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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「エイデンには分かるの?」

 レイナが目をパチパチしながら俺を見る。

 ああ、分かるさ……


「私には分からないのに、エイデンにだけ分かるって何だか悔しいね。」

 全く悔しさの滲まない口調でレオナルドが言った。


「いつかお前にも分かるさ。」

 自分より大事な存在ができればな……そう心の中で呟いた。


 祖父がガードランドの事を思い出したのは、きっと祖母との思い出を失くしたくなかったからだろう。

 前に見せられた綺麗な花畑の絵を思い出す。

 あれは祖父が祖母と新婚旅行でガードランドへ行った時の様子を描いたものだった。


 この頑固でいつも不愉快そうな顔をしている祖父が、そんなにも祖母のことを思っているのは正直驚きだった。


 本当に愛してたんだろうな……

 祖父が少しだけ優しい表情で綺麗に咲き誇る庭の花々を見つめている。

 ここは元々祖母の庭だった。それを今でも祖父は昔と同じような状態のまま保っている。


 もしレイナがいなくなったら、俺もこんな風にレイナの残した物を見ながら生きていくのかもしれないな……

 そんな風に考えて身震いした。


 あの時レイナを取り戻せて本当に良かった。

 もう二度と失いたくない気持ちと、レイナがいる実感を得たくて、今すぐにレイナを抱きしめたい気持ちがわいてくる。


 さすがにここじゃできないが……

 そう思いながら、膝に置かれていたレイナの手にそっと手を乗せた。


 驚いたのか、レイナの体がかすかにビクっと動いた。

「レイナ?」

 レオナルドがレイナの様子を気にして声をかける。

「どうかしたのかい?」

「なんでもないわ。」

 にこっと笑いながらレイナが答えた。


 そんな様子が可愛くて、指を絡ませた。

 少しだけ頰を染めたレイナが、こちらを見る。

 もう、エイデンったら。

 レイナの表情はそう言っているが、手は振りほどかれることはなかった。


 落ちつくな……繋がった手のひらから温かい気持ちが広がっていくようだ。


「ところで今日はお菓子はないんですか?」

 レオナルドが祖父に尋ねた。

 祖父は、はぁっとため息をつき、侍女に用意するよう命じた。

「すいません。ここで頂くお菓子は美味しいんで。」

 そう言ったレオナルドは嬉しそうだ。


 すぐに用意されたシャーベットを見て、レオナルドだけでなくレイナも目を輝かせた。

 あっけなく離されてしまった手がむなしい。


「ねー、エイデンはどれにする?」

 おもしろくなくてムッとする俺の気持ちなんて全く気づかないように、レイナはシャーベット選びに夢中だ。


 俺はシャーベット以下かよ……

 そう思いながら口に入れたシャーベットは冷たくて美味しかった。


「こんなシャーベット初めて。」

 そう言ってシャーベットを口に入れたレイナが冷たそうに目を細めた。


「これ最高ですね。」

 レオナルドがパクパクとシャーベットを口に入れていく。

 こいつ、冷たくないのかよ……そう思って思わず苦笑する。


 たしかにこんな一口サイズのシャーベットは初めて見るし、かなり美味い。

「私は桃が一番好きだな。エイデンは?」

 そう言って無邪気に笑うレイナはとても可愛いらしい。


「そう言えば、結局どうしてガードランドは滅びたんです?」

 シャーベットを食べ尽くして満足したのか、レオナルドが祖父に尋ねた。


「マルコの覚えている情報だけだと、いまいち分からない部分も多くて。」

 レオナルドがマルコから聞いた話を祖父に告げる。


 レイナの表情は暗い。

 そりゃそうだよな。前にマルコから聞いているとはいえ、楽しい話ではないのだから。


「マルコは龍族との争いの原因を、父親が力を欲したようだと言ってましたが、どういう意味なんです?」


「マルコはそう言っていたのか……」

 祖父が小さな声で呟いた。

「力とは……龍族の、人を生き返らすことのできる力のことだ。お前達は実際にその目で見たじゃろう?」


 レオナルドと俺の視線がレイナに集まる。

 あの時レイナの父親が使った力は確かに凄かった。

 あれを欲したと言うのだろうか?


「マルコのお父さんは、誰かを生き返らせたかったんですか?」

 レイナが悲しそうな表情のまま尋ねた。


「生き返らせたいというより、死なせたくなかったんだろう……アルバートの話では、マルコの母親はもう治る見込みのない病で長くはなかったそうじゃ。」


 祖父ははぁっとため息をついた。

 きっと祖父にとっても話していて楽しいものではないのだろう。その表情は浮かない。


「マルコの父親は色々治す手立てを考えたそうじゃが、見つからなかった。それで……」

 祖父が言葉を止めてレイナを見た。

「まだ幼かったお前さんを人質にとって、龍神に自分の妻の病を治すよう要求したんじゃ。」


 レイナが無言のまま唾を飲み込んだ。

「レイナが人質って、それでどうなったんですか?」

 レオナルドが身を乗り出すようにして尋ねた。


「詳しいやりとりはワシも知らん。だがマルコが思っているように、戦になりそうだということは全くなかったはずじゃ。」


「そうなんですか?」

「ああ。マルコの父親は、妻の病さえ治れば責任をとって自分は死を選ぶと言っておったらしいからの……そもそも争う気持ちはなかったはずじゃ。」


「それほどまでに愛してたんですね……」

 レイナがポツリと呟いた。

 その切ない表情がたまらず、レイナの手を握った。

 レイナが俺を見て力なく笑った。


「その時から龍族は人と交流を持つことをやめたんじゃ。二度と同じことが起こらないようにな……」

 祖父は優しい瞳でレイナを見た。

「お前さんがガードランドの事を全く覚えてないのは、人質になった辛い思い出を消す意味もあったのかもしれんな。」


「でも私を人質にして意味なんてあるんですか?」

 レイナが首をかしげる。

「どちらかと言うといなくなった方がいい厄介な存在だから、人質になっても意味ないんじゃないかしら?」


 何が厄介なもんか……お前はこれ以上ないくらい愛しい存在だ。

 レイナの言葉が悲しくて、繋いだ手に力を入れた。


「何を言うか。お前さんは……」

 はっと何かを思い出したような顔をして祖父が言葉を止めた。


「お祖父様?」

 レイナが不思議そうな顔をする。

「いや、なんでもない……」

 そう言って残っていたお茶を飲み干した。


「何でもないって顔には見えませんよ。」

 レオナルドとレイナが顔を見合わせる。

「私なら大丈夫ですから、教えてください。」

 レイナが祖父に懇願した。


 祖父はじっとレイナの顔を見つめた後、仕方ないなとため息をついた。

「龍神は……レイナ、お前さんのもう一人の祖父なんじゃ。」


 へっ?

 それは……知らなかったな。

 ということは、レイナの父親が龍神の子で……

 驚いて少しだけ頭が混乱している。


「ということは、この前助けてくれたレイナのお父さんが龍神の子ってことですね?

 レオナルドの言葉に祖父が首を縦に動かした。


「だからこそレイナの父親は罪を問われてしまったのかもしれんな……次期龍神として天を統べる者が、人と交わったとなれば示しがつかん。」


 その結果があの終わり方かと思うと何だか切ない気持ちになる。

 でもあの時レイナの父親は本当に幸せそうに微笑んでいた。


 皆それぞれ思うことがあるのだろう。

 しばらく誰も口を開く者はいなかった。

「今の話、マルコにして来ますね。」

 沈黙を破りレオナルドが立ち上がる。

 俺達もそろそろ行くかとレイナと共に祖父に別れを告げた。


「おい、エイデン。」

 立ち去ろうとする俺を祖父が呼び止める。

「お前……」

 何か言いたげな瞳で祖父が俺を見つめている。


 気づいたのか? さすがだな……

 俺は無言のまま頷いた。

「そうか……」

 祖父はそれ以上何も言わなかった。


「エイデン?」

 今のやりとりは何だったのかと不思議そうな顔をするレイナに、何でもないと告げた。


 レイナを部屋へ送るが、なんとも離れがたくて結局部屋の中に入ってしまう。

「カイルが待ちくたびれてるんじゃない?」

 クスクスと笑うレイナの笑顔が眩しくて思わず目を細めた。


「どうしたの?」

 何も言わない俺を心配したのか、レイナが顔を覗きこむ。


「レイナは本当に可愛いな…」

 えっと驚いた顔をして真っ赤になったレイナの頰に手を当てるが、逃げられてしまった。


 ビビアンとミアの視線を気にしているレイナがやっぱり可愛いらしくて思わず口元に笑みが浮かぶ。

「レイナ、少しだけ二人で話せるか?」

 レイナと寝室で二人になり思い切り抱きしめた。


「エイデン、あんなこと言って大丈夫?」

「大丈夫だろ。」

「でも……んんっ。」

 なおも心配そうなレイナの唇をふさいだ。

 ああでも言わなきゃ、またカイルに邪魔されかねない。


 レイナと寝室に入る前、ビビアンとミアには決して邪魔するなと言ってある。

 もしカイルが俺を迎えに来たとしたら、もし邪魔したら俺は王位をジョアンナに譲るとカイルに言えと二人には言ってある。カイルのことだ。クビにすると言っても気にしないだろうが、俺が王を辞めるのは嫌がるだろう。


 レイナ……

 俺の記憶が戻ったと知ったらお前は何て言うだろうか?


 俺の腕の中で幸せそうに微笑むレイナを見て、これ以上ないほどの幸せを感じた。

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