


 話している内容が本当のことだと分かってはいるが、なんだかもやっとする。

 きっとジョアンナもアイリンも同様の気持ちなのだろう。なんとも言えない表情をしている。


「その性癖をもっとオープンにすれば、冷たい目で見られることも増えるんじゃないですか?」

 アイリンの言うことももっともだ。

「そういうプレイもあるわよね。」

 とジョアンナも納得している。


 まぁプレイと言うとなんだか響きにいやらしさが入ってしまうけれど、クリスティーナが蔑んでとお願いしたら、喜んで協力する人は多いだろう。


「クリスティーナ様が蔑すまれたがってると分かったら、そういう冷たい瞳が大流行しそうですね。」

 舞踏会で男性陣が競ってクリスティーナに冷たい視線を送っている様子を想像して思わず笑ってしまう。


「それも楽しそうですけど……無理ですわ。」

 残念そうな顔でクリスティーナが首を振る。

「わたくしはサンドピークの姫なんですよ。今サンドピークが大変な時に、お兄様達に余計な心配をかけられませんわ。」


 たしかに今サンドピークはゴタゴタしていると聞いている。大国会議の最中に騒ぎを起こしたことで、サンドピークの評判もガタ落ちだ。


「やっぱりレイナ様に嫌がらせをして、エイデン様に虫けら扱いされるしかないかしら……」

 ボソッと呟いたクリスティーナに、お願いだから絶対にやめて〜と懇願した。

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