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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 頭が痛い……

 なんだろ、何だか揺れてるような気が……

 ゆらゆら揺れて……揺れて……揺れてる⁈

 焦って体を起こして目の前に広がる景色に驚愕する。


「どうなってるの?」

  さっきまで砂漠にいたはずなのに……どうして目の前は大海原なのよ。


 と、とりあえず落ちつこう。

 すーはーと深呼吸をして自分の気持ちを落ちつかせた。


「やっぱりどう見ても海よね……」

 どこを向いても岸が全く見えない。

 雲一つない春の綺麗な空と、はるか先まで続く海の青さが一緒になって、青い世界にいるようだ。


 春のさわやかな風で、船がかすかに揺れる。

 操縦室ってあるのかしら?

 とりあえずこの状況を説明してくれる誰かを探さなくては。


 ……マルコ?

 デッキを歩くとすぐに、海を見つめるマルコの姿を見つけることができた。

 何見てるんだろう?

 その真剣な眼差しに声をかけることを躊躇してしまう。


「あっ、起きましたか?」

 足音に気づいたのか、マルコが私の方へ顔を向けた。

 

「綺麗な海でしょう?」

 マルコが前を見据えたまま言った。

「本当に。」

 静かな海を見ていると、何だか何もかもどうでもよくなってくる気がする。


 はっと思い出し、

「これは一体どういうこと?」

 とマルコに尋ねた。


「エイデンは? エイデンはどこにいるの? フレイムジールに戻るんじゃなかったの?」

 牢を出る時、マルコはエイデンの命令で私をフレイムジールに戻すと言っていたはずだ。


 そう言われてマルコと一緒に牢から出て……どうしたんだったっけ?

 どうやって城の外に出たのか記憶がない。

 さっきまで船の床で横たわっていたことから考えると、おそらく薬で眠らされていたのだろう。


「全く……そんなに尋ねられても一度に答えられませんよ。」

 いつもよりも冷めきった瞳にゾクリとする。


「嘘、だったの?」

 私の問いかけに、マルコは少しだけおかしそうに笑ってみせる。

「そうですよ。」

 悪びれも誤魔化しもせずマルコは頷いた。


「あの状況で牢から抜け出したりしたら、余計疑われるじゃないですか。いくらエイデン様がレイナ様大事とは言え、勝手にフレイムジールへ戻るよう命令なんてしませんよ。」


 バカにしたような目でマルコが私を見る。

「本当に愚かな人ですね……もっと手こずるかと思いましたが、こんな簡単に捕まるとは思いませんでした。」


 たしかにマルコの言う通りなのだが、まさかマルコが私を騙しているなんて思わなかったのだ。

「なんでこんなことを?」

 私の問いかけにマルコは答えない。


「私のことが嫌いだから、私が疑われるようにしたかったの?」

 マルコがおやっと言う表情をする。

「私がレイナ様の事を嫌いだとばれてましたか?」


「なんとなくそうじゃないかと思ってたわ。」

 だってマルコはいつも私のことを冷たい目で見ていたもの。

「ただどうして嫌われてるのか分からないけど……」


 私の言葉にマルコは言った。

「その説明は目的地についてからにしましょう。」

 その表情は少しだけ悲しげだった。


 目的地? この船はどこかへ向かってたの?

 ただぷかぷか浮いてるだけかと思ってたわ。


「ほら、もうすぐですよ。」

 マルコの視線の先には海から飛び出た岩の柱のようなものがあった。


「これが目的地?」

 円柱形の高く聳え立つ柱の横に船が着いた。

 不思議……

 こんな海の中にこんな大きな柱が建ってるなんて。


 マルコが船から手を伸ばし、その岩の柱に片方の手のひらを当てた。

「さあ、行きますよ。」

 そう言ってもう片方の手が私に差し出された。


 その手をとるべきか……

 迷っていると、ガシっとマルコに手を掴まれる。

「ザルーシア」

 マルコの声が海に響いた。


 えっ?

 ぐにゃりと視界が歪んでいく。

 吸い込まれるような、吹き飛ばされるような不思議な感覚を感じて、私は再び意識を失った。




 ☆ ☆ ☆




 私、死んじゃったのかしら?

 気づくと綺麗なお花畑の上をプカプカ浮かんでいた。

 誰かいないかしら?

 一人では心細いので、綺麗な花の絨毯の上をスイスイ泳ぐように進んで行った。


 花に囲まれた大きな岩の扉の前に、フードを深く被った子供が二人、花を摘んで遊んでいる。

 あれは……?

 見覚えのある姿に泳ぎをとめた。


「……大きくなったら君は僕のお嫁さんになるんだよ。」

 二人のうち大きな子の方がそう言って、小さな子に花冠を被せた。

「ええ、マルクス約束ね。」

「ああ、約束だ。」

 大きな子がそっと小さな子の額にキスをする。

「……僕のレイナ。僕の可愛い雨のお姫様……」


 あれは……私?


「……んっ。」

 頰をくすぐる風と、爽やかな草の香りを感じて目を開けた。


 夢、だったの?

 妙に懐かしい気持ちで何だか胸が切ない。


「大丈夫ですか?」

 瞳の冷たさからは信じられないくらい優しい手つきでマルコが私を起こしてくれる。


「……泣いてるんですか?」

 そう言われて、涙が出ていることに気がついた。

 涙を拭って周りを見渡して驚いた。


「……素敵……」

 思わず言葉が出た。

 一面に咲き誇る色鮮やかな花々に思わず見とれてしまう。

 同時にさっきの夢の中で見た景色と似ていることに驚きを隠せない。


「ここは……一体?」

 答えを求めてマルコへ視線を向けると、マルコも私を見つめていた。

「ようこそガードランドへ。」

「ガード、ランド?」

 マルコの言葉に一瞬戸惑ってしまう。


「レイナ姫には、おかえりなさいの方があってるかもしれませんね。」

 マルコは言った。


「ガードランドって、ここはあのガードランドなの?」

 私の問いかけに、マルコは少しだけおかしげな顔を見せた。

「あなたが言うガードランドがどのガードランドかは分かりませんが、ここはあなたの祖国、ガードランドですよ。」


 本当にガードランドなんだ。

 そう思うと胸がいっぱいになってくる。

「綺麗なところね……」


 どこまでも続く美しい花畑には蝶が楽しそうに舞っている。空を飛ぶ小鳥たちのさえずりはとても明るい。


 残念なことに帰って来たという実感はないけれど、自分の生まれた場所がこんな綺麗な場所であることが嬉しかった。


「ガードランドに来れるなんて夢みたい。」

 エイデンの祖父からガードランドの話を聞いて、いつか来てみたいとは思っていた。

 だけど……


「どうしてマルコがこの場所を知っているの?」

 ガードランドの場所を知るために、フレイムジール王宮の蔵書をかなり調べた。

 膨大な蔵書の中に、ガードランドの場所はおろか、その手がかりになるものはないに等しかった。


 カイルもエイデンも、ガードランドに関する情報の少なさには不思議がっていた。

 なのになぜ、マルコはガードランドについて知っていたのかしら?


「それは……私がこの国の王子だったからですよ。」

 マルコが表情を一切変えることなく言った。


「ガードランドの王子? それって、もしかして……?」

「思い出しましたか?」

 マルコが真っ直ぐに私を見つめる。


「マルコって私のお兄様だったの?」

 私の言葉にマルコが、はぁ? と顔を歪めた。

「何言ってるんです? あなたは一人っ子でしょう。」


「そうだけど……王子っていうから、私が知らない兄弟がいるのかと思っちゃった。」

 マルコがはぁっとため息をつく。

「本当に何も覚えてないんですね。」

 いつもの冷めた瞳の中に、悲しみの色が広がっていく。


「いとこですよ。」

 マルコが小さな声で言った。

「私の父があなたの母の兄だったので……」


「それならそうと、もっと早くに言ってくれれば良かったのに。」

 何だか嬉しくなってくる。母がなくなってから私には身内がいないと思っていたのに、いとこがいるなんて。


 エイデンが私とマルコがなんとなく似てると言っていたのは、私達がいとこ同士だったからなのね。


 喜ぶ私とは対照的に、マルコの顔は暗い。

「マルコ?」

「……行きましょうか。」

 そう言って歩き出したマルコについて行く。


「どこに行くの?」

「……」

 マルコは答えない。

 やっぱり嫌われたままなのね。


 花畑を進み、マルコは大きな岩の前で立ち止まった。

「これがガードランドが守っていた竜の門です。」

 ぽんっと岩を叩きながらマルコが言った。

「正確には、竜の門だったと言った方が正しいですけど。」


「これが、あの龍神の世界への入り口……」

 そう言われると、どことなく神秘的に見えなくもない。

「この扉の向こうに龍族の住む世界があったのね。」

 まだ見ぬ世界に思いを馳せる。


「ありがとう、連れて来てくれて。私ずっと来てみたいと思ってたの。」

 そう言って笑った私にマルコが冷たく言った。


「感謝はいりませんよ。私はあなたを不幸にするために、ここに連れて来たのですから。」

「な、んで?」

 私を不幸にって……なんでガードランドに来ることで私は不幸になるの?

「どうしてマルコはそんなに私を嫌っているの?」


「それは……あなたが私のことを、このガードランドのことを忘れてしまったからですよ。」

 マルコが一歩近づき、手を伸ばした。

 その指先が微かに私の頰に触れた。


「……マルクス?」

 なぜその名前が口から出たのかは自分でも分からない。分からないけれど……

 まるでさっき見た夢の続きのような、そんな不思議な感覚に包まれていた。


 私の呼びかけにマルコが一瞬、ビクッと体をふるわせる。

「今何て?」

 何て説明してよいのか分からず困ってしまう。


 マルコの表情が少しだけ緩んだ。

「その名前で呼ばれたのはいつ以来でしょうね?」


「本当にあなたは昔から変わらない。いつだって私の心をかき乱す……」

 悲しみを帯びた瞳から目が離せない。

「本当に嫌な子ですね……」

 マルコの唇が優しく私のおでこに触れた。


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