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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 何だか不思議だわ。あんなに苦手だと思っていたクリスティーナ様とこんな風に過ごしているなんて……

 二人でサボテンジュースを飲みながら、サボテン料理について語り合うのは思いの外楽しかった。


「でもよかったです。」

 クリスティーナが微笑みながら私を見る。

「こちらに来るまで、レイナ様はお会いになってくださらないかと思ってました。」


「そんなこと……」

 と答えながらも、今回のような突撃訪問でなく、前もって会えるかと尋ねられていたら……仮病で断っていた可能性も否定できない。

 答えに詰まってサボテンジュースを口にする。


「レイナ様はわたくしのこと、お嫌いでしょ?」

「……んっ。ごほっ。」

 口に含んだサボテンジュースが気管に入ってしまうところだった。

 むせながらも慌てて否定する。

「そ、そんなことはありません。」


 慌てる私の様子を見たクリスティーナがおかしそうにクスクスと笑う。

「いいんですよ。わたくしだってレイナ様のこと大嫌いですから。」

 大嫌いとはっきり言われてしまっては、どう言葉を返したらよいのか分からない。


「だって仕方ないですよね……」

 黙ったままの私にクリスティーナは気にすることなく言葉を続ける。

「わたくしはエイデン様のことが好きなんです。なのにレイナ様のせいで婚約解消されてしまったんですもの、許せませんわ。」


「ごめんなさい。」

 思わずそう謝ってしまった。

 頭を下げる私にクリスティーナが口元を緩ませる。

「ふふっ。冗談ですわ。わたくし、エイデン様のことはもうふっきれてますの。」


「本当ですか?」

 ふっきれていると言われても、今までのクリスティーナの言動からはイマイチ信じられない。


「本当ですわ。」

「でも昨日こちらに到着した時も……」

 わざとらしくエイデンにもたれかかっていたような気がするけれど……


「あれはわざとですわ。」

 クリスティーナはあっさりとそう言った。

 わざとかぁ……そうかなとは思っていたけれど、なんとも言えない気分だ。


「だってああでもしないと、エイデン様にあの軽蔑の眼差しを向けてもらえないじゃないですか。」

 ん? 今この人何て言った?


「あの、クリスティーナ様? 今軽蔑の眼差しっておっしゃいました?」

「ええ。あの私を蔑むように見つめるエイデン様の瞳……思い出しただけでゾクゾクしちゃいます。」

「はぁ……」

 分かるような分からないような……だめだ、やっぱり分からない。


「クリスティーナ様は、エイデンに蔑んだ目で見つめられたいということですか?」

「ええ。」

 頰をほんのりと染めながらクリスティーナは恥ずかしそうに頷いた。


 いやいや……そこは照れるところじゃないでしょ。


「わたくし、この美しさのせいで生まれた時から蝶よ花よと育てられていましたでしょ。にっこりと微笑んでさえいれば大抵のことは思い通りになったんです。」


 クリスティーナの言っていることは事実なんだろうけど……なんだかもやっとする。

 この感じ前にもどこかで……と考えて、ノースローザンヌでアダムと話していた時に同じ感じだったことを思い出す。


 顔がよくて、小さい頃から人気がある人って皆こんな感じで人をモヤモヤさせるのかしら?

 私のことなど御構い無しでクリスティーナの昔話は続いている。


「ですからエイデン様がわたくしとの婚約を解消したいとおっしゃった時は驚きました。わたくしを欲しがらない方がいるなんて……」


「はぁ……」

「きっと何かの間違いだろうと思って、エイデン様にいつものように笑いかけた時の、あの虫ケラを見るような目……あの瞬間にわたくしはエイデン様のとりこになってしまいました。」


 もうどうつっこんでいいのかも分からない。

 クリスティーナ様がこんな姫だったなんて……

 思っていたクリスティーナと違いすぎて言葉も出ない。


「レイナ様と婚約された時はショックでしたわ。ですから昨年、レイナ様と初めてお会いした時はお二人の邪魔をするつもりだったんです。」

 クリスティーナがエイデンの元婚約者だと知って、かなりショックを受けたことを思い出す。


「それで晩餐会の時、わたくしとエイデン様が婚約した時なんて話をしたんですけど……」

 興奮しているのか、クリスティーナの声が大きくなる。


「あの時の私を見るエイデン様の目……あの時の鳥肌がたつ感じは忘れられません。」

 それで気づいたのだとクリスティーナは言う。


「エイデン様がレイナ様を好きだからこそ、わたくしはあんなに冷たい瞳で見つめられるわけで……わたくしを好きになってしまったら、もうあんな冷たい瞳は見ることができなくなってしまうんです。」

 必死に訴えてくるクリスティーナには悪いが、何だかおかしくなってくる。


 この好きなものに対する熱はジョアンナ様に通ずるものがあるわ。

 ジョアンナ様はあさましいと言ってクリスティーナ様を嫌っていたけれど、もしかしたら二人は気があうんじゃないかしら。


 だからもうエイデンに未練はないのだとクリスティーナは言い切った。

 私こんな人にヤキモチ妬いてたんだよな……

 なんだかそのことがバカバカしく思えてくる。


「エイデンのことお好きじゃないのは安心しましたけど、できれば私に軽い嫌がらせをするのもやめていただきたいです。」


 エイデンの蔑むような目が見たいためだけに、私の心を乱すのはやめてもらいたい。

「いいじゃないですか。わたくしがこんな話をしたのは親友のジャスミン様以外に初めてなんですよ。」

 クリスティーナは口元に手を当て、クスクスと可愛らしく笑った。


 もう……その顔を見ていたら何だか怒る気にもならない。何だかんだで結局憎めない人なのよね。


「そうそう。そのジャスミン様のことなんですけど……」

 そう言いながら、クリスティーナの顔が少し曇った。

「わたくしのために、レイナ様を攫おうとしたという話を耳にしました。」


「ええ。ジャスミン様がエリザベス様を使って私を消そうとしたと私も聞いています。」

 そのせいでエイデンは刺され、記憶をなくしてしまったのだ。


「それは……少しおかしいです。」

 クリスティーナが真面目な目で私を見る。

「先程申し上げた通り、わたくしは昨年の大国会議の時点でエイデン様に対する感情が少々変わっております。そのことはジャスミン様にも伝えていますから……」


 たしかにクリスティーナ様の言う通りだとしたら、ジャスミン様が私を消したい理由がなくなってしまう。

 でもエイデンやカイル達が調べ上げたことに間違いがあるとも思えない。


「本当はジャスミン様に疑いがかかった時にお話できればよかったんですけど、エイデン様達にお聞かせするのは恥ずかしかったので……」

 クリスティーナが顔を少し赤らめた。


 蔑んだ目で見られたいってエイデンに言ったら、それこそ冷たい目で見られて良さそうなのに……もったいない。


「噂を聞いてジャスミン様に連絡をとろうとしているのですが、音信不通で……今回の大国会議に参加しているレイクスター国王夫妻にお聞きしても全くとりあっていただけないんです。」

「心配ですね……」


 親友と連絡がとれない、様子がわからないのは心配でつらいだろう。

 しかもその原因が自分のせいだと言われているのだからなおさらだ。


「わたくしずっと考えていたんです。誰が何のためにレイナ様を攫いたいのかを。」

「誰か心当たりがありましたか?」

 クリスティーナは静かに首をふった。


「レイナ様がいなくなればいいと思ってるのは、エイデン様に思いを寄せる者かなとは思ったんですけど……」

 だからわたくしの名前が出たのでしょうねと、クリスティーナが悲しそうな顔をした。


「でも昨夜の話を聞いて、もしかしたらこの考えは間違っていたのかと思ったんです。」

「昨夜の話、ですか?」

「ええ、シャーナ様がレイナ様を侮辱した件です。」

 例の禁忌の子と言われたことかと憂鬱な気分になる。


「嫌なことを思い出させてごめんなさい。」

 とクリスティーナが頭をさげた。

「いいんです。それよりその話がどう関係あるんですか?」


「わたくしは今まで、エイデン様を好きな方ばかり考えていましたが、もしかしたらエイデン様をお嫌いな方がレイナ様を消してしまおうと考えたのではないかと思ったんです。」


 クリスティーナの言葉に胸がドキンとする。

 エイデンを嫌いな人……

 たしかにエイデンとは不仲だと言われているけど。

「そんなまさか……」


「ええ。わたくしも信じたくありませんが、シャーナ様が計画したのではないかと。」

「……もし本当にシャーナ様が私のことを消したいと思ったのなら、わざわざジャスミン様を利用しなくても消せるんじゃありません?」

 それこそシャーナ様が誰かに命じて直接私に接触した方が簡単だし成功率もあがるはずだ。


「それはですね……」

 クリスティーナは少し前かがみになり、身を乗り出した。その小さな声を聞き取るために、私も同じように身を乗り出す。


「ジャスミン様を使うことによって、レイクスターとフレイムジールを仲違いさせたかったんだと思います。」


 ジャスミンのしたことでエイデンはレイクスターに不審をもつ。同様に少ない証拠だけで抗議されたレイクスター側もフレイムジールに不満をもったはずだとクリスティーナは言う。


「昨日のことだって……シャーナ様の発言を咎められた父はエイデン様に良い感情はもてないと思います。」

 困ったものですとつぶやきながら、クリスティーナは小さく一つため息をついた。


「ただでさえエイデン様は父達よりもだいぶ若いですからね。生意気に見られても仕方ありませんわ。」

「それはそうですが、国同士を仲違いさせてシャーナ様に何かメリットがあるんでしょうか?」


 エイデンは確かに若いし、生意気に見られているに違いない。でもエイデンが他の国の王に嫌われるだけのために、シャーナ様がわざわざこんなことをするとは到底信じられなかった。


「わたくし、計画はまだ途中だと思うんです。」

「途中ですか?」

 クリスティーナは小さく頷いた。

「ええ。最終的にはサンドピークとフレイムジールを争そわせたいんだと思うんです。」

 クリスティーナの真剣な瞳に思わず息を飲む。

 争わせたいって……戦ってこと?

 話がなにやら穏やかではない方向に進んでいくことに不安を覚える。


「いやになっちゃう。」

 突然割り込んできた声にクリスティーナと同時に顔をあげた。

 えっ? ビビアン!!

 目の前に現れた人物を見ながらクリスティーナと私は固まってしまった。

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