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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「くそっ。」

 なんだってこんな話になっているんだ。

 レイナがクリスティーナを刺して立てこもり、あげく部屋を燃やしたなんて話が本当であるはずはない。


「……申し訳ありません。」

 涙を浮かべて謝り続けるビビアンの肩をジョアンナが優しく抱く。

「あなたが無事でよかったわ。」

 泣いているビビアンの背中をジョアンナが優しく撫でた。


 騒ぎの知らせが会議中の俺達に届いたのは1時間前のことだ。城下の見物から戻ったジョアンナ達と共に部屋で待つよう言われ、未だにレイナに会うことができずにいる。


「でも失礼しちゃうわよね。これじゃ私達まで疑われてるみたいじゃない。」

 部屋で待つよう言われ、見張り付きの部屋に半ば軟禁状態なことにジョアンナは腹を立てている。


「仕方ないだろ。シャーナが仕組んでるんだから、俺達に動き回られると困るんだろ。」

 はぁっと大きなため息をつく。

 本当に厄介な……


 助け出されたビビアンから話を聞いた時は驚いた。まさか自分の母親がレイナを陥れるために、クリスティーナを殺そうとするなんて。

 自分は母に嫌われていると思ってはいたが、こんなことになるほどとは思ってもみなかった。


「じゃあこのままレイナが犯人にされていいっていうの?」

 ジョアンナが怒りの声をあげる。

「そんなわけないだろ。」


 険悪な雰囲気の俺とジョアンナを、ビビアンとウィリアムが心配そうな顔で眺めている。

 イライラしても無駄だと分かっているが、何もできない苛立ちがつのっていく。


「それにしてもなんでフレイムジールとサンドピークを争わせたいんだ?」

 ビビアンから聞いたクリスティーナの考察について考える。両国が争うことで母に一体なんのメリットがあるのか全く理解できない。


「それは……」

 ジョアンナが複雑な表情をする。

「フレイムジールを滅ぼしてしまいたいんだと思うわ。」


「はあ?」

 フレイムジールを滅ぼしたい? どういうことだ?

 その意味を聞き返した俺にジョアンナは言った。

「シャーナはお兄様を愛しすぎたのよ……」

「それは一体どういう……」


 その意味を確認する前に、トントンと扉を叩く音がして部屋に緊張が走る。

「少しよろしいですか?」

 顔をのぞかせたのは、アストラスタ王とレイクスター国王だった。


「珍しい組み合わせですね。どうされたんですか?」

 立ち上がり二人の王に椅子をすすめた。

 ビビアンに目配せでお茶の手配を頼む。

 ビビアンが涙を拭いて、静かに頷き手を動かす。


 特に親しいわけでもない二人の王が、こんな状況で会いに来るとはどうしたことか?

 ビビアンが運んで来たカップが並べられた。


「……レイナ様のことご心配でしょう。」

 はじめに口を開いたのはアストラスタ王だった。

「私も情報を集めているのですが……」

 なかなかはっきりしたことが分からないのだとアストラスタ王は言う。その表情は本当にレイナのことを案じているようだった。


 そう言えば、アストラスタの姫とレイナは仲がよいのだったな。そのためにわざわざ気にかけてやって来てくれたことをありがたく感じた。

「お心遣い感謝します。」


「エイデン王は今回の件に関してどう思われますか?」

 それまで黙っていたレイクスター国王が唐突にそう尋ねた。

「どう……とは?」

「本当にレイナ様がクリスティーナ様を刺したとお思いですか?」


 これは……正直に答えてよいものかと悩みながらも、静かに首を横に振った。

「正直、レイナが刺したとは思えません。」

「そうですか……」

 レイクスター国王がまっすぐにこちらを見据える。


「それでは、レイナ様はどなたに嵌められたとお考えですか?」

「それは……」

 言葉に詰まってしまう。


 ビビアンの話からしてシャーナの企みであることは明らかだったが、それをここで話してしまうのは抵抗があった。

 一体何を考えている?


 レイクスター国王の意図が分からない以上迂闊なことは言わない方が安全だと思われた。

 誰がどうシャーナと繋がっているかは分からないのだ。


「言えませんか?」

 レイクスター国王はそれも仕方ないという顔をした。

「もし嵌められたとお考えなのでしたら、少し私の話を聞いていただきたい。」

 レイクスター国王は、一呼吸入れ話し始めた。


「アストラスタ王の耳にも入っているかもしれませんが、昨年我が娘、ジャスミンがエイデン王やレイナ様には大変ご迷惑をおかけしました。」


「そう言えば……そんなこともありましたね。」

 ジャスミンがエリザベスを使ってレイナを刺そうとしたのだったと思い出す。そのせいで俺が刺されて記憶がなくなったんだったか。

 なんせ記憶がないものだから、いまいちピンとこない部分も多いのだ。


「言い訳をするようで嫌なのですが、娘がそのようなことをしでかしたのは、ある人物のせいだと私は考えております。」


「それはクリスティーナ姫のためではなかったのですか?」

 ジャスミンはクリスティーナに崇拝に近い感情を持っているとレオナルドから聞いている。


「私はそう思ってはおりません。」

 レイクスター国王はきっぱりと言い切った。

「たしかにジャスミンはクリスティーナ姫に心酔している節があります。しかしそれでレイナ様を傷つけるということは考えられません。」


「ではジャスミン姫は誰のせいであのようなことをしたと?」

 俺の質問にレイクスター国王が言いにくそうな顔をする。


 それでも意を決したかのようにはっきりとその名を告げた。

「シャーナ様です。私はジャスミンがシャーナ様に唆されたと思っています。」


「まさかっ。」

 アストラスタ王が驚きの声を上げた。

「シャーナ様はエイデン様の母君ではありませんか。」


「そうです。ですから今の今まで誰にも告げることなく私の中に留めておきました。しかし、ジャスミンから聞いた話から察するに、シャーナ様の何かしらの思惑が働いているとしか思えないのです。」


 フレイムジールからジャスミンの行動について抗議を受けてから今までずっと反論することなく我慢していたものが溢れたのだろう。国王の瞳には怒りにも似た感情が読み取れた。


 ふぅっと一つ息をつく。

 レイクスター国王が嘘を言っているようには思えない。本気でシャーナが何かを企んでいると考えているのだろう。

 それならば、こちらも事情を話してみるのもありかもしれない。


「私もですよ。」

 二人の王を見つめながら静かに口を開いた。

「私もレイナはシャーナに嵌められたと思っています。」

 アストラスタ王が驚いて目を見開き、レイクスター国王が息を飲むのがわかった。


「実は……」

 ビビアンから聞いて今分かっている情報を二人に伝えた。

「なんと……」

 アストラスタ王が首を振る。

「あの美しいシャーナ様がその様な恐ろしいことをするなんて……信じられませんね。」


 そうだろう。それが普通の反応であり厄介なところなのだ。

「だから困っているのです。」

 だいぶ年はとったものの、それでもやはり人を惹きつける美貌は未だ健在だ。

 虫も殺さぬ優しげな眼差しと、おとなしく出しゃばらない態度は、人に好感と安心感を与えている。


 そのシャーナがレイナを陥れるためにクリスティーナを傷つけたなど、夫であるエメリッヒ国王が信じるはずがない。そしてそれは、事情を知らない全ての人にも当てはまるはずだ。


「相手がシャーナ様では、レイナ様を救うのはなかなか難しそうですね。我々が何を言ってもエメリッヒ国王やサンドピークの家臣達はシャーナ様の方を信じるでしょうから。」

 アストラスタ王が言った。


 シャーナが黒幕だとは信じたくはないようだが、それでもレイナが犯人ではないと信じ、何とか救う手立てを考えてくれるのが有り難い。


「やはりクリスティーナ様本人が回復されて、直接話をしていただくしかないですね。」

 レイクスター国王がそう言ってため息をついた。

「無事に回復されるといいのですが……クリスティーナ様にもしものことがあれば、ジャスミンがどうなるか……」

 頭をかかえながらもう一度大きなため息をついた。


 クリスティーナが事の次第を説明できるほど回復するのはいつのことだろうか?

 それまでレイナは犯人として牢に入ったままなのか……


「私にいい考えがあるわよ。」

 重苦しい雰囲気を壊したのは、それまで静かに口を閉ざしていたジョアンナだった。

「いい考えだって?」

「それはどんなことですか?」


 尋ねる俺達に意味深な視線を向けながらジョアンナが言った。

「それは秘密よ。」

「はぁ?」

「秘密って言うよりは、話すと長くなるから面倒なの。とりあえず、この部屋から出れるよう協力してもらえるかしら?」


 協力を求められたアストラスタ王とレイクスター国王が顔を見合わせて困惑している。

 そりゃそうだ。

 ジョアンナには何をしでかすか分からない危うさがある。しかしこんな時に悪ふざけをするような人物ではないことは確かだ。


「ジョアンナが何をするつもりかは分からないが、協力をお願いしたい。」

 レイナが助かるためなら……そう思い二人の王に頭を下げた。


「私達にできることならなんでもいたしますよ。」

 頭をあげるようアストラスタ王が言った。

「ではジョアンナ様は私付きのメイドのふりをしてこの部屋を出ていただきましょう。服を着替えて顔を隠せば見張りも誤魔化せるでしょう。」

 レイクスター国王の言葉に、すぐさま用意にとりかかる。


 レイナが牢から消えてしまった……

 その報告が届いたのは、そんなバタバタしている間のことだった。

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