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「で、結局何をどうするんだって?」
頭は痛いが、悩んでいても始まらない。
とりあえず手をつけられるところから始めるしかない。
「クリスティーナ様に近づくことができれば、後は僕がクリスティーナ様の治療をします。」
とアランが言った。
「治療って……医者なのか?」
見るからに頼りなげなアランに尋ねる。
「いいえ。」
アランが首を横に振った。
「医者ではありませんが、僕にはリフランスの力があります。」
リフランス……癒しの力を使うということか?
「しかしリフランス王家の力を他国で使うのは禁じられてなかったか?」
リフランスは大国会議に参加する国の一つで、王族は癒しの力をもつとされている。
癒しの力は薬や治療で治らないような傷や病気などまで治せると言われているが、実際にその力を見たことなどなかった。
国外の人間には力を使うことも、その様子を見せるのも禁じられていると話に聞いたことがある。
「そうみたいですね。でも僕、王族じゃないんで。」
こともなげにアランが言った。
「王族じゃない?」
王族じゃないのに、癒しの力を持っているというのか?
混乱するオレにアランは言う。
「もちろん王族の血は入ってますよ。僕の父親は、現国王の父親である先の国王ですから。」
先の国王って確かジジイと同じくらいじゃなかったか?
そう思って祖父の年を考える。
「何でも村を通りかかった父が母を気に入って、僕が産まれたって聞いてます。」
ざっくりとした説明に、はぁ……としか答えようがなかった。
「リフランスでは、正式な婚姻関係の元に産まれた子供のみが王族として認められるんです。なので僕はリフランス王家の人間ってわけじゃないんです。父は女好きだったようで、王族じゃない兄弟姉妹がたくさんいるみたいですよ。」
だから顔に見覚えがなかったのかと納得する。
「なんで王家の人間じゃないのに、大国会議に同行してんだ?」
「あー、それは……ジョアンナ様がいらっしゃると聞いて、国王に無理言ってついて来たんです。王族には数えられないけれど、王家の中で一番強力な癒しの力を持っているのは僕ですから色々融通はきくんです。」
へらへらっと笑いながらアランが嬉しそうな顔をする。
「こんな時じゃないとジョアンナ様に会えないですからね。」
その言葉にジョアンナが思いっきり顔をしかめた。
「あなたがいるって知ってたら、私は来なかったわよ。」
「またまたぁ。」
邪険にされても、アランはニコニコ顔だ。
全く物好きだな。こんな煩い女の何がそんなにいいんだか……
「あの、エイデン王……」
声の主に気がついて、ああ、わかっていると返事をした。ロナウドが俺の横で辛そうな顔をしていたのだ。
アランの登場で色々なことが頭から抜け落ちるところだった。
気を引き締め直して、横たわるクリスティーナの様子を見る。
「……で俺がこいつを連れてクリスティーナの側まで行ければいいってことだな。」
「そうよ。」
「そうです。」
ジョアンナとアランが同時に返事をした。
よしっ。
アランについてくるよう指示し、意を決して部屋へ足を踏み入れる。
ひゅっ。風がきたのを感じた次の瞬間、パラリと数本の髪の毛が床に落ちた。
あぶねぇ……鼻が切れるところだった。
ふぅっと安堵のため息をつく。
「あ、もし怪我しても僕が直しますんで、チャチャっと行っちゃいましょうよ。」
アランのガッツポーズに何だか気がぬける。
「お前が切られて瀕死になったら誰が助けるんだ?」
「あ……」
それは考えてなかったんだな。
緊張感のないアランに何だか不安が募る。
さて、どうするか……
さっきの風でクリスティーナが近くもの全てを攻撃しているのは分かったが……
「……おい、クリスティーナ姫。」
ベッドに横たわるクリスティーナに呼びかける。
「俺だ。フレイムジールのエイデンだ。」
もちろんクリスティーナから返事はない。
一歩クリスティーナに近づいて再び語りかける。
小さな旋風が巻き起こる。
「クリスティーナ姫……あの時は婚約解消して悪かったな……」
小さな声でそう謝った。
旋風は襲ってこない。
「あの時傷つけた償いを今させてくれ。あなたを助けたい。」
旋風が一瞬消滅する。
その隙にアランの腕を引き、クリスティーナのベッドサイドまで投げ飛ばした。
「よしっ。」
アランは体制を崩しながらもなんとかクリスティーナに触れられる距離までたどりついた。
アランが瞳を閉じた。合わせた手のひらに微かに光が集まってくる。皆が息をひそめ、アランの力の発動を待った。
「いけません。」
突然の甲高い声にアランの光が消滅する。
見るとシャーナがクリスティーナの部屋に足を踏み入れようとしているところだった。
「きゃっ。」
荒れ狂うような風に阻まれて体をよろけさせるシャーナをエメリッヒが支えた。
「シャーナ大丈夫か?」
「わたくしは大丈夫ですが、あんな怪しい者をクリスティーナに近づけるなんて危険ですわ。」
シャーナがエメリッヒに訴えかける。
「う、うむ。」
エメリッヒが困ったような表情を見せた。
「シャーナ様、私達ではクリスティーナに近づけない以上彼等にお願いするしかないと思いますよ。」
シャーナの言いなりになりそうな国王を心配してロナウドが口をはさんだ。
「でもクリスティーナを刺したのはこの子の婚約者なんですよ。」
何を企んでいるのか分かったもんじゃない、シャーナが俺の顔を見ながら言った。
「本当にレイナが刺したのかどうか、クリスティーナが回復すればわかる事です。」
シャーナにそう告げ、アランを見る。
「頼む、やってくれ。」
「勝手なことは許さないわ。」
シャーナがヒステリックな声をあげる。
「……クリスティーナが回復したらまずいことでもあるんですか?」
俺の問いかけに、悔しいのかシャーナがキリっと唇を噛む。
「アラン、うまくいったらジョアンナとの結婚を認めてやるから頼んだぞ。」
アランの顔が文字通りキラキラと輝いた。
「ちょっとエイデン、何言ってんのよ。」
ジョアンナがブスっとした顔を見せる。
「だいたい私の結婚にあんたの許可とか関係ないじゃない。」
まぁそれもそうなのだが……
ジョアンナの結婚には俺よりも祖父の許可が必要だろう。でも今はアランにやる気を出させることの方が重要だ。
アランが目を瞑り、両手を合わせた。
微かな光がアランの手のひらからクリスティーナに移動していく。
ほうっ。
見ている皆が言葉を失ってしまうほど美しい7色の光がアランとクリスティーナを包み込む。
カッ。
一瞬の激しい光線に思わず瞳を閉じる。
瞳をあけると、光は全て消え、アランがはぁはぁと肩で息をしていた。
「お、終わったの?」
ジョアンナの問いかけに、アランがええっと答え微笑んだ。
「クリスティーナ。」
ロナウドが恐る恐る部屋に足を踏み入れるが、風は襲ってこない。
「クリスティーナ。」
ロナウドがクリスティーナの名前を呼びながら枕元にかけよる。
「んっ。」
クリスティーナがまぶしそうに目を細める。
「よかった……クリスティーナ……本当に良かった。」
体を起こしたクリスティーナを抱きしめながらロナウドが涙を流す。
「お兄様、一体どうしたんです?」
きょとんとした顔でクリスティーナが辺りを見回す。
「エイデン様……」
クリスティーナの視線が俺を見て止まった。
「や、やだ。」
そう言って布団で体を隠した。
「こんな見苦しい姿……」
そう言って焦っているクリスティーナを見て思わず笑みが浮かぶ。
「よかった。元気になったみたいだな。」
「えっ?」
ぽかんとするクリスティーナにロナウドが涙をぬぐいながら、
「お前は刺されたんだ。危なかったんだからな。」
と告げた。
「刺された?」
クリスティーナが小さく呟き何やら考えこんでいる。
「クリスティーナ、よかったわ。」
いつのまにか近づいていたのか……シャーナがクリスティーナの手を握った。
「覚えてないかしら? エイデンの婚約者のレイナさん。彼女に刺されてあなた大変だったのよ。」
なっ?
あくまでもレイナのせいにして逃げ切るつもりなのかとイラっとする。
「違います。」
考えこんだ表情のままクリスティーナが小さく呟いた。
「違います。レイナ様はそんなことしませんわ……」
はっとした顔をしながら、クリスティーナがシャーナの手を振り払う。
「クリスティーナ?」
エメリッヒ国王が不思議そうな顔をする。
「違うわ。わたくしを刺したのは……」
ガッチャーンと窓の割れる音と共に悲鳴があがる。
飛び道具か?
黒い影がクリスティーナを狙って飛びこんでくる。
「クリスティーナ!!」
ロナウドから巻き上がった疾風が飛んできたナイフを跳ね返した。
「ウィリアム、外だ。」
俺の声に反応してウィリアムが走り出す。
まだレイナの濡れ衣は晴れてないのだ。せっかく助かったクリスティーナの口を塞がれてはたまらない。
黒い影が窓の外で素早く動く。
大丈夫、すぐ捕まるさ。
残念だったな……
窓を見つめたまま微動だにしない母を冷めた目で見つめた。




