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「レイナ様、今日はお客様がいらっしゃいます。せっかくなので、お茶会の練習をいたしましょう。」
午前中のレッスンが終わり一息つくと、ビビアンがそう言った。
お客様?
誰が来るのかは教えてもらえないまま身支度を整える。ビビアン達はせっせとテーブルをセットし始めた。
「ねぇ、お茶会ってここでするの?」
私の部屋に持ち込まれる食器類を見ながら尋ねる。
「お客様が来るのなら、もっと他の場所がいいんじゃないの?」
「それは……」
ビビアンが言いにくそうに口を開いた。
「お茶会のこと、カイル様はご存知なんですが、エイデン様はご存知なくて……」
つまりエイデンにバレないように、ここでこっそりお茶会をするということか。
「エイデン様はこの部屋に来ないよう、カイル様にお願いしてあるから。」
忙しく手を動かしながらミアが言う。
エイデンに内緒なんて、一体誰が来るのかしら?
不安に思っていたが、訪れた客人を迎えほっとする。
「お客様ってウィルだったのね。」
ウィリアムは先日とは違うかっちりとした雰囲気を漂わせながらやって来た。
「お招きありがとうございます。お茶会の実践練習だそうですね。」
席につき、足を組む、それだけの仕草がやけに優雅で目を奪われる。
「ウィルったら、工房にいる時と別人みたいね。」
「見とれてくれても、大丈夫ですよ。」
軽くポーズをきめるウィリアムと顔を見合わせて笑う。
「今日はこれを持ってきたんだ。」
堅苦しいのはやっぱりおかしいと、普通通りのウィリアムの調子に戻った。
「ちょうどいい大きさの箱があったんだけど、どうかな?」
ウィリアムが持って来てくれた箱には、私が作ったペアグラスが入っていた。
「レイナが作ったグラスってこれなの?」
ミアが興味津々といった感じで覗きこむ。
「へ〜、素敵じゃない。」
箱から取り出したグラスを手にとり眺めると、窓から差し込む光に当たりキラキラと輝いて見えた。
「エイデンは何て言うかしら……?」
そもそも私からのプレゼントを受け取るつもりなんてあるのだろうか?
私の不安な気持ちを察したのだろう。ミア達が励ましてくれる。
エイデンの誕生日の話から、話題は生誕祭へと変わっていた。
「じゃあウィルも生誕祭のダンスパーティーは来るの?」
「面倒だけど。これでもアーガイット家の長男なんで。」
アーガイット家は国の重鎮を数多く輩出している家系だと前にカイルから聞いたことがある。
自由に生きているように見えて、ウィリアムにも色々あるのかもしれない。そんな風に思っていると、何やら外が騒がしい。
「何かあったのかしら?」
不安に思っていると、部屋の外からカイルの声が聞こえる。
「……ですから、陛下、レイナ様はただいま取り込み中で……」
そんな制止など気にする様子もなくエイデンはノックもなしに部屋へ入ってくる。
「……カイルの様子がおかしいと思ってはいたが、ウィリアム、お前が来てたのか。」
冷たい目でエイデンがウィリアムを見た。
「お久しぶりです、陛下。お元気そうでなによりです。」
ウィリアムはにこやかな微笑みを返す。
なんとも言えないピリピリした空気が流れて胃が痛くなりそうだ。
「では私はこれで失礼します。」
ウィリアムはそう言って立ち去ろうとする。
「ウィル、今日はありがとう。」
私の横で立ちどまったウィリアムは、
「喜んでくれるといいな。」
そう耳元で囁いた。
ウィルに向かって微笑み、無言で頷く。
さっと右手をあげて、ウィリアムは部屋を出ていった。
振り向くと、一段と不機嫌そうなエイデンと目が合う。
「ウィリアムとえらく仲良くなったもんだ。」
「ウィルはお茶会の実践練習の相手になってくれただけよ。」
エイデンは先程までウィリアムが座っていた席にどかっと腰を下ろす。
ビビアンが急いでウィリアムのカップをさげ、エイデンのお茶を用意する。
「お茶会の練習相手なら、俺がいるだろう。」
相変わらず不機嫌な顔で用意されたお茶に口をつける。
「エイデンは生誕祭の準備で忙しいでしょ。」
エイデンの不機嫌が私にも伝染してくるみたいだ。
「一緒にお茶しただけなのに、そんなに怒らないでよ。」
「自分の婚約者の部屋に、他の男がいたら怒るだろう。」
たしかにエイデンの言うことは正しい。
でもそれは普通の場合だ。
私達の間には愛情があるわけじゃない。
自分の考えに自分でショックを受ける。
「婚約者って言ったって、形だけじゃない……」
ぼそっとこぼす。
「はっ? 何言って……」
エイデンが私を見てカイル達に声をかける。
「しばらく二人にしてくれ。」
「……分かりました。」
カイルがミアやビビアンを引き連れて部屋から出て行く。
悔しい……
涙がこぼれないように必死にたえる。
エイデンの前で泣きたくなんてないのに……
ガタっとイスがなり、エイデンが立ち上がる。
ふわっと後ろから抱きしめられた。
「……怒って悪かった。もう泣かないでくれ。」
優しい口調でそう言われて、抑えていた涙が溢れてくる。
怒られたから泣いてるわけじゃない。
自分が形だけの婚約者だということが悲しいのだ。
エイデンの温かい体温を背中いっぱいに感じる。
抑えていたエイデンへの気持ちまで一緒にあふれてしまいそうだ。
「エイデン……」
私を抱きしめてくれる大きな腕にそっと触れる。
ガッシャーン
その時窓ガラスが割られ、何かが部屋に投げ込まれた。
「キャッ。」
小さな爆発におどろいて立ち上がる。
何これ……?
辺り一面が一瞬で真っ白になる。
ぐらっと体が傾き、体に力が入らない……
「レイナ。」
私を呼ぶエイデンの必死の声が聞こえてくる。
エイデン……
私の意識は深い闇の中へ落ちて行った。
☆ ☆ ☆
まったく、何を隠しているのかと思えば……
レイナの部屋のドアをあけ、大きなため息をつく。
ウィリアムが来ているなら来ていると、先に言えばいいものを。
レイナの部屋にウィリアムがいる……それだけでも腹がたつのに、皆そろってそれを隠していたことが、余計に腹立たしい。
ウィリアムが帰るのを冷めた目で見送り、椅子に座る。ビビアンが慌ただしく新しいカップとお茶を用意してくれる。
くだらないヤキモチだと分かってはいる。けれど、湧き上がる感情を抑えることができず、イライラしてしまう。
「一緒にお茶しただけなのに、そんなに怒らないでよ。」
レイナがめんどくさそうに言う。
「自分の婚約者の部屋に、他の男がいたら怒るだろう。」
「婚約者って言ったって、形だけじゃない。」
レイナがボソっとつぶやくのが聞こえる。
形だけ? 何を言ってるんだと思いレイナの顔を見て言葉が出なくなる。
なんて顔をしてるんだ……
目に涙をため、必死で耐えている姿に胸が痛んだ。
カイル達をさがらせ、部屋に二人きりになる。
レイナの瞳から涙が溢れ出す。
「……っ。」
我慢できなくなり、座っているレイナを後ろから抱きしめた。
「……怒って悪かった。もう泣かないでくれ。」
頼むから、もうそんな顔をしないでくれ……
レイナの細い体を優しく抱きしめる。
力を入れたら壊れてしまいそうだ……
「エイデン……」
レイナの柔らかな手が腕に触れる。
ビリっと体に電気が走った。
やばい……抑えがきかなくなりそうだ……
レイナ……
ガッシャーン
小さな爆発とともに、煙が立ち込める。
何だ? ガスか?
息をとめ様子を伺う。
レイナはどこだ?
爆発に驚いて立ち上がったまま、ガスを吸ってしまったのかうずくまっているレイナを見つける。
側に寄ろうと思うが体がうまく動かない。
くそっ。
立っていられなくなり、膝をつく。
「……これが竜の力を持つ姫か?」
煙の中から現れた防炎マスクをつけた人物がレイナに近づいていくのが見える。
狙いはレイナなのか?
思うように動かない手を必死でレイナに向かってのばす。
レイナは……レイナだけは守ってみせる。
「レイナー。」
叫び声と共にレイナを取り囲むように炎がまきあがる。
「うわっ、何だこれは。」
マスクの人物達は、突然あらわれた炎の柱に慌てている。
「陛下。」
カイル達が部屋へなだれこみ、勢いよく燃えあがる炎に目を丸くしている。
「陛下、ご無事ですか?」
ハンカチで口を押さえたカイルが、かけよってくる。
「……レイナを頼む……」
掠れた声で頼む。
部屋の中では格闘の末、マスクの人物達が捕らえられているのが見えた。
「お任せください。」
カイルはエイデンに力いっぱい返事をする。
その途端激しく燃えていた炎が一瞬で消滅した。
「はぁ……」
大きな息をつき、掌を見つめる。
……力を使ったのは久しぶりだな……
何とも言えない重苦しさで胸がつまる。
息が苦しい……
レイナ……
重たい頭をあげ、レイナの姿を探す。
カイル達によって部屋から運び出されるレイナを見届けて、エイデンは意識を失った。




