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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 人と言うべきなのか物体と言うべきなのか……なんとも言えないそれは、ぼやっと微かに光輝いてそこにいた。


 一体なんなんだ。

 怪しみながらもなぜか引き寄せられるようにしてその微かな光に近づいてみる。

「うっ。」

 キーンと不快な耳鳴りがして思わず顔をしかめた。


「……レイナはガードランドにいるよ。」

 その耳鳴りの奥で小さな声が聞こえた気がして辺りを見回すが人の姿は見えない。


 耳鳴りは激しさを増していく。

 鋭い音に頭が割れそうだ。

「助けておくれ……ガードランドへの道は……君の祖父……」


 ぷつん、まるでそんな音がするかのようにいきなり耳鳴りは消えた。

 同時に微かに聞こえていた声も消えてしまっていた。


「おい。続きはなんだよ?」

 俺の問いかけに返事はなかった。

「くそっ。」

 部屋を飛び出して廊下を走り抜ける。


 レイナはガードランドにいるだって?

 今聞こえた声が本物かどうかなんて分からない。

 もしかしたら手がかりが欲しいと思うあまり、俺が見せた幻なのかもしれない。


 それでもいい……とにかく今すぐガードランドに行かなければ。

 ガードランドのことはレイナが気にしていたので調べたことがある。様々な文献を漁ったが、場所についての記述は一切発見できなかった。


 ガードランドへの道は俺の祖父だって?

 一体どういう意味だよ。

 そう思いながら祖父の部屋のドアを開けた。


 ばたん。扉がぶつかる大きな音に祖父の侍女が驚いたような顔でこちらを見る。

 しまった。急いでノックを忘れてしまった。


「まぁ、エイデン様どうされたんですか?」

 祖父はすでに寝てしまったと言う侍女をおしのけるようにして祖父の寝室のドアをあけた。


「一体何の騒ぎだ?」

 寝室のベッドの上で不愉快そうな顔をしている祖父に、

「ガードランドへの行き方を教えてもらいたい。」

 と告げた。


「ガードランドへの行き方だと?」

 怪訝な顔でこちらを見る祖父がため息をついた。

「わざわざ人を起こして何事かと思えば……そんなことは朝になってからにしろ。」


 そう言って出て行けと言う祖父に、

「レイナがガードランドにいるかもしれないんです。」

 と告げた。

「レイナが?」

 再び布団を被ろうとしていた祖父の手がとまる。


 レイナが行方不明なことは、もちろん祖父の耳にも入っている。

「何でレイナがガードランドにいると思ったんだ?」

 部屋の明かりをつけて、ベッドから起き上がった祖父がいつもの厳しい視線をなげつける。


 何でって言われたら……

「お告げ、ですかね。」

 簡単に言えばそうなる。

「お告げだと?」

 何言ってるんだと顔をしかめる祖父に、先程の不思議な現象を説明する。


「とにかくあの耳鳴りは、ガードランドへの道はあなただと言ったんです。」

 俺の訴えに、祖父は何かを考えこんでいたようだがすぐに顔をあげ言った。


「ガードランドへの道を教えてやってもいい。すぐに出られる用意をしろ。」

 すぐさまカイルを呼び寄せ、出発の準備を整える。


 待ってろよ、レイナ……

 とにかく無事でいてほしい。そう願いながら出発の準備をし、再び祖父の元を訪れたのだった。




  ☆ ☆ ☆




「おい……ピクニックに行くわけじゃないんだぞ。」

 レイナ救出の準備をして集まった面々を見ながら、思わずため息が漏れた。


 人出は多い方がいいと思って声をかけたが、やっぱりカイルと二人で行くべきだったかもしれない。


「レオナルド様、一体何を持って行くおつもりですか?」

 カイルの問いに、びっくりする程大きなリュックを背負ったレオナルドが自信満々な顔をする。

「私はバックパッカーだったからね。旅なら任せておいてよ。」


「どうせ半分以上食べ物でしょ。」

 ジョアンナの指摘を否定せず、

「ちゃんとジョアンナの分もありますから、安心してください。」

 とレオナルドが言った。


「僕の分もありますかぁ?」

「もちろんだよ。」

 何だか楽しそうなマルコとレオナルドの様子に頭が痛くなりそうだ。


 その様子を見ていた祖父が口を開いた。

「あいつは誰だ?」

 そう言えば、まだ祖父にアランを紹介していなかったことを思い出す。


 そりゃ不思議に思うよな……

 妙に馴染んでいるアランを眺める。

 俺達の視線に気づいたアランがこちらを向いて嬉しそうに話かけてくる。


「はじめまして。ジョアンナ様のお父様ですよね? 僕は……」

 厄介なことになりそうな予感がして、アランの口を慌てて塞いだ。


 こいつのことだ。またジョアンナの未来の夫だと言うに決まっている。

 それにジョアンナが否定して……

 お決まりの会話が繰り返されるのが目に見えている。


 それにこんなでもジョアンナは祖父にとって一応可愛い娘なのだ。常々早く結婚しろとは言っているが、アランを見てショックで倒れられてもたまらない。


「エイデン様、何するんですか?」

 俺の手を取り除き、祖父に挨拶しようとするアランを押しやった。


「挨拶は帰ってからにしましょう。先にレイナを見つけなくては。」

 俺の言葉に、うむと祖父が納得し、皆についてくるよう言った。


 はぁ……出発前からすでに疲れてしまった。

 本当に緊張感がなさすぎる。

 こいつらは今から未知の国へ行く自覚があるのか?

 まぁいつものことだが、イライラしても何も始まらない。


 祖父が歩き出したのに続き、俺達も歩き出した。

「ガードランドへの道というのはなんなんですか?」

 そう尋ねた俺に、

「ついてくれば分かる。」

 詳しいことは何も言わず祖父は先を急いだ。


「ここだ。これがガードランドへの道だ。」

 祖父が立ち止まったのは、祖父個人のガーデンの隅だった。

 夜なので暗くてよく分からないが……

「この岩が……ですか?」


 どう見てもただの大きな岩にしか見えない。

「これは竜の門に使われていた岩の一部だ。」

 祖父が岩を撫でるように触った。


「竜の門って、あの龍神の世界へっていう……」

 カイルが瞳を輝かせる。

「素晴らしいですね。」


「どう見てもただの岩ですよね。これで本当にガードランドに行けるんですか?」

 とアランが言った。


「……ワシは使ったことはないが、アルバートはガードランドに繋がっていると言っておった。」

「アルバートってレイナの?」

 俺の質問に祖父は首を縦に振る。


「そうじゃ。レイナの祖父のアルバートだ。あいつが竜の門を破壊した時に、預かってくれと言って持ってきよった。」

 祖父の瞳が懐かしそうに細まった。


「あいつにレイナの保護を約束していたからの。いつかレイナがガードランドへ行きたいと言った時に、秘密の言葉を教えて欲しい、そう頼まれたんじゃ。」

 祖父が俺を見て少し笑った。


「本当はお前達の結婚祝いに渡す予定だったのに……全く想定外じゃわい。」

「すいません。」

 頭を下げる俺に祖父が秘密の言葉を告げる。


「ガードランド王家以外の者が唱えて効果があるかは知らんが、本気で扉を開きたいと思えばきっと道は通じるじゃろ。」

 お礼を言う俺に祖父が言う。

「さぁ、さっさと言ってレイナを見つけてくれ。わしはお前達の結婚を楽しみにしとるんじゃ。」


 静かに頷いて岩の前に立った。

 その岩肌に手をのせる。思いの外ツヤツヤした岩の表面は冷たかった。


 本当にガードランドにレイナがいるかどうかは分からない。あの怪しい耳鳴りの正体だってはっきりしないのだ。

 それでも何となくだがレイナはガードランドにいる、そんな確証を感じている自分もいた。


 大丈夫だ。きっと見つかる。

 祈るような気持ちで瞳を閉じた。

 頼む、俺達をレイナの所へ、ガードランドへ導いてくれ。


「ザルーシア。」

 祖父から教えられた秘密の言葉が夜空に響いた。

 くにゃりと視界が歪むのを感じた。


「カイル、飛ぶぞ。手を出せ。」

 歪み行く世界に耐えながら、差し出した手をカイルが掴む。きっとカイルはレオナルド達の手を握り連れて来てくれるだろう。


「どうかご無事で……」

「レイナを連れて帰ってくださいね。」

 見送りに来ていたビビアンとミアの祈るような声が遠くなっていった。

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