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テーブルには年の締めくくりにふさわしいご馳走が並べられた。
エイデン、ジョアンナ、ジョージと口調のきついメンバーが多いため、飛び交う言葉はトゲトゲしくもあったが、それでも楽しく笑いのあるひと時だった。
食事がひと段落した頃、話題は明日から始まる新しい年についてになっていた。
「来年はお父様も、私のところに遊びに来たらいいわ。どうせ暇なんだから。」
「お前の城に行ったら、腹が立つ事が多すぎて耐えられん。」
ジョアンナとジョージのやりとりを聞いて、私も恐る恐る口を開いた。
「あの……私もジョアンナ様の所に連れて行っていただけませんか?」
そう言う私にジョアンナは、
「ええ、もちろん。遊びに来て。」
と嬉しそうに言った。
「あの、そうではなくて……」
私が行きたいと言ったのは、遊びにではなく、メイドとして城に置いて欲しいという意味だと説明する。
「メイド?」
意味が分からないと言う顔をするジョアンナに、昨夜婚約解消をしたという話をする。
「は?」
その場にいた全員の視線が私に集まる。
「婚約解消ってどういうこと?」
身を乗り出してそう問われる。
どういうことって……レオナルドもジョアンナも知ってたんじゃないの?
助けを求めるように隣に座るエイデンを見つめる。
「お前……今何て言った?」
眉間に皺をよせて私を見つめるエイデンの鋭い視線が痛い。
エイデンの視線を受け止めきれず、思わず俯いてしまう。
「……ごめんなさい。婚約解消のこと、まだ話したらいけなかったかしら?」
もう皆知ってるだろうからと思ってつい口に出してしまったけれど、もしかしたらエイデンは自分で報告したかったのかもしれない。
「婚約解消って、なんでそんなことになってんだ?」
驚きと、苛立ちの混じった顔でエイデンが大きな声を出す。
なんであなたが驚いてるの?
エイデンが驚いていることに、こっちが驚きだ。
「なんでって……昨日そう話したじゃない。」
そう言った私に向かってエイデンが何かを言いかけたが、それより先にジョージが口を開いた。
「エイデン。」
少し黙っていろと言うジョージに何か言いたそうにしながらもエイデンは口をつぐんだ。
「レイナ……どういうことか説明してもらえるかな?」
思いのほか優しい声でジョージが言った。
説明も何も特にない。
ただ私達の結婚はなくなった、それだけだ。
「だから何でそんな話になってるんだよ。」
エイデンが苛立ちながら声を出す。
なんでって……
レオナルド達が心配そうに私達のやりとりを見つめている。
「最近エイデンの様子が少しおかしかったでしょ?だから昨日の朝ジョアンナ様とレオに相談したんだけど……」
昨日の朝から今に至るまでの流れをざっと話す。
「はぁ……」
黙って話を聞き終えた4人がそろって大きなため息をついた。
「エイデン……本当にあんたってポンコツね。」
呆れ果てたように言うジョアンナに向かって、
「そもそもお前達がレイナにいらないこと言うからこんなことになるんだろ。」
エイデンも負けずに言い返す。
えーっと……
ぎゃいぎゃいと言い合うエイデンとジョアンナを見ながら、置いてきぼりをくらったような気分になってくる。
「そこまでだ。」
ジョージが手を打ち、二人に黙るよう指示をする。
「レイナはこう言っとるが、エイデンはどうするんだ?」
ジョージが尋ねる。
「……くそっ。」
小さく吐き捨てて、エイデンが勢いよく立ち上がった。
「行くぞ。」
私の腕を強引に引っ張り上げる。
「……でも……」
食事の途中で退席するなんてと心配するが、ジョージは咎めるわけでもなく頷いている。
「ごゆっくり。」
ひらひらと手を振るジョアンナ達に見送られながら廊下を引きずられように進んでいく。
「エイデン、痛いよ。」
掴まれた二の腕が引っ張られて痛んだ。
エイデンは私を振り返ることなくずんずん進んでいく。
とうとうエイデンの私室まで引きずられ、ドアの中に押入れられる。
バタン。
ドアが盛大な音を立てながらしまり、やっと私の二の腕も自由になる。
ほっとしたのもつかの間、バンとエイデンが両腕でドアを叩く。
大きな音にからだが反射的にびくっと動き、胸元で両手を握り合わせる。
気づくとエイデンの両ひじとドアの間に閉じ込められていた。
「おい。」
息がかかるほど近い距離でエイデンに覗きこまれて思わず息がとまる。
澄んだチョコレート色の瞳に見つめられて体が熱くなってくる。その熱に耐えられなくなり視線を外した。
「おい、こっち向けよ。」
エイデンの前髪が私の前髪にかすかに触れた。
こっち向けって言われても、近すぎて向けません。
緊張で体がかたくなる。
「……」
横を向いた私の耳にエイデンの熱い息がかかった。
「えっ?」
今何て言ったの?
聞こえた言葉が信じられなくて、思わずエイデンの顔を見あげる。
「お前が好きだ。」
エイデンの低く甘い声が今度ははっきりと聞こえた。
本当に……?
「……」
突然のことにうまく言葉が出てこない。
「一生俺の側にいろ。」
エイデンの言葉に涙が滲む。
「……っ。」
涙でうまく声が出てこない。
流れ出た涙にそっと口付けるように、エイデンの唇が頰に触れた。
「返事は?」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、夢中で首を縦に振った。
ふっとエイデンが軽く笑いながら私を引きよせた。
「まぁお前が嫌だって言っても離す気はないけどな。」
夢みたい……
そう思いながら、夢じゃないことを確信したくて力いっぱいエイデンにしがみついた。
☆ ☆ ☆
「……ジュール様、レイナ様達にはお会いにならなくてよろしいんですか?」
見張りとして付き添っているアンドレアがジュールに尋ねる。
「いいんだよ。」
ジュールはキレイな笑顔でにっこりと微笑んだ。
稲妻とともに現れた二人は空中に浮かんだまま、城の中の様子を見つめている。
二人の様子は人間には見えないが、二人からは壁の中の様子まではっきりと見てとれた。
今年もこの時間がやってきた。
地上に降りられる限られた1時間……
「彼は記憶をなくしてしまったみたいだしね。」
美味しいお酒を用意しておくと言ったエイデンは、きっと自分と出会ったことすら覚えていないだろう。
それを少しだけ寂しく感じた。
「記憶を戻してあげられればいいんだけどね……」
ジュールの呟きにアンドレアが過剰な反応を示す。
「ジュール様いけません。絶対に絶対にダメですからね。」
「分かっているよ。」
苦笑いしながらジュールが答えた。
エイデンの記憶を戻す方法がないわけではなかった。しかし自分がそれをすることは許されていない。
何もしてやれない自分に虚しさがこみ上げる。
「まぁ二人が幸せそうなのが救いだね。」
温かな部屋の中で、仲睦まじく語らうレイナとエイデンを見ながらジュールが切ない顔で微笑んだ。
本当に年々似てくるな。
レイナの可愛らしい顔を見ながら胸がいっぱいになる。
アンナ……
今は亡き愛しい人を思う。
「……ジュール様……」
昔から付き従っていたアンドレアには、ジュールの考えが分かるのか、辛そうな表情を浮かべてジュールを見つめている。
関わってはいけない。
そう知っていたはずなのに……
龍族と人間の結婚は今も昔も許されてはいない。
そもそも龍族は人間にとって畏怖される存在であり、友人になることも基本的にはありえないはずなのだ。
それなのにアンナへの想いがとめられなかった。
あれが恋というものだろうか?
二人の恋愛の先にガードランドの滅亡と、龍族の人間界との絶縁があるなんてあの頃の自分達には想像もつかなかった。
幼いレイナを抱えたアンナがどれだけ苦労しただろう。レイナの龍の力を利用しようとする者達からレイナを守り続けていたアンナを思い胸が痛む。
レイナのことだって……
こうして見守ることしかできやしない。
アンナと引き離され、天空に軟禁されてから何年たっただろうか。
アンナが亡くなった後、一年に一度こうしてレイナの側に来る機会を得ることができた。
愛しいアンナ……
君の娘は今幸せそうに笑っているよ。
レイナどうか幸せになっておくれ。
年が変わるその瞬間まで、ジュールは愛しい娘の姿をその瞳にやきつけた。




