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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「しょうがないな。」

 ふっと軽く笑みを浮かべながら、エイデンが私の背中にまわした手の力を緩めた。


 すぐさま体を起こしてソファーにきちんと座りなおす。はぁっ……安堵のため息をついた。

 エイデンの思い通りになっていることが何となく面白くないけれど、仕方がない。


 手紙の封を切り、白い便箋を取り出した。

 便箋がカサっと乾いた音を立てる。

「きゃっ。」

 肩あたりに違和感を感じて、ギョッとする。


「エイデン……おどかさないでよ。」

 エイデンが首を伸ばして私の肩の後ろから、便箋を覗きこんでいたのだ。


 んんっとわざとらしく喉を鳴らしてエイデンがあさっての方向を見る。

 そんなにこの手紙が気になるのかしら?


「エイデンも一緒に読みたいの?」

 私的には一人でゆっくり読みたいんだけどと思いながらもそう尋ねてみた。

「レイナが読んで欲しいなら、読んでやってもいいぞ。」

 エイデンがそう答えて便箋に顔を寄せた。


 めちゃめちゃ気になってたのね……

 手紙に集中しているエイデンの顔を見ながら苦笑してしまう。

 そんなに読みたいなら、素直に言ってくれればいいのに。これじゃ私より先に読み終わってしまいそうね。


 再びマルコの手紙に視線をおとした。

 えっと……親愛なるレイナ姫へ……

 便箋には綺麗な字が綴られていた。




『親愛なるレイナ姫へ



 あなたが私に会いたがっているとレオ様から聞きました。あなたが私を心配しているということも。

 あなたを殺そうとした私の身を案じるなんて、あなたは本当に優しい人ですね。


 あの日私はあなたを道連れにしようと本気で思っていました。そうすればやっと楽になれると。


 目が覚めて自分がフレイムジールにいると分かった時は酷く悲しかったです。

 と同時にあなたが無事だと分かって嬉しくもありました。


 不思議ですね……あんなにあなたを憎く思っていたはずなのに。今私の心はとても穏やかです。


 もしかしたら、あなたのいとこだったマルクスは本当に死んでしまって、今の私はただのマルコになってしまったのかもしれません。


 だからといって、私がしたことは決して許されることではないと分かっています。

 これから先あなたに会うことはないでしょう。


 どうかお幸せに。』



 手紙を読み終わったエイデンと目があった。

 その表情からエイデンが何を思っているのか判断することは難しい。


 読み終えた手紙を再び封筒の中にしまった。

 二度と会わないかぁ……

 仕方がないことかもしれないけれど、やっぱり少し寂しかった。


 どうかマルコも幸せに。これから先の彼の人生が明るく楽しいものになりますように……

 心の中でマルコの幸せを切に願った。


「今マルコが幸せになるようにって願ってただろ?」

「え、何で?」

 エイデンに言われてドキッとしてしまう。

 何で分かったのかしら?


「本当に甘いよな……」

 そう言ってエイデンは大きなため息をついた。

「分かってんのか? レイナはあいつに殺されたんだぞ。」


「そうだけど……でも生き返ったんだし……」

 マルコの辛さを考えたら、怒る気にもなれない。

「ノースローザンヌで笑って暮らせたらいいんだけど。」


「俺はあいつをノースローザンヌへ行かせることには今でも反対だ。」

 エイデンは怒りの滲んだ声で言った。


「もしまたあいつがレイナを殺そうとしたらどうするんだ。」

 もう二度とそんなことにならないように、マルコを一生幽閉しておくべきだとエイデンは言った。


「それでもマルコを行かせてくれたんだね。」

 ありがとう。そうエイデンにお礼を言った。

「お前がお礼を言うことじゃないだろ。」

 エイデンは気にくわないという顔をした。

「マルコを幽閉しなかったのは、レオナルドがうるさかったからだ。」


 レオナルドはマルコを今までのように側に置いておきたかったみたいだが、エイデンの猛反対によって断念したのだ。


 マルコ自身もフレイムジールにはいられないと思っていたので、マルコの移送はすぐに決定したらしい。


 ただエイデンはマルコの拘束を、レオナルドはマルコの幸福を願っていたので移送先については揉めてしまった。

 結局はレオナルドの熱意にエイデンが折れる形になり、マルコはアダムの元へ行ったのだ。


 エイデンがソファーの肘かけに肘をつき、頰に手を当てながらこちらを見た。

「本当にお前もレオナルドも甘すぎだ……」

 私を見つめるエイデンにドキドキする。

 ただの頬杖がやたらとかっこよくて嫌になる。

 エイデンって本当に男前よね……


「おい。」

 エイデンの呼びかけに慌てて返事をする。

「何ボーっとしてんだよ。」

 ふっと口元を緩ませながらエイデンが私を呼んだ。


 あなたに見惚れてたのよ。

 そう心の中で答えて、隣に座るエイデンにピタっと体をくっつける。


「それでも私はやっぱりマルコに幸せになって欲しいわ。だってたった一人の身内だもの。」

 エイデンが優しく私を引き寄せ、そっと頰に口づけた。


「家族ならすぐ増える。」

 エイデンが優しい瞳で私を見つめた。

「秋には結婚だ。」

「そうだね。」

 もう何のトラブルもなく、秋の結婚式を迎えたい。


「それに……」

 とエイデンがニヤッと笑った。

「そんなに家族が欲しいなら今すぐに作ってもいいんだぞ。」


 エイデンが子供のことを言っているのだと分かって、ドギマギしてしまう。

「ははっ。何慌ててんだ。」

 エイデンが明るい声を出して笑った。


「だってエイデンが変なこと言うから……」

 焦っちゃったんだもん。

「こんなに赤くなって……本当にレイナは可愛いな。」

 エイデンはまだククっとおかしそうに笑いながら私の頭にキスをした。


「残念だが、さすがに今日はカイルがうるさいからな。」

 この数日アダム王子がいたため、色々溜まっている仕事があるのだとエイデンは言った。


「相手してやれなくて悪いな。」

 いやいや、悪いというなら私の相手をできないことよりも、私を困らせる発言の方ですから。


「全く気にしないので、どうぞカイルのところへ戻ってください。」

「なんだそれ。」

 エイデンが再び声を出して笑った。


「そう言われると戻りたくなくなるな。」

 そう言って私の両頬に手を置いて優しく包み込む。

 至近距離でじっと見つめられ、心臓が大きな音を立て始める。チョコレート色の瞳から目が離せない。


 エイデンの唇が私の唇に重なった。

「やっぱり戻るのは後にするかな……」

 そう言って私を抱きしめたエイデンを慌てて押し返す。


 あぶないあぶない。

 このままだと、またエイデンを拒めなくなっちゃう。

「カイルが待ってるんだから、早く戻った方がいいわ。」

 そう言う私にエイデンは不満顔だ。


「そんなに早く追い出したいのかよ。」

「そうじゃないけど、レオがいないから忙しいでしょ?」

 不満気なままエイデンがまぁなと答えた。


「レオナルドのやつ、すぐに帰ってくればいいが……」

「レオとアダム様は仲良しだから、ノースローザンヌにしばらく滞在するんじゃないの?」

「厄介だな……」

 エイデンが小さくため息をついた。


「エイデンもアダム様と仲良くなってたね。」

 そう言った私をエイデンが驚いた顔をして見た。

「仲良く? 誰が?」


 誰って……

「エイデンとアダム様だけど……」

 冗談じゃないとエイデンが嫌そうな顔をした。


「あいつは何度もレイナに色目を使いやがった。許せん。」

 色目なんて使われたかしら?

 思い当たる節がないんだけど……


「だいたいレイナは危機感がなさすぎだ。」

 急にエイデンの怒りの矛先が私に向けられる。

「レイナは最高に可愛いんだから、俺以外の男を部屋に入れて、何かあったらどうするんだ。」


 ありがとう? それともごめんなさい?

 怒られてるんだか、褒められてるんだか、やきもちなのか……よく分からない。

 よく分からないけど、何だか嬉しいことは嬉しいからまぁいっか。


「でもエイデンもアダム様と盛り上がってたじゃない。私は先に寝ちゃったけど、レオと三人で夜中まで飲んでたんでしょ?」


「それはそうだが、仲良くなったわけじゃない。」

 エイデンがきっぱりと言い切った。

「またそんな言い方して……」

「本当のことだ。ただ……」

 エイデンが少し間をとって言葉を続けた。


「今は尊敬できる部分もあると思っている。前はただの女好きの馬鹿だと思ってたからな……」

 結構ひどいこと思ってたのねと思わず苦笑してしまう。


「俺なら好きな女が他の男と結婚したのを黙って見守ることはできん。」

 アンジェリーナに対するアダムの態度は称賛に値するとエイデンは言った。


「じゃあ……もしまた私が記憶をなくして、他の人と結婚するって言ったらどうする?」

 冗談っぽく尋ねた私にエイデンが真面目な顔をして、

「それはあり得ないな。」

 と答えた。


「どうして?」

「レイナが俺以外の男を好きになるなんてあり得ないからだ。」

 そう言ってエイデンが私に口付ける。

 いつもより深く、長い口付けに体が熱を帯びてくる。


「そうだろ?」

 そう言ってエイデンが優しく微笑んだ。

 もう……エイデンはずるいんだから……

 これじゃ頷くしかできないじゃない。


「まぁもし仮にそんな事があったら、俺は間違いなくその男を殺すだろうけどな……」

 エイデンの大きな胸の中で幸せに包まれていた私には、エイデンの小さな呟きは聞こえなかった。


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