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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「体はもう大丈夫なのか?」

 エイデンの祖父であるジョージがいつも通りの厳しい視線を向けてくる。


「はい。もうすっかり元気です。」

 にっこり笑ってそう答えた。

 ジョージから見せたいものがあると言われ、お誘いを受けたのは目覚めてから2日後のことだった。


「お祖父様にも、ご心配をおかけして申し訳ありません。」

 そう謝る私に、

「ふん。ワシは特に心配なんぞしとらん。」

 ジョージはふいっと顔を背けた。


 ふっと口元に笑みが浮かぶ。

 全く嘘つきなんだから。口ではそんな風に言っても、本当は心配してくれたくせに。

 いつもいつも、ジョージが私を見守ってくれていることを私は知っている。


「今日も気持ちの良い日ですね。」

 眩しい空を見上げながらそう言うと、ジョージも同じように空を見上げた。

 ジョージのガーデンは春の花々が満開だ。


「ところでお祖父様、私に見せたいものって……」

 先を歩くジョージの後に従いながら尋ねた。

「これだ。」

 そう言って立ち止まったのは、大きな岩の前だった。


「これってもしかして?」

 うむ、っとジョージが頷いた。

「竜の門に使われていた岩じゃ。」

 やっぱり。ガードランドで見た岩と、大きさや形は違うけれど何となく同じ雰囲気だわ。


「これでエイデン達は私を助けに来てくれたんですね。」

 そっと岩に触れてみる。

 冷たい。


 滑らかな岩の表面はひんやりとしていた。

 こんな何の変哲もない岩がガードランドと繋がっているんだから驚きだ。


「レイナ……お前さんにきちんとガードランドが滅びた時の話をしようと思ってな……」

 暗い表情でジョージが私を見た。

 緊張が走る。


 私の不安な心を察したのか、

「まぁ長い話だ。座って茶でも飲みながらするとしよう。」

 ジョージが微かに目を細めた。


 ガーデンの東屋に用意された円卓に腰掛ける。

 お茶を一口飲み、ジョージがふぅっと小さく息を吐いた。


「……ガードランドが滅んだ時の話は聞いたのか?」

 小さな声で尋ねられる。

「はい。聞きました。」

「そうか……」

 ジョージはもう一度ふぅっと小さく息を吐き出した。


「まさかマルコがあのマルクスだったとはな。」

 全く気づかなかった。驚きだとジョージが言う。


「お祖父様はマルコ、じゃないマルクスに会ったことがあるんですか?」

「昔な。」

 とジョージが答える。


「もっと早くワシがガードランドのことを思い出していれば、助けてやれたかもしれんな。」

 ジョージは何だかいつもより少し弱々しく感じる。


「思い出していればって、お祖父様はガードランドのことを忘れてたんですか?」

「何だ? 知らなかったのか?」


 ガードランドのことは、おそらく世界中の人間の記憶から抜け落ちているとジョージが言う。

「記憶が改竄されたのってガードランドの人間だけじゃなかったんですか?」


 世界中の人間の記憶をいじるなんて……

 その事実に驚いてしまう。


「ワシみたいに、はずみで思い出す者も多くいるみたいだがの。」

 ずずっとお茶をすすりながらジョージが言った。


「全く……龍神にも困ったもんじゃ。おかげでアルバートとの約束まで忘れたままになるところじゃった。」

 微かにジョージが微笑んだ。

 アルバート……私のお祖父様……


「ん? 誰か来たのか?」

 微かに人の話し声が聞こえて様子を伺う。

「この声はエイデンとレオナルドでしょうか?」

 明るいレオナルドの声と、淡々としたエイデンの声が近づいてくる。


「あっ。いたいた。」

 レオナルドが私達を見つけて小走りに駆けてくる。

「今日のおやつは何ですか?」

 椅子が用意されるのを待ってレオナルドが私の横に座った。


「エイデンも一緒なんて珍しいね。」

 ジョージとのティータイムにレオナルドがいるのはよくある事だが、エイデンがいることは稀だ。


「レイナの顔が見たくなってな。」

 エイデンの予想外の返答に思わずカァッと顔が熱くなる。

 レオナルドとは反対側の隣にエイデンは腰掛けた。


「相変わらずアツアツだね〜。」

 レオナルドが私達をニコニコと見つめている。


「それで……マルコについては決まったのか?」

 ジョージの言葉に、顔をバッとエイデンに向けた。

「ええ。」

 エイデンが頷いた。


「マルコの今後って、もうレオの従者じゃなくなっちゃうの?」

 レオナルドが悲しそうに微笑んて私を見た。

「そうだね。マルコには国を出てもらう予定だよ。」


「そんな……」

 マルコがまたひとりぼっちになってしまう。

「そんなの嫌だよ。」


「何言ってんだ。」

 ふんっと鼻息を荒くしながらエイデンが冷たく吐き捨てる。

「あいつはお前を殺そうとしたんだぞ。情けをかける必要がどこにある。」

 それでもマルコが一人で寂しく生きていくなんて私には耐えられない。


「大丈夫だよ。」

 私を安心させるようにレオナルドが笑った。

「マルコはね、アダムに預かってもらうことにしたんだ。」


「アダム王子に?」

 ああ、とレオナルドが頷く。

「アダムには全部事情は話してあるんだよ。ああ見えて、アダムはとても面倒見が良いからきっとマルコのことも悪いようにはしないよ。」


「俺は不満だけどな。」

 ぶすっとした表情のままエイデンが言った。

「なんでアダム王子に貸しを作らないといけないんだ……」


「ありがとう。」

 マルコがいなくなるのは寂しいけれど、アダムの所ならそう悪くないと思えた。


「何でレイナがお礼を言うんだよ?」

 エイデンが一段と不愉快そうな声を出した。

「だって、一応いとこだし。それにマルコが国から出なきゃいけないのは私のせいだから。」


「そう。お前とマルコはただのいとこなんだから、いちいち気にするな。」

 どうしたんだろ? エイデンの機嫌が悪いみたい。

 何か怒ってるのかしら?


「マルコから今回の事について色々話を聞いたんだけど……エイデンは君達が子供の頃、結婚の約束をしてたって話を聞いてから機嫌が悪くってね……」

 レオナルドがこそっと私に耳打ちする。

 それって……

「おいレオナルド、聞こえてるぞ。」


「はいはい。」

 おかしそうにレオナルドが笑った。

「エイデンのヤキモチは置いとこう。それでレイナ、もうあの岩は見たのかい?」


 何か文句を言いたげなエイデンと目が合うが、気にしないことにした。

「さっきお祖父様から見せていただいたわ。」

 そうか……とレオナルドが呟いた。


「そうだわ。お祖父様、さっきの話の続きなんですけど……」

 私の祖父との約束についてもっと知りたいとお願いしてみる。


「……ガードランドが滅びる事が決まった時、アルバートが例の岩を持って訪ねて来た。」

 ジョージは昔を思い出しながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「その時にはすでに世界中の人間からガードランドの記憶が消されてしまうことも決まっていた。だからワシの記憶もなくなってしまうとアルバートは悲しそうにしておった。」


 私達は静かにジョージの昔話に耳を傾ける。

「それでもなお、レイナのことを誰かに託したくて仕方なかったんじゃろう。とにかくレイナを見つけ出して保護してくれ……そう何度も何度も頼まれたんじゃ……」


「それにしてもよく記憶が戻りましたね。」

 レオナルドが感心したような声を出した。


「……どうしても忘れたくない大切な記憶があるからな……」

 そう呟いたジョージにどういう意味かと尋ねた。


「龍神が消したのは、ワシの一番大事な記憶の一部だ。それを失くしては生きていけないほどのな……」

 だからその大事な思い出を取り戻す時に、ガードランドの事も思い出したのだとジョージが言った。


「そんな大事な記憶って何ですか?」

 レオナルドが興味深そうに尋ねたが、ジョージは

「さぁな……」

 そう言って遠くの空を見上げた。


「俺には分かりますよ……」

 エイデンが真面目な顔をしてポツリと言った。

「……そうだな……」

 ジョージがエイデンの顔を見た。

「お前には分かるかも知れないな。」

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