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「具合はすっかりよくなったみたいだな。」
前菜とサラダを勢いよく食べた私を見ながら、エイデンがほっとしたような顔で笑った。
「おかげ様で。」
そう答えて、運ばれて来た大好物のタンシチューにナイフを入れた。
今朝レオナルドとジョアンナと別れてから色々な考えが頭をめぐり、昼食はあまり食べられなかったのだ。
「んー、美味しい。」
お肉がトロトロで最高。
この濃厚なソースは絶品だ。
タンシチューに舌鼓をうつ私を見ながら、エイデンも自分のお皿に手をつける。
「それにしても、すごい花ね。」
部屋を覆い尽くすかのように飾られた花々を見つめる。色鮮やかな花に囲まれて、まるで花畑にいるようだ。
「気に入ったか?」
そう尋ねるエイデンに頷きながら、
「とても綺麗ね。」
と答えた。
「そうか……」
エイデンは少しだけ嬉しそうに口元を緩ませた。
そんなエイデンを見て、私の口元も緩んでくる。
本当に分かりにくいなぁ……
嬉しいならもっと嬉しそうにすればいいのに。
そう思いながらも、エイデンの微かな表情の変化が可愛らしく感じてしまう。
私エイデンのこと好きなんだなぁ。
まじまじとエイデンの顔を見つめながら改めてそう思った。
エイデンが私と婚約を解消するつもりだと知って、私も色々考えた。
そして笑って受け入れることを決意した。
はじめてエイデンと出会ってからもう11年か……
その間に私は二回もエイデンを忘れてしまった。
そのたびにエイデンは私を責めることもなく、ただ見守ってくれた。
私が忘れても、忘れても、ずっと私を想ってくれていた。
そんなエイデンに私がしてあげられるのは、エイデンの決断を素直に受け入れることだけだ。
そう思いながら、エイデンから話を切り出されるのを待っているのだが……なかなかそういった気配がない。あっと言う間に残すはデザートだけになってしまった。
本当は婚約解消なんて話聞きたくもない。
だけどどうせ言われるなら早くして欲しいなと思いながらテーブルのお皿が下げられていくのをぼんやりと見つめていた。
「せっかくドレスアップしたんだし、デザートの用意が整うまで少し踊らないか?」
エイデンが音楽をかけるよう命じ、明るい音が部屋を満たしていく。
差し出されたエイデンの手をとった。
エイデンの手は変わらず温かい。
曲に合わせながらエイデンに身を委ねる。
エイデンが優しく私をひきよせる。
いつもぶっきらぼうで愛想がないのに、こういう時のリードは優しいのよね。
そういう所がいいんだけど。
そう思いながらエイデンの顔を見上げた。
「エイデン……今日はありがとう。」
踊りながらそう伝える。
「ああ……」
エイデンはそう返事をした。
もう我慢できない。
そう思って、
「エイデン、何か私に話があるんじゃないの?」
そう切り出してみる。
少しだけ驚いた顔をして、エイデンが私の顔を見つめる。
「ごめんね。聞いちゃったんだ。」
そう言う私に、エイデンが小さく舌打ちをした。
エイデンが足を止め、給仕係に退出するよう命じた。音楽がやみ、部屋は静寂に包まれた。
「これじゃあ計画が全てパァだな。」
頭を掻きながらエイデンが椅子に腰掛けた。
「ごめんなさい。」
謝る私にエイデンは、
「お前が悪いんじゃない。あのおしゃべり共のせいだ。」
そう言って、ワインをグラスに注ぎ一口で飲み干した。
「レオ達のせいじゃないわ。エイデンの様子がいつもと違ってたから私が相談したの。」
ふぅっとエイデンが大きく息をついた。
「……ダッセェな……」
エイデンが呟いた小さな声が耳に届く。
「ダサくなんかないわ。」
ダサくなんてあるはずがない。
「私のこと考えて、なかなか言い出せなかったんでしょ?」
そう言う私から視線を逸らして
「こういうの慣れてなくてな。」
そう言ったエイデンの頰は少し赤みがかっていた。
「ありがとう。」
自然と微笑みが浮かんでくる。
「エイデンの気持ちは分かってるから……」
「はっきりさせてなかったから、きちんと伝えようと思ってたんだがな。」
そのエイデンの気持ちだけで十分ありがたいと素直に思えた。
「エイデン……」
座っているエイデンの横に立ち、エイデンの手に私の手を重ねた。
体を屈め、エイデンの唇に私の唇をそっと重ねた。
一瞬の触れるだけの口付けだった。
「エイデン、ありがとう。」
そう言って微笑んだ。
驚いた顔をしていたエイデンが微笑み返す。
もうこれで思い残すことはない。
今後のことについて話したいと言うエイデンに、頭痛がするので今日はもう休むと伝えた。
「今後のことは、また明日皆で夕食の時に話しましょ。」
大丈夫かと心配するエイデンに、休めば治るだろうと笑って部屋を出た。
部屋から出るやいなや、抑えていた涙が一筋静かに溢れ落ちた。
私、よく頑張った。
誰にも見られぬよう涙をぬぐい、私は歩き出した。
☆ ☆ ☆
「どうかしら?」
鏡の前で最終チェックを行う。
我ながらいい感じに仕上がったなと思っていると、鏡越しにビビアンと目があった。
「お綺麗ですよ。」
年末最後の夕食を皆で……ということで、選んだのは薄紫の落ちついたドレスだった。
ヒダが多くついて、ふわっと柔らかいスカート部分が特にお気に入りだ。
丁寧に編み込まれた髪の毛には濃紫色の花と、淡いピンク色の花を飾り付けた。
うん、大丈夫。
鏡に向かってにっこりと微笑んだ。
泣きすぎて目がはれてたらどうしようって心配してたけど、大丈夫だったわね。
エイデンとの婚約解消はもちろん悲しかった。
だけど思いのほかあっさりと受け入れられたのも事実だ。
昨夜が病み上がりだったのも幸いだった。
一人泣いて夜を過ごすはずが、まだ体力が完全に回復してなかったようで、ベッドに入るやいなや眠ってしまったのだ。
「今年も今日で終わっちゃうのね。」
そう呟いた私にビビアンが、
「来年はどんな年になるんでしょうね?」
と言って笑った。
時間が来たので指定された部屋へと向かう。
「レイナ、今日も素敵だね。」
先に部屋へ来ていたレオナルドがそう声をかけてくる。
「そのドレスとてもよく似合ってるよ。」
「ありがとう。」
自信はあったが、褒められるとやはり嬉しいものだ。
「私も褒めてもらえるかしら?」
その声に振り向くと、真紅のタイトなドレスを身に纏ったジョアンナが、父であるジョージと共に部屋に入ってきたところだった。
腰に手をあて、レオナルドに向かってポーズをきめるジョアンナはとても綺麗だった。
ドレスにあしらわれたレースがとても繊細でスタイリッシュだ。
「大人の色気っていうんでしょうかね。とても素敵ですよ。」
レオナルドの言葉にジョアンナは満足そうに頷いた。
「でしょ? だけどお父様にはこの良さが分からないみたいなのよね。」
一足先に席に着きながらジョージは難しい顔をしている。
「別に悪いとは言っとらん。ただ、年を考えて少し落ちついた格好をしろと言ったんだ。」
ジョージの元に行き挨拶を交わす。
「あとはエイデンだけか。」
そう言ってジョージは皆に席に着くよう促した。
グラスにワインが注がれていく。
「こんな風に皆で過ごせるなんて何だか嬉しいわ。」
エイデンを待つことなく、グラスに口をつけてジョアンナが言った。
「久しぶりに連絡してきて、すぐノースローザンヌに行けって言われた時にはイラッとしたけどね。」
「あの時は助かりましたよ。」
レオナルドが私の方を向いた。
「おかげでレイナをよび戻すことができました。」
そう言われて慌てて頭をさげた。
「いいのよ。なんてったって、あの小憎たらしいエイデンが私に頼むって言ったんですから。それだけで満足だわ。」
ジョアンナがおかしそうに笑った。
「俺が何だって?」
エイデンとカイルが部屋に入ってくる。
「あなたが私に頭をさげた話をしてたのよ。」
ジョアンナの言葉を無視してエイデンは私の隣の席に腰掛けた。
「まぁいい。皆そろったことだし、始めようじゃないか。」
ジョージの合図で皆がグラスを傾けた。




