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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 困ったわ……

 口を挟むタイミングを完全に逸してしまった。

 目の前で繰り広げられるエイデンとカイルのやりとりを見つめながら頰に手を当てた。


「何年俺の側についてるんだ。これくらい何とかうまく処理して当然だろう」

 エイデンが大きな声を出す。

「だいたい何がそんなに問題なんだ。パーティーは後日きちんとすると言ってるじゃないか。」


「そう言われましても、先に結婚の儀だけ済ますというのはいかがかと。ここはきちんと手順を踏んでいただかないと……」

 カイルはいつもの通り冷静に受け答えをしている。


「きちんと手順を踏むと半年以上かかるじゃないか。」

 そんなに待てるかとエイデンが叫んだ。

 二人は今結婚式にむけてのスケジュールで揉めているのだ。


 国王であるエイデンの結婚となると色々しきたりがあるそうで、最短でも準備に半年はかかるらしい。

 エイデンはそれが気に入らず、先に結婚だけしてしまいたいと言っているのだ。


「それでも待っていただかなくてはいけません。」

  カイルがきっぱりと言い切った。

「ただでさえ新年の儀に婚約者であるレイナ様がいらっしゃらず、貴族の方々から不満の声が出ているのです。」

 えっ? 私?

 突然私の名前が出てぎょっとする。


「この状態で勝手に結婚の儀まで済ませてしまうと、貴族の方々も黙ってはいないでしょう。」


「あの……私のせいで何か問題が起こってるの?」

 名前が出てきた以上、二人のやりとりを静観するわけにもいかず口を開いた。


「……新年の儀は王族の義務ですので、婚約者であるレイナ様も同席して然るべきと考える貴族も多数いるんですよ。」

 とカイルが言った。


「それならそうと言ってくれれば良かったのに。」

 新年の儀とは初日には貴族、2日目には一般の人々が国王と謁見することだ。

 エイデンに新年の挨拶をするため、国中から多くの人々が集まると聞いている。


「言ってくれれば喜んで同席したのに。」

 そう言う私にエイデンは、

「今年はレオナルドとジョアンナもいたから、お前が来る必要はなかった。」

 と答えた。

 そのそっけない答えが少しだけ寂しく感じる。


「陛下はレイナ様を皆に見せたくないんですよ。」

 カイルがメガネの奥で瞳をキラリと輝かせる。

「そうですよね、陛下?」


 カイルと私の視線がエイデンに集まる。

 うっと言葉に詰まりながら、エイデンがカイルに向かって叫んだ。

「あー、もういいから出て行ってくれ。」


「おやすみなさいませ。」

 にっこりと笑いながらカイルが部屋を出て行く。

「くそっ。カイルのやつ。」

 そう言いながら、エイデンはソファーに倒れこんだ。


 エイデンの口から、はぁっと小さなため息が漏れた。年明けから新年の儀で多くの人の相手をしているのだ。


「疲れてるでしょ? 今お茶いれるね。」

 そう言って動き出そうとする私をエイデンが呼び止めた。

「お茶より……お前が欲しい。」

 そう言って力強く引き寄せられる。


 あっと思った時にはもうエイデンの上に倒れこんでいた。

 やだっ。

 はだけてしまったスカートの裾を慌ててなおす。


 うっ。

 自分がエイデンの膝の上に頭をのせて、膝枕状態であることに気づいて狼狽る。

「ご、ごめんなさい。」

 そう言って体を起こそうとするが、エイデンに後ろから抱きとめられる。


「癒してくれるんだろ?」

 からかうような笑みを口元に浮かべてエイデンが言った。

 もう、やだ……

 恥ずかしさでエイデンの顔を直視できず、顔をそむけた。


 ふっと軽くエイデンが笑い、後ろから私の髪の毛に優しくキスをする。

 ソファーに体を投げ出したエイデンを背もたれにする形で座らされたまま、エイデンの両腕に閉じ込められる。


「レイナは温かいな……」

 エイデンが私の頰に手を当て、首の向きを変えさせる。ちゅっと軽い音を立てて、エイデンの唇が私の唇に重なった。


「エイデンも温かいよ。」

 もたれかかったエイデンの広い胸から、力強い心臓の音を感じた。


「エイデン、ごめんね。」

 エイデンの胸に頭をのせ、瞳を閉じたまま謝った。

「来年の新年の儀には一緒に出られるよう、私頑張るから。」


 人前に出しても恥ずかしくない、エイデンにそう思ってもらえるようがんばらなきゃ。

 そう心の中で決意した。


「さっきのカイルの話は気にしなくていいぞ。あいつは俺を困らせたくて、ああ言っただけだからな。」

 どういうことかと尋ねる私にエイデンは言いにくそうにしながらも渋々言葉を続けた。


「新年の儀はあれだ……挨拶に来た者と握手をだな……」

 ボソボソと要領を得ない話に振り返り、首をかしげる。

「エイデン?」


「だから俺が嫌だったんだよ。お前が誰彼構わず握手するのも、綺麗に着飾ったお前を皆に見せるのも。」

 そう言ったエイデンの顔がほんのりと赤くなっている気がしてドキッとする。


「だーっ、向こうむいてろ。」

 そう言ってエイデンは掌を自分の顔に当てて、横を向いた。


 そんなエイデンが可愛らしくて、思わずクスっと笑ってしまった。


「何笑ってんだよ。」

 私を抱くエイデンの腕に力が入る。


「だって何だか嬉しくって……」

 エイデンが私を恥ずかしいと思っているのではなく、独り占めしたいと思ってくれているのがとても嬉しかった。


 エイデンの大きな手が私の左手を優しく包み込んだ。

「お前は、俺のだろ。」

 チュッと可愛らしい音を立てて私の指先にキスをする。


「これ、してくれてるんだな?」

 エイデンが私の左手の薬指に触れながら言った。

「もちろん。絶対にはずさないよ。」

 そう返事をして左手を顔の前にもってくる。


 綺麗……

 私の薬指には赤く燃えるような石がはめ込まれた綺麗な指輪があった。

 年末にエイデンからプレゼントされて以来何度も眺めたが、何度眺めても嬉しさが混み上げてくる。


 あの日、一生側にいろ……そう言った後エイデンはこの指輪を私の指にはめた。

「えっ?」

 驚く私にエイデンは言った。

「本当はお前の誕生日に渡す予定だったのに、お前がなかなか帰ってこないんで渡すのが遅くなっちまった。」


「綺麗……」

 赤い宝石を見ながら呟いた。

 黒みを帯びた赤い色が、炎を纏ったエイデンを思わせる。


「でもどうして? あの時私の指輪を外して行ったのに。」

 そのせいで私はエイデンが婚約解消したいのだと勘違いしたのだ。


「あれは……あの指輪は俺がやったもんじゃないから……」

 気に入らないんだとエイデンは言った。


 私を引き寄せ、左手をきゅっと握った。

「これでもうお前は俺のものだ。」


 年末の夜のことを思い出すと、幸せすぎて無意識ににやけてしまう。


 俺のやった指輪じゃない、かぁ……

 実際にはエイデンからもらった指輪なんだけど、記憶がなくなる前と後でそういった気持ちになるかも知れないわね。


 今のエイデンは記憶がなくなる前の自分と今の自分は別人だと思ってるのだ。


 確かに今と前のエイデンは少し違っている。

 でも本質は変わらないわ。

 記憶をなくした当初はまるで別人だと思ったけれど、今のエイデンは私が好きだった前のエイデンと変わらない。

 やっぱりエイデンはエイデンだもの。


 ふふっと笑う私を訝しむようにエイデンが何だ? と言った。

「なんでもないわ。」

 そう答えて、少し首を動かしてエイデンの顔を見つめた。


「ねぇ、エイデン。」

「ん?」

 エイデンの視線が私の視線とぶつかった。

「私のこと好き?」


「ばっ。」

 私の言葉が予想外だったのか、エイデンは狼狽えている。

「いきなり何言ってんだ。」


「だって……知りたいんだもの。」

 エイデンが記憶をなくしてから好きだと言ってくれたのは、あの夜だけだ。


 エイデンにもたれていた体を起こし、ソファーに座りなおしてエイデンの方へ体をむける。

「ねぇ、教えてほしいな。」


 困っているエイデンを見るのもなかなか楽しいなと余裕ぶっていると、エイデンに引き寄せられた。


 その広い胸の上に倒れこむ。

 ソファーの上で、まるで私がエイデンを押し倒したかのような体勢だ。慌てて逃げようとするがエイデンの腕に捕まって動けない。


 一気に形成逆転してしまい、今度は私が狼狽える番になってしまった。

 エイデンの上でジタバタともがく私を見ながらエイデンが声を出して笑った。


「もう……エイデンの意地悪。」

 エイデンの上に乗っている恥ずかしさで涙目になってくる。もう一度エイデンが声をあげて笑った。


 エイデンが体を起こして、私を横抱きにかかえる。

「エイデン?」

 私をベッドの上に優しく横たえながら、エイデンがまっすぐに私を見つめた。


「結婚の儀まで待つつもりだったけど、悪いな。我慢できそうもない……」

 そう言ってエイデンは私の手に指を絡ませた。

「レイナ、愛してるよ。」

 そう小さく囁いて、そっと私の唇にキスをした。


「エイデン……」

 私も愛してるわ。


 体中にエイデンのキスを受けながら、とろけるような甘い夜を過ごしたのだった。

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