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「エイデン王、本当にありがとうございました。」
サンドピークの皇太子であるロナウドが頭をさげる。綺麗に着替えたクリスティーナも一緒だ。
「いや。こちらもクリスティーナ姫のおかげでレイナの容疑が晴れたので感謝してます。」
クリスティーナを狙った男はすぐに捕まった。
そりゃそうだ。今この城は大国会議で各国の王がいるのだ。
警備も普段より厳重な上に、ウィリアムのように国から同行してきた先鋭の護衛もいるのだ。
そう簡単に逃げられる筈がない。
それに……その男はすでにひどい火傷を負っていたせいもあり、動きにキレはなかった。
「アラン殿にも感謝します。」
皇太子の言葉にアランがにっこりと笑う。
「おかげで僕はジョアンナ様との結婚が認められたんですから、お安い御用ですよ。」
「あのね〜。」
嬉しくてたまらないという顔をしているアランにジョアンナが冷めた目を向けた。
「言っとくけどエイデンに結婚認められたって何にもなんないんだからね。」
「どうしてです?」
「私の結婚にはエイデンの許可じゃなく、私の父の許可が必要なのよ。」
ふんっと鼻息を荒くしてジョアンナが言った。
全く……ジョアンナのやつ。
許可が必要とか言ってるが、ジョアンナが結婚したいと思ったら、誰に反対されたって勝手に結婚するくせに。
「エイデン王だましたんですか?」
ひどいなぁとアランがむくれる。
「僕は国外で力を使ったことを、王にこってり叱られたのに……」
「騙してはないぞ。」
ビビアンのいれたお茶を飲みながら答えた。
「フレイムジールの王である俺が認めたんだ。ジョアンナがその気になったらすぐに一緒にさせてやるよ。」
それに……
「ジョアンナもお前が力を使った時は、見とれてたぞ。」
「本当ですか?」
アランが嬉しそうに瞳を輝かせる。
「見とれてなんかないわよ。」
ジョアンナが俺をにらんだ。
「綺麗って言ってぽうっとなってたじゃないか。」
ジョアンナがかっと赤くなる。
「それは……アランに見惚れてたんじゃなくて、魔力があまりにも綺麗だったからで……あー。もうっ。」
がたんと音を立ててジョアンナが立ち上がる。
「部屋に戻ってるから。」
逃げるように部屋を出て行くジョアンナの後ろを、
「待ってくださいよ。」
と言いながらアランが追いかけていく。
何だか犬みたいだな。
尻尾をパタパタと振りながら嬉しそうにジョアンナにまとわりつくつく小犬のようで可愛らしい。
そんな二人の様子を見ながらクリスティーナがクスクスと笑った。
「それにしても……全てシャーナ様が仕組んだ事だったとは。」
驚いたようにロナウドが口を開いた。
「大国会議の最中にこんな騒ぎを起こすなんて、皆さまには申し訳ないないやら、恥ずかしいやら。たまりません。」
そう言ったロナウドの顔は暗い。
「それで、あの女はどうなるんです?」
この国の王妃であっても、姫であるクリスティーナの命を狙い、それを他国の王の婚約者のせいにしようとしたのだ。軽い罪だとは到底思えない。
「今は城の中で見張りをつけて閉じ込めてあります。」
レイナを牢に閉じ込めていたくせに、あいつは牢じゃないのか……
「すいません。」
俺の気持ちが分かったのか、ロナウドが申し訳なさそうな顔をする。
「会うことはできますか?」
「難しいかも知れませんが、なんとかしてみます。」
ロナウドが大きくため息をついた。
「こんな時でも、まだ父はシャーナ様から離れられないようで……」
クリスティーナも困ったような表情を見せる。
「レイナの居所については何か言ってはいませんか?」
俺が知りたいのはとにかくレイナことだ。
突然牢から消えて、一切の消息が不明のレイナに不安が募る。
ロナウドが静かに首を横に振った。
「レイナ様のことについては本当に知らないみたいです。」
「そうですか……」
レイナ……一体どこにいるんだ。
何とも言えない暗い気持ちが胸の中に広がっていった。
☆ ☆ ☆
母との面会ができると言われたのは次の日になってからだった。
「サンドピークは一体どうなってしまうんでしょう……」
クリスティーナが不安げな様子を見せる。
こんな状態では大国会議の続行は難しいと、参加国の多くはすでにサンドピークを後にしていた。
そのことでロナウドが手を離せず、クリスティーナが俺の付き添いをしてくれている。
「ロナウドがいるから大丈夫だろ。」
実際ロナウドは国王に代わってよくやっている。皇太子妃もしっかりとロナウドを支えているし、きっと大丈夫だろう。
それにクリスティーナもいるのだから、きっとうまくいくはずだ。
不思議だな……
クリスティーナの横顔をチラリと見る。
凛としたその横顔は、いつもの媚びるような表情とは違って美しかった。
今まではバカな女だと思っていたけれど、案外しっかりとした姫なのかもしれないな。
「エイデン様、この部屋ですわ。」
部屋の前に立つ二人の騎士がクリスティーナに会釈をする。トントンとクリスティーナが優しくドアを叩いた。
「どうぞ。」
中から声がして扉があいた。
「まぁ珍しいこと。」
俺の顔を見たシャーナがソファーに座ったまま睨むような視線を俺に向けた。
「わたくしを笑いに来たんですの?」
くだらないな。
そんなことのためにわざわざ会いにくるはずもない。
「レイナはどこです?」
俺の問いかけにシャーナが笑った。
「あらまぁ、あの娘まだ見つかってないの?」
「あなたが仕組んだんじゃないんですか?」
シャーナが不敵な笑みを浮かべたまま答えない。
やっぱり聞いても無駄だったか。
そう思いながらも、ここで引き下がってしまっては、レイナの消息は掴めない。
何かないのか?
シャーナが話をしたくなるような何かが……
そもそも何故シャーナはこんなことを仕組んだのだろうか? フレイムジールとサンドピークを争わせて何になる?
「あなたはフレイムジールが嫌いなんですか?」
静かに問いかけた。
しばしの沈黙のあと、
「……憎んでるわ。」
シャーナはそう答えた。
憎んでいる? フレイムジールを?
だから王である俺のことも憎んでいるのか?
何故?
そう尋ねたとしてもきっとシャーナは答えないだろう。
「……何を?」
シャーナが驚いたような顔で俺を見つめる。
「エイデン様……」
俺達の様子を後ろで見守っていたクリスティーナが息を飲んだ。
もうこれしか方法が思いつかない。
そう思って土下座で頭を下げた。
「頼むからレイナの行方を教えてください。」
産まれて初めての土下座は正直気持ちの良いものではなかった。しかも相手は俺を無視し続けてきた母親だ。
でもレイナが俺の元に戻ってくるのなら、なんだってやってやる。
どれだけ時間がたったのだろう。
きっと2.3分なのだろうが、心情的には1時間くらいたったのではないかと思うほど長い沈黙が続いた。
ふうっと小さく息が漏れる音がして、
「頭をあげなさい。」
とシャーナが言った。
「あなたが土下座までするなんてね……」
顔を上げると、何とも言えない表情のシャーナと目があった。
「残念だけれど、わたくしはあなたの婚約者が今どこにいるかは知らないわ。」
牢に入れておくよう指示したのに、いつのまにかいなくなったので自分も驚いたのだとシャーナは言った。
「じゃあ、どうして……」
どこをどう探せばいいのか手がかりすらつかめず愕然としてしまう。
レイナ……
このままレイナに会えないなんてことがあったら、俺は生きていけるんだろうか……
暗い気持ちに押しつぶされそうになりながら静かに立ち上がり、シャーナに背を向けた。
「待ちなさい。」
部屋から出る直前にシャーナに呼び止められる。
振り向いた俺にシャーナは言った。
「あなたが連れて来たレオナルドの付き人は見つかったの?」
マルコのことか?
「マルコなら、この前も言いましたが、フレイムジールへの使いとして今出ています。」
「あの子には気をつけた方がいいわよ。」
シャーナがまっすぐに俺を見た。
「あの子があなたの婚約者を見る目、すごかったもの。あれは、憎しみのこもった目だったわ……」
そんな……マルコがレイナを憎んでいるだって?
そんなバカな話があるか。
こうやって俺を動揺させ、きっとまた何か企んでるに違いない。
そう思いながらも、シャーナのいうことを信じてしまう自分もいた。
絶対にマルコがそんなことをするはずがないと言い切れるほど、俺はマルコのことを知らないのだ。
レオナルドに確認するべきだな。
急いでフレイムジールに帰ろうとシャーナの部屋を後にした。
長い廊下を歩きながら、
「レイナ様、どこに行ってしまったんでしょうね……」
クリスティーナが心配そうにそう呟いた。




