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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 エイデンとレオナルドの母親なのだから、美人なのだろうと思ってはいたけれど……

「あの人がエイデンのお母様なの?」

 やっぱり想像からかけ離れすぎていてピンとこない。


「エイデン達は父親似だからね。」

 シャーナにはあまり似てないわよね、とジョアンナは笑った。


 国王と腕を組み、柔らかい微笑みを浮かべたシャーナを見つめる。

 てっきりすらっと背の高いクールビューティだと思ってたのに、こんなに小柄で可愛らしい小動物系だったなんて……


 これじゃエイデンと親子というより、クリスティーナの方が本当の親子みたいじゃない。


「気をつけてね。シャーナも相当あざといから。」

 ジョアンナが私にだけ聞こえる声で囁いた。

 エイデンがあざとさに慣れているというのは、母親のことだったのね。


 ただでさえエイデンの母親に初めて会うので緊張してたのに、その母親があざといから気をつけろなんて言われたら、どうしていいか分からなくなってしまう。


 どうか何事も起こりませんように……


 国王夫妻が参加者達に歓迎の意を表しながら会場をまわっていく。

「君はエイデン王の方だよね。」

 エメリッヒ国王にエイデンがそうだと答えた。

「噂に聞いてるよ。婚約おめでとう。」

「ありがとうございます。」


 国王の優しい笑顔に、私も自然な笑顔でお礼を言うことができた。

 なんだか大きなクマさんみたい。

 国王のボリューム感のある体系が、何だか親しみやすさと安心感を与えてくれる。


「シャーナも会うのは初めてだろう?」

 国王が後ろに隠れるように立っていたシャーナを呼んだ。


「ええ。初めまして。」

 そう言ってにっこりと笑うシャーナに慌てて挨拶をした。


 近くで見ると一段と可愛らしい人だわ。

 肌も白くて綺麗だし、まつげもくるんとカールしてステキだ。

 それに、とても若いわ。エイデンみたいな大きな子がいるとは到底思えない。


「綺麗な髪の毛ね。」

 シャーナが大きな瞳をキラキラさせながら、一歩私に近づいて髪の毛に顔を寄せた。

「禁忌の子の証だとしても、これだけ綺麗なら悪くないわね。」


 ドクンと胸が大きな音を立てる。

 禁忌の子……そうはっきり言われるのはいつ以来だろう?

 シャーナの悪意のない笑顔が胸に刺さって痛い。


 龍族と人間の交配は禁忌……それが社会通念であることは知っている。

 龍族は伝説的存在で、その姿を見たことがあるものは少ない。龍族の証と言われる、こんな髪の毛をしている私ですら龍族のことはほとんど知らないのだ。


「……お母さんはあなたのお父さんのことが大好きだったの。」

 小さい頃母はそう言って少し悲しそうに笑った。


「一緒に生きることは許されなかったけれど、あなたを残してくれた。お母さんはレイナがいて幸せよ。」

 抱きしめてくれた母のぬくもりは今でもはっきりと覚えている。


 笑わなきゃ……笑って何か返事をしなきゃ。

 そう思うのに、体に力が入らない。

「……レイナ……」

 エイデンが優しく私の肩を抱き寄せた。


 エイデン……

 エイデンがいつも以上に優しくにっこりと微笑んでくれて、心が落ち着いてくる。

 うん、大丈夫。

 無言で小さく頷くと、エイデンも同じように頷き返してくれる。


「レイナの髪が綺麗だというのには同感ですが、レイナを禁忌の子と呼ぶのはやめていただきたいですね。」

 エイデンが国王夫妻を見る目は厳しい。


「も、申し訳ない。シャーナには悪気はないんだ。」

 なぁとエメリッヒ国王がシャーナを見る。

「でも皆知ってることだし、本当のことでしょ?」

 大きな瞳をくりっとさせて、首をかしげる。

 何が悪いのか分からないという表情だ。


 エイデンがすっと私の頰に触れた。

 えっ?と思った瞬間に肩を抱いていた腕に力が入り、私の唇にエイデンの唇が重なった。


 やだ、皆見てるのに……

 恥ずかしさで顔が熱くなってくる。

 茹でタコみたいに赤くなってたらどうしよう。


 ふっとエイデンが小さく笑った。

「ジョアンナ、レイナを連れて帰っててくれ。」

 任せといてと言うジョアンナに攫われるようにして廊下に引きずり出される。


「まぁ、もうお戻りですか?」

 私達を見たビビアンが驚いた顔をする。

「色々あってね。さ、レイナも座りなさい。」

 ビビアンに熱いお茶を頼みながらジョアンナが椅子に座った。


「私のせいで、すいません……」

 ジョアンナまで歓迎の宴を後にすることになってしまった。

「あなたのせいじゃないでしょ。」

「でも……」


「ふふっ。今頃エイデンがシャーナに暴言でも吐いてるかしら。」

 ジョアンナの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「あなたに聞かせたくないから、こうやって部屋に戻るよう言ったんでしょうね。あの子本当に口悪いから。」


「……私のせいでまたエイデンとお母様との関係が悪くなっちゃいますね。」

 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 お母様とお話しどころか、ティアラのお礼すら言うことができなかったわ……

 大失敗ね。


「気にすることないわよ。シャーナが悪いんだから。昔からあんな風に人が傷つくことを、無邪気な顔して言うのよ。ああいう所、全然変わってない。」

 ジョアンナが顔をしかめる。

「本当、大っ嫌いよ。」


 ジョアンナも何か言われたことがあるのだろうか?

 言葉の端々にシャーナへの嫌悪感が聞き取れた。

「とにかくレイナは何も悪くないんだから、気にするんじゃないわよ。」

 そう言って私を見るジョアンナのいつもより優しい瞳に胸がつまる。


「あー、もう……」

 がたんと椅子の音をたてて、ジョアンナが私の元へ来る。私のからだを優しく包み込むジョアンナはとても温かい。


「大丈夫だから、泣かないの。」

 なんだろう、この感じ……

 優しく背中を撫でられながら、懐かしいような心地よい安心感を感じる。

 その心地よいジョアンナの温もりに、しばらくの間甘えさせてもらった。




  ☆ ☆ ☆




「……で、あの女に何て言ってやったの?」

 部屋に顔を出したエイデンに、瞳をキラキラ輝かせてジョアンナが尋ねる。


「そんなこと別にいいだろ。」

「ガツンと言ってやったんでしょうね?」

 なおも食い下がるジョアンナに、エイデンが煩そうな顔をする。


「こんな煩い奴と一緒で大丈夫だったか?」

 エイデンが私の頭に優しく触れた。

「ええ……ジョアンナ様がいてくれてすごく落ちついたわ。」


 はっ? とエイデンが驚いた顔をする。

「落ちつく? ムカつくの間違いじゃないか?」

 エイデンの言葉に思わず苦笑いしてしまう。

「本当に落ちついたわ。優しく背中を撫でてもらって、まるで母といた時みたいに穏やかな気持ちになったわ。」


 しまった……

 なんたってあれだけ年のことを嫌うジョアンナだ。母みたいだなんて言って、気を悪くしてるに違いない。せめて姉って言えばよかった……


 素直に答えてしまったことに後悔しながら、慌ててジョアンナの様子を伺う。

 ん?

 意外にもジョアンナは文句を言う様子はない。

 それどころか……


「もしかして、照れてるのか?」

 ほんのり色づいたジョアンナの頰を見ながらエイデンが驚きの声を上げた。

「煩いわね。」

 ぷいっとそっぽを向いたままジョアンナが声を上げた。


「……でも悪くないわね。」

 んんっと咳払いをしてジョアンナが小さな声で呟いた。

「何か言ったか?」

「悪くないって言ったのよ。」


 ジョアンナがエイデンの顔を見る。

「元々私はあんたの母親代わりのつもりでずっといたんだから、あんたの結婚相手の母親にだってなれるわ。」


「……母親代わり?」

 驚いたのか、エイデンが固まってしまう。

「そうよ。あんたのコントロールできない炎にまともに付き合えるのは、炎の力を持つ私とお父様だけだったでしょ?」


 ジョアンナは、あきれたという顔をする。

「あんなに火を消してあげてたの忘れたの?」

 ジョアンナも炎の力があるなんて知らなかった。

 一人で驚きながら、二人のやりとりを見守る。


「……だからあんなに煩く付き纏ってたのか?」

「そうよ。」

「小さい頃はただの目つきの悪いチビだったのにね……」


 ジョアンナが慈愛に満ちた瞳でエイデンを見つめる。

「いい男に育ってくれてすごく嬉しいわ。」

「……っ。」

 そっぽを向いてしまったエイデンの顔は嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない表情をしていた。


 結局似た者同士なのよね……

 エイデンにしろジョアンナにしろ、口が悪いし態度に表れないから愛情が分かりにくい。


 でもよかった。

 小さい頃のエイデンにも、気づかないだけで愛してくれる存在はあったのだ。

 そのことがとても嬉しかった。

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