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「すごい。砂漠の中に、こんな立派な町があるなんて。」
馬車に揺られながらサンドピークの城下町を通り抜ける。
サンドピークまでの道のりは長かったが、初めて見る砂漠の広大さと砂の美しさによって疲れは吹き飛んでしまった。
「危ないからあんまり顔出すなよ。」
エイデンが私を後ろから支えながら言った。
「砂埃がひどいから、目に入らないよう気をつけた方がいい。」
そんなエイデンの様子を見ていたジョアンナが、からかうように
「お優しいこと。」
と笑った。
「うるせーな。だいたいなんで同じ馬車に乗ってんだ? ビビアン達と乗ればよかっただろ?」
エイデンは不愉快そうな顔をするが、ジョアンナは全く気にしていない。
ジョアンナと私は大国会議に参加するエイデンについてサンドピークに来ているのだ。
もう一台の後ろの馬車には、ビビアンとウィリアム、マルコの姿もある。
「それにしてもやっぱり暑いわ。」
紫の綺麗な扇子を広げてジョアンナは言った。
「大国会議を夏にできない理由が分かるわね。」
本来なら夏に行われる大国会議だが、サンドピークで開催される年は春に行われる。
「砂漠の夏は厳しいですからね。」
カイルはそう教えてくれた。
この厳しい環境にありながら、これだけ町が発展しているなんてすばらしい。
国の規模もフレイムジールには及ばないにしろ、かなり大きく豊かな国だというから驚きだ。
馬車が王宮でとまった。
「うわぁ。」
要塞のように聳え立つ、王宮の厳めしさに身震いしてしまう。
これがサンドピーク城……
「行くぞ。」
入り口で固まってしまった私の背中をエイデンが優しく押す。
城の中に入るとサンドピークの皇太子夫妻が出迎えてくれた。
皇太子夫妻と笑顔で挨拶を交わすエイデンを眺めながら、さすがだなと感心する。
その姿からはいつもの横柄さなど全く感じられず、威厳が感じられた。
その隣で挨拶をするジョアンナ様は……いつもと変わらぬ態度でなんだか安心してしまう。
「エイデン様。」
語尾にハートマークがついていそうな甘い声と共にクリスティーナが駆け寄ってくる。
「あっ。」
エイデンの前でクリスティーナの足がもつれてふらついた。
「ありがとうございます。」
エイデンに体を支えられながらクリスティーナが上目遣いでをエイデンを見上げる。
「クリスティーナ、何してるんだ。エイデン様、申し訳ありません。」
慌てた様子でクリスティーナの兄であるロナウドがエイデンに頭をさげる。
「わたくしったら……」
クリスティーナはそう言ってエイデンからパッと体を離す。
「エイデン様に会えて嬉しくてつい……申し訳ありません。」
頰をピンク色に染め、少し潤んだ瞳でエイデンを見つめるクリスティーナは以前と変わらず美しかった。
「レイナ、移動で疲れただろう? 少し休ませていただこうか?」
クリスティーナの熱視線など全く気にすることもなく、エイデンが私を振り返った。
「え、ええ。」
あまりにもあっさりしたエイデンの態度に拍子抜けしてしまう。エイデンがクリスティーナ様の魅力に惹かれなくてよかった。
クリスティーナがエイデンに抱きついたのはムカつくけれど、エイデンのこの態度は素直に嬉しい。
私に用意された客室にはベッドルームが二部屋ついていて、私とジョアンナ様で一部屋ずつ使うことになった。リビングルームには砂漠が見渡せる広いバルコニーがついている。部屋の内装も落ちついていて素敵だ。
「ほんっと、クリスティーナってあざとい女よね。」
リビングのゆったりとしたソファーに体を投げ出してジョアンナが毒を吐く。
「あんなわざとらしくよろけるなんて。エイデンもエイデンよ。抱きとめずに、転がしてやればよかったのに。」
口に出すと怒りが増してきたのか、ジョアンナがヒートアップしていく。
「ジョアンナ様、少し落ちついてくださいませ。」
ビビアンがピーナツロッククッキーを差し出した。
ジョアンナの大好物なのだ。
「あら。」
嬉しそうにクッキーを手にとるジョアンナは、少し機嫌が直ったみたいに見える。
私はジョアンナのこういう自分の気持ちに素直に生きているところが結構好きだ。
一緒にいると私もなんだか自由に生きられるような気がしてくる。
「レイナはよく我慢できるわね。」
甘さ控えめのクッキーには、甘い飲み物でしょっと、蜂蜜たっぷりのミルクティーを飲みながらジョアンナが言った。
「私の男に色目使うなって言ってやればいいのに。」
「ジョアンナ様が代わりに怒ってくださったので、怒りもとんでしまいました。」
それに……
「クリスティーナ様をあざといと思ってるのが私だけじゃないって分かって嬉しいです。」
ただ顔が可愛いらしいだけなら、男性はともかく同じ女性からは嫌われていてもおかしくはない。
でもクリスティーナには女性も惹きつけてしまう魅力があるのだ。
実際レイクスターのジャスミン姫は、クリスティーナのためにエリザベスを使って私を消そうとしていたくらいの、クリスティーナ信奉者だ。
「エイデンがクリスティーナ様に惹かれてないので、私はそれだけでよしとします。」
そうね……とジョアンナがふっと笑った。
「エイデンもレオナルドもああいったあざとさには慣れてるからね〜。」
「どういう意味ですか?」
慣れてるって、まわりにあざとい人なんて他にいたかしらと首をかしげる。
「そのうち分かるわよ。ね、ビビアン。」
ジョアンナから意味深な笑みを向けられたビビアンは、困ったような顔で笑った。
☆ ☆ ☆
「ジョアンナと同じ部屋でうるさくないか?」
夜になり、歓迎会へと向かう廊下でエイデンが尋ねた。
「全然。とっても楽しいわ。」
ジョアンナと一緒にいると、話題がつきることはない。
「ならいいが……」
とエイデンが安心したような顔をする。
「エイデンはカイルがいないから、不便してるんじゃない?」
「マルコがいるから不便はないが、何だかんだ言ってもカイルの小言がないと張り合いはないな。」
エイデンの言葉につい笑ってしまう。
今回はカイルがどうしても城から離れられないということで、代わりにマルコがエイデンの世話係として来ているのだ。
「でもマルコがレオの側から離れるなんて、珍しいよね。」
「そうだな。でも自分からサンドピークに来るのを志願してたぞ。」
マルコは元々レオナルドの従者で、基本的にレオナルド命の人間だ。こんな風にレオナルドから離れるなんてびっくりだ。
「サンドピークに行きたいからだと聞いたが……」
「そうなんだ。何があるんだろ?」
「さあな。」
もしかしてマルコもクリスティーナ様のファンだったりして。
そんなことを考えていると、エイデンが何か考えながら私を見つめていることに気づいた。
「どうしたの?」
「いや……マルコの話をしてて思ったんだが、お前とマルコはなんとなく似てるな。」
え? どこが?
顔立ちも全く違う上に瞳の色、性格に似た部分が思いつかない。
「どこというわけじゃないんだが……気のせいか?」
言い出したエイデン自身がよく分からないのだから、どこが似ているのか想像もつかない。
エイデンやウィリアムほどじゃないにしろ、そこそこ男前なマルコに似てるんならまぁ悪くはないけれど……
でも私のことをあまりよく思ってないであろうマルコには、きっと不愉快だろうな。
「ふぅ。」
廊下の終わりで小さく気合いをいれるために息をついた。
歓迎会が行われる広間にはすでに大勢の人が集まっていた。昨年の大国会議にもついて行ったので、見知った顔も多く見られる。
「何固まってんだ?」
エイデンが笑いながら手を差し出した。
「ほら、行くぞ。」
その手に引かれるようにして広間に足を踏み入れる。
「こんな場なんて慣れてるだろ? 今更緊張してどうすんだ?」
そりゃ確かに生誕祭などで何度かこういった場は経験しているけど……
今日は違う意味で緊張しているのだ。
「エイデンのお母様に初めて会うんだもん。やっぱりドキドキしちゃうよ。」
えっ? と驚いたような顔でエイデンが私を見た。
「そんなことで緊張してたのか?」
くだらないな……
感情のこもらない声でエイデンが呟いた。
やっぱりお母様には色々思うことがあるのかしら?
エイデンにとっては母親と会うこと自体が喜ばしいことではないのだろう。
だからと言って私が緊張しない理由にはならない。
仲が悪かろうが、再婚して国を出ていようが、エイデンを産んだ人にはかわりないのだ。
「エイデンの婚約者として絶対に認められたいもん。」
あわよくば、ステキなお嫁さんね、とか、いい人見つけたわね……なんて言われてみたい。
「別に俺の母親と結婚するわけじゃないんだから、あの女の評価なんか関係ないだろ。」
いやいや、やっぱり気になっちゃうよ。
それにエイデンのお母様だってエイデンのこと嫌いなわけじゃないみたいだし……
「どちらにしろ大丈夫だろ。お前は一番口煩いあのジジイのお気に入りだからな。」
そう言われてクスッと笑ってしまう。
なんかエイデンに言われたら大丈夫な気もしてきた。
「それに……お前が俺のこと以外でドキドキするなんて気に入らないな。」
耳元で囁かれて、体が熱くなってくる。
「ふはははっ。」
あわあわしている私を見てエイデンが声を出して笑った。
「何? 楽しそうね。」
むくれる私と笑うエイデンに、ジョアンナが加わった。
「エイデン、機嫌なおったみたいじゃない。」
ジョアンナがニヤリと笑った。
「エイデンはあなたと部屋が別だから機嫌悪かったのよ。」
ジョアンナの言葉に驚いてエイデンの顔を見た。
「いらないことを言うな。」
エイデンがふいっと顔を背けた。
「だいたいジョアンナとレイナが同室っていうのはおかしいだろ。」
「おかしくなんかないわよ、ねー。」
ジョアンナが私に同意を求める。
「今からでもいいから、交代しろよ。」
「いやよ。私もレイナと一緒がいいもの。」
エイデンとジョアンナのやりとりは終わりそうもない。
「……じゃあレイナに選んでもらいましょ。」
ジョアンナの言葉で、二人の視線が私に集中する。
えー、また厄介なことになってきちゃったな。
「えっと……」
正直どちらと同室でもオッケーなんだけど……
どちらを選んでも、面倒くさいことになりそうな予感がしちゃう。
「……私は一人で構わないので、よかったらエイデンとジョアンナ様が同室にされたらどうでしょう?」
私の提案は即座に二人に拒否されてしまう。
私的にはいい考えだと思ったのにな。
人々の談笑の中に、国王夫妻の訪れを告げる声が響いた。
「おでましみたいね。」
ジョアンナがいつもよりかたい表情になる。
エイデンは何も言わず、広間の入り口に目を向けている。
「えっ?」
驚いて思わず小さな声が漏れてしまう。
あれがエイデンのお母様?
想像とはかけ離れたエイデンの母親の姿を見て、私の緊張はますます高まったのだった。




