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私がフレイムジールへ帰ってから3日後、ジョアンナがビビアン、ミアを伴い城へと帰って来た。
「全く……大変だったわ。久しぶりに連絡してきたかと思ったら、すぐにノースローザンヌへ行けですものね。」
「すいません。あなたが適任だと思ったものですから。」
私の隣に座るレオナルドが頭を下げた。
「まぁ、それなりに楽しめたわ。アダムはなかなかいい男だったし。」
ジョアンナの言葉にビビアンとミアが苦笑いをする。
「まったく、お前は変わってないな。」
お茶をすすりながら、あきれたような口調でジョージが言った。
「もうお前もいい年だ。理想ばっかり追ってないで、手近な男を婿に迎えればいいだろう。」
私達は今、エイデンとレオナルドの祖父であるジョージの部屋でお茶をご馳走になっているのだ。
「ワシが生きているうちに、孫を抱かせてやろうと思わんのか?」
「孫ならすでにいるんだから、いいじゃない。」
ジョアンナは興味なさそうに答え、
「まぁ二人とも可愛げは全くないけれどね。」
と付け加えた。
「エイデンはともかくとして、私は可愛げがある方だと思いますけどね。」
レオナルドがジョアンナに言う。
「どうだか。」
ジョアンナはふんっと鼻で笑った。
「何考えてるのか分からないあんたより、分かりやすい分だけエイデンの方がまだましだわ。」
レオナルドは、ひどいなぁ……と言いながらおかしそうに笑っている。
エイデンは茶会なんかには参加しないと言ってカイルと執務室にこもりきりだ。
私は共にテーブルを囲むジョージとジョアンナ、レオナルドのやりとりを静かにお茶を飲みながら見守っていた。
「そう言えば……」
ジョアンナが私の方を向いた。
何を言われるのだろうと思わずドキっとしてしまう。
「エイデンとうまくいってるみたいね。お祝いのケーキの話、聞いたわよ。」
ニヤリと笑うジョアンナは、やはりエイデンとレオナルドの叔母だけあって目鼻立ちが整っていて美しい。
「あれは……」
まさかそんな話が出るとは思わず焦って否定する。
「あれは料理長達の誤解なんです。」
エイデンと二人で湖から帰り、皆が言っていたお祝いの意味を聞いて絶句した。
私とエイデンが二人仲良く朝を迎えたお祝いだというのだから冗談じゃない。
たしかに一緒に朝は迎えたから嘘ではないのだけれど、皆が思うような艶っぽい意味は全くない。
その誤解に耐えられないからエイデンは私を誘って湖まで遠出したのだと納得だ。
それに何のお祝いか聞いてもエイデンが言いにくそうだったのも腑に落ちる。
「いいじゃない。婚約してるんだし。」
ジョアンナは何をそんなに気にしているのかと不思議そうな顔をしている。
いやいやいや、だから誤解なんだってば。
焦る私を見ながらレオナルドが
「ごめんね。」
と笑った。
「てっきり二人で盛り上がったんだと思ってさ。」
だからってわざわざ皆に報告しなくてもいいのに。
おかげでこの説明を何度したことか。
あの日の出来事をジョアンナ達に言い訳のように説明していく。
「ぷっ。」
ジョアンナが堪えきれないといった様子で吹き出した。
「何なのそれ。」
呆れているのか、笑っているのか、はたまたその両方なのか……
ジョアンナは複雑な表情をしながら、
「同じベッドで寝てただけなんて、エイデンも意外にヘタレなのね。」
と言う。
ヘタレって……
エイデンがここにいたら大変なことになってたわね。
怒って言い返すエイデンと、それに応戦するジョアンナの姿が目に浮かぶようだ。
「全くお前は……」
ジョージがふぅっため息をついた。
そして話題を変えるように、
「それでしばらくはこちらでのんびりできるのか?」
とジョアンナに尋ねた。
「うーん。そうね……特に何も考えてなかったわ。せっかくだからあなた達の結婚式までいようかしら……」
ジョアンナはそう言って、ん? という顔をした。
「ところであなた達の結婚式っていつなの?」
そう聞かれて困ってしまう。
「……いつなんでしょうね?」
それは私だって知りたいわ。
「何? もしかしてまだ決まってないの?」
ジョアンナがびっくりしたような声を出した。
「お父様……私に婿とれっていうより、エイデンにさっさと結婚しろって言った方がいいんじゃないの?」
そう言うジョアンナに父であるジョージはあっけらかんと答えた。
「エイデンもレイナもまだ若い。お前とは違うんだ。」
「失礼ね。私だってまだまだ若いわよ。」
ジョアンナも負けてはいない。
「お前みたいな扱いにくい姫を受け入れられる男はなかなかおらん。だからワシがまだ元気なうちに婿を探しておけ。」
それにしてもジョアンナ様は一体いくつなんだろう? エイデンのお父様の妹って言ってたけど……
見た目はゴージャスで口調からも若さは全く感じないけれど、そのシミ一つない顔と、黒々とした長い髪の毛は若々しく感じる。
やっぱり年齢不詳だわ……
ジョアンナとジョージのやりとりはまだまだ終わりそうにない。
また賑やかになったわね。
キツイ口調とは裏腹に、明るい表情の二人を見ながらふっと笑いがこぼれた。
☆ ☆ ☆
「はくしゅん。」
盛大なくしゃみに、カイルが心配そうな顔をする。
「寒いようでしたら、何か羽織るものでもお持ちしますか?」
そう尋ねるカイルに、大丈夫だと返事をした。
「誰かが俺の悪口でも言ってるんだろ。」
どうせ叔母のジョアンナがいつものごとく騒がしくしているのだろう。
カイルが軽く笑いながら、
「温かいお茶をご用意します。」
と言って部屋を出て行った。
全く……
はぁっと大きなため息が漏れる。祖父であるジョージの部屋に集まっているのは、レイナとジョアンナとレオナルドだ。
何ごともなく茶会が終わるとは到底思えない。
レイナに余計な事を吹き込んでなければいいが。
戻って来たカイルが手早くお茶の用意をしている。
その慣れた手つきを眺めながら
「なぁ、完璧なプロポーズってどうすればいいんだ?」
と尋ねた。
驚いたのか、がちゃっと大きな音を立ててカイルがこちらを向いた。
「完璧なプロポーズですか?」
カイルが怪訝な顔をする。
「あれだろ? 女ってのはそういうのに拘るもんなんだろ?」
「まぁ、そういう方もいらっしゃるのは確かですが……」
カイルが注いだ紅茶から、湯気が立ち上る。
「まだその段階なんですか?」
呆れたと言わんばかりの顔をしてカイルが首を振った。
「このままでは結婚式の日にちがいつまでたっても決まりませんよ。」
「それは分かってるんだが……」
「本当に分かってますか? だいたい二人きりで遠出までして、一体何されてたんです?」
何してたのかと言われても……
一応それなりに頑張って、レイナとの距離は縮まったはずだ。湖も花畑もレイナは喜んでいた。
「まぁ、お帰りになった時のお二人の様子からして、またケンカでもなさったのかと思ってはいたんですが……」
「ケンカはしてないぞ。」
カイルの言葉をすぐさま否定する。
ケンカはしていない。
ただ……
「レイナがアダムの話ばかりするからムカついただけだ。」
「それは……」
カイルの言葉が、ドンドンという扉を叩く音にかき消される。
「もう少し優しく叩けないのか。」
この叔母は、ドアをノックする音すら賑やかだ。
ジョアンナは気にすることもなく、窓際のソファーにどさりと体を沈めた。
「なぁに。一人でお茶飲んでるなら、あなたも茶会に参加すればよかったのに。」
楽しかったわよと明るい表情でジョアンナが言った。
「それで? 何しに来たんだ?」
「相変わらず愛想のない子ね。」
つまらないわと言いながらジョアンナが髪をかきあげる。
つまらなくて結構。
だからなんだと言うのだ。
俺の不愉快な様子も気にせず、ジョアンナは一人で話続ける。
「私、しばらくこっちにいることにしたから。よろしくね。」
「しばらくとはどのくらいでしょうか?」
カイルが口をはさんだ。
「せっかくだから、エイデン達の結婚式までって思ったんだけど、結婚式の日にちは決まってないんだって?」
なんで? とジョアンナが聞いてくるのが、正直うっとうしい。
「それは陛下がレイナ様にきちんとプロポーズしてから日にちを決めたいとおっしゃられてるからです。」
「おい、カイル。」
いらない事を言うなと言っても、もう遅い。
「ぷっ。」
ジョアンナが吹き出した。
「あんた、プロポーズすらできないの?」
ホントにヘタレね……
そう言いながら声をあげておかしそうに笑うジョアンナに軽く殺意がわいてくる。
「うるせぇな。」
こっちにだって色々あるんだ。
「あー、おかしい。」
まだ笑いながら、ジョアンナは目頭をおさえる。
「あんたがそんな調子じゃ、結婚式はまだまだ先かしらね。」
腹たちまぎれに、バンっと机をたたいた。
「用がないんなら、さっさと出て行けよ。」
「あら、本当のことなのに何怒ってるのよ。悔しかったらプロポーズくらいしてみせなさいよ。」
ジョアンナが立ち上がりドアに手をかける。
「まぁ、ヘタレには無理かしらね。」
そう言い残し、部屋から出て行ったジョアンナの笑い声が廊下から響いてくる。
「くそっ。」
拳で机をたたいた拍子に、カップがガチャガチャと音をたてた。
「カイル、俺はやるぞ。」
カップからこぼれた紅茶を拭きながらカイルがこちらを向く。
「何をですか?」
「決まってるだろ。プロポーズだよ、プロポーズ。」
もう二度とジョアンナにヘタレなんて言わせてたまるもんか。
「今年中に完璧なプロポーズをしてやろうじゃないか。」
「今年中ですか……」
カレンダーを見ながらつぶやいたカイルの声は俺の耳には届かなかった。
「みてろよ。」
俺が本気になってできないことなどあるはずがない。
「どうなることやら……」
意気揚々と完璧なプロポーズを目論む俺の後ろで、カイルは小さくため息をついた。




