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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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7

「……レイナ……レイナってば。」

 えっ?

 重たい首をあげる。


 気がつくと自分の部屋にいた。

 心配そうに顔を覗きこんでいるミアと目があう。


「わたし……」

 どうやって帰ってきたのかも分からない。

 頭がボーとして、何だか空っぽな気分だ。


「お熱はないみたいですね。」

 私の額に手を当てながらビビアンは言う。

「ガラス細工に熱中しすぎて疲れたんでしょうか?」

「顔色が悪いから横になった方が良さそうね。」

 ミアが私をベッドまで誘導してくれる。


 布団に顔まで潜って目をつむる。

「……お願い、一人にして……」

 掠れる声を絞り出した。


 ミアとビビアンはどうしたものかと顔を見合わせながらも、仕方ないので部屋を後にする。

 バタン……ドアのしまる音が聞こえた。


「グッ……」

 声にならないような音が鼻から漏れる。

 抑えたくても抑えきれない涙が溢れ出る。


 エイデンの冷たい声がまだ耳に残っている。

 私、バカみたいだ……

 今まで何浮かれてたんだろう。


 エイデンはガードランドの娘だから私をここに連れて来た。

 初めからそう言ってたじゃない。

 そうよ、利用するつもりだって分かってたわ。


 なのに……どうしてこんなに悲しいの……?

 胸がぎゅっと締め付けられるように痛くなる。

「うぅっ……」

 とまることなく涙は頬を伝う。


 本当にバカみたい。

 今になって自分の気持ちがはっきり分かるなんて。

 エイデン……

 いつの間にこんなに好きなっちゃったのだろう。


 少し照れたような横顔、優しい眼差し、時折見せる熱い瞳……その全てが愛おしい。


 エイデンは私のこと好きなんじゃないかって、正直思っていた。ひどい勘違いね。やんなっちゃう。

 自分の愚かさに笑いすら出てきてしまう。


 エイデン……

 その日は布団の中で一人静かに声を押し殺して泣き続けた。


 ひどい顔……

 翌朝鏡にうつる自分の顔を見て、また一段と憂鬱な気分になる。一晩中泣き続けたせいで瞼は腫れ、寝不足のクマができている。


「はぁ……」

 鏡の前で大きなため息をつき、再びベッドの中にもぐり込む。


「……」

 ただただ天井を見つめる私をミア達が心配そうに見つめている。

 気になってはいるのだろうが、特に何も聞かずにいてくれることが今はありがたい。


 今は何も考えたくないし、誰とも話したくない……


 廊下をバタバタと走る音がすると思うと、ノックもそこそこにエイデンが入ってくる。


 こんな醜い顔見られたくない。

 慌てて布団を頭までかぶり、体をまるめて小さくなった。


「レイナ?」

 ベッドの横までエイデンがやってくる。

「調子が悪いんだって?」


「……」

 無言の私の代わりにミアが答えた。

「熱はないみたいですけど……」

 昨夜から食欲がないと説明している。


「そうか……今日はゆっくり休め。」

 昼にまた来ると言い残しエイデンは去って行った。


 一晩泣いて、もう枯れ果てたと思った涙が再び溢れ出る。

 この涙と一緒にエイデンへのこの気持ちも流れていってくれるだろうか? この胸の痛みを忘れられるだろうか?


 昼過ぎに再びエイデンはやって来た。

 さすがに布団に隠れたままではいられず、顔を合わせる。


「ゼリーなら食べられるだろう。」

 料理長が作ってくれたという桃ゼリーとオレンジゼリーが私の前に差し出される。


 申し訳ないけれど、全く食欲が湧かない。

「一口でも食べた方がいい。」

 エイデンは私の手に強引にスプーンを握らせる。


 涙で視界がぼやけてくる。

「……ごめんなさい……」

 スプーンを置き、涙を見られなくて、再びベッドの中に逃げ込んだ。


「レイナ?」

 心配そうなエイデンの声が上から聞こえてくる。


 どうしてそんな風に優しくするの?

 また勘違いしてしまいそうになるじゃない……


「陛下、時間が……」

 カイルが時計を気にしながらエイデンに声をかける。

「ああ、分かっている。」


 後は頼んだとミアに声をかけて、エイデンがバタバタと部屋を出て行く。


「……レイナ……」

 ミアがベッドに腰掛け、布団の上から私の体をさすってくれる。


 ごめんなさい……

 心配かけているのはわかってる。分かってるけれど、どうしても涙がとまらないの。


 お願い、もう一日、あと一日だけ……私にとって初めての失恋なの。どうかこのままもう一日だけ泣かせて。

 明日になれば、エイデンにだって笑顔で挨拶してみせるから……




「……今日もいい天気ね。」

 窓の外を眺めながら大きく伸びをする。

「レイナ、起きて大丈夫なの?」

  ミアが驚いたような声をだす。

「もう大丈夫。心配かけてごめんね。」


 泣いて泣いて泣きまくって、色々考えた。

 そして私は決めたのだ。

 このままエイデンの側にいると。


 本当は利用なんてされたくない。

 それでも私はエイデンと一緒にいたい。

 それが泣きながら出した私の結論だった。


 それに……エイデンが言っていた、私の記憶や、竜の力のことも気になる。


 そんなことを思っていると、またバタバタと廊下が騒がしくなり扉が開く。

「おっ、今日は起き上がれたみたいだな。」


 ほっとしたような表情を浮かべ、エイデンが部屋に入ってくる。

「心配かけてごめんなさい。」

 にっこりとエイデンに笑いかける。


 よかった、うまく笑えたみたい。

 エイデンを前にして、また胸の痛みがぶり返してくる。でもいつまでもメソメソしているわけにはいかない。これからも側にいると決めたのだから……


「昨日食べれなかったゼリーってまだあるかしら?」

「すぐに持って来させるよ。」

 エイデンが嬉しそうに言った。


 大好きだよ、エイデン……

 でもこの気持ちは絶対にあなたには伝えない。

 決してこの気持ちを悟られたりもしない。

 だって好きだってばれてから利用されるのなんて悔しいんだもの。


 大好きだよ、エイデン……

 エイデンに向かって精一杯の笑顔をむけた。




  ☆ ☆ ☆




「はぁ……」

 エイデンは大きなため息をつく。

「少し休まれてはいかがですか?」

 カイルが心配して声をかける。


「いや、もう少し終わらせてしまおう。」

 通常の仕事に加え、生誕祭の準備があり、毎日時間に追われている。


 生誕祭まであと5日。準備も大詰めだ。

 それにしても、とカイルが言う。

「婚約が間に合ってよかったですね。先代が反対された時にはどうなることかと焦りましたよ。」


 本当にそうだ。

 自分の一存では婚約や結婚はできない。

 王とはつくづく不便なものだな。


 大臣等、家臣の一部がレイナとの婚約に反対するのは分かっていた。でもまさか自分の祖父である先代までがエリザベスと結婚しろと言ってくるとは。


「本当にあの頑固じじいを説得するのは厄介だった。」

 でも何とか許可がおり、婚約が成立した。

 生誕祭ではレイナを婚約者として紹介することができる。それが何より嬉しく、楽しみだった。


 そういえばレイナは大丈夫だろうか?

 2週間くらい前から少し様子がおかしいレイナのことを考える。


 あの日レイナが伏せっていると聞き部屋を訪ねた。

 自分が部屋に入るとレイナは布団をかぶり、無言を貫いた。


 体調が悪い、ミアはそう言っていたが……あれは明らかに自分を拒絶していた。

 何かあったのだろうか?

 誰かに何か言われたのだろうか?


 次の日部屋を訪れた時にはいつものように笑いかけてくれたレイナに心からほっとした。


 でも、あれ以来レイナは少し表情が暗い。

 いつものように笑っていても、時折困ったような悲しそうな表情を見せる。

 それが俺の心をざわつかせた。


 結局レイナの意思を確認することなく、勝手に婚約の儀を行なってしまった。やっぱり婚約はしないと言われそうで怖かったのだ。


 婚約が成立したと伝えた時のレイナのことを思い出す。

「そう……」

 喜ぶわけでもなく、怒るわけでもなく、ただ単にそれだけポツリと呟いた。その表情からはレイナの気持ちを読みとることができなかった。


 愛してるよ、レイナ……

 よく晴れた空をまぶしそうに見上げたレイナに向かって心の中で愛を告げる。


 本当に愛しているよ。

 決して声に出せない思いを胸にレイナを見つめる。

 今すぐに抱きしめて愛を告げたい……

 何度そう思っただろうか。

 その衝動をそっけない態度で何とか抑えこむ。


 レイナとの結婚をよく思わない者は多い。

 滅んでしまった国の王族なんて、結婚しても何の得にもならないからだ。


 大臣の娘であるエリザベスと結婚しろ、近隣諸国との関係強化のため他国の姫をもらえ……そう意見してくる者は多い。


 そんな者達を納得させようと、俺はいにしえの竜の力を利用するためにレイナと結婚すると宣言した。

 もし自分がレイナに夢中だと知られてしまえば、この婚約は間違いなく邪魔されていただろう。


 王の結婚とは国のためにならなければならない。

 幼い頃から繰り返し言われてきた言葉だ。

 小さい頃は自分もその通りだと思い、会ったこともない強国の姫との結婚を承諾したこともあった。


 レイナと出会い、レイナを好きになった。

 だがすでに自分には結婚しなければならない姫がいる。その姫との結婚よりも、レイナとの結婚の方が国にとって有益だとまわりに思わせる必要があった。


 まわりの者たちを騙すために、レイナにすらこの気持ちを伝えることができなかった。つらいことだったが、それでもレイナと結婚するためには、耐えるしかなかった。


 俺はレイナを守るためにこの国の王になったのだから。


 壁の時計を見る。

 午後の2時を少し過ぎたあたりだ。

 3時にはお茶菓子を持ってレイナに会いに行こう。


 愛してるよ、レイナ。


 いつかこの言葉を堂々と伝えられる日がくるだろうか……?

 たとえ伝えられなかったとしても、レイナを一生守っていく。自分にできるのはそれだけだ。

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