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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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6

「わ〜、可愛い動物達。」

 工房の棚に並べられたガラスの動物をビビアンと二人で眺める。

「本当に可愛いですね。」


 私が工房に来るのをよく思ってなかったビビアンも、可愛いらしいガラス細工を前にして顔が緩んでいる。


「ウィリアム様が作ったんですか?」

 工房を案内してくれるウィリアムに尋ねた。

「いや、残念ながら……まだそんなに細かいのは作れないんだ。」

 ウィリアムは少し悔しそうだ。


「そう簡単に作られたら困ってしまうよ。」

 ウィリアムの師匠だという初老の男性が笑いながら言った。

「お嬢さんも、やってみるかい?」

 師匠から吹き竿を受け取る。


「暑い……」

 溶解炉の前に立ち、緊張で体が硬くなる。

 ふっと笑いながらウィリアムが側へ来る。

「大丈夫だよ。」


 溶けたガラスに息を吹き込み形を整えていく。

「できた。」

 だいぶ歪んでしまったが、グラスができあがる。


「はじめてにしては上出来だよ。」

 師匠が目を細めて褒めてくれる。緊張で肩が凝ってしまったが、妙な満足感があった。


「ウィリアム様が夢中になるのが分かった気がします。」

「それは良かった。やりたくなったら、いつでもおいで。」

 師匠が優しく言ってくれる。


 そうだ。せっかくだから、エイデンのプレゼントを作らせてもらえないだろうか。

 厚かましいとは思ったが、せっかくのチャンスなのでお願いしてみる。


「それはいい。是非作ってあげたらいい。」

 師匠は快く受け入れてくれ、後日改めて作りに来ることになった。


 城に帰るとすぐにビビアンがカイルへ説明をしてくれた。いつの間にかビビアンもガラス細工のファンになったようで、もう煩くは言わなかった。

「仕方ありませんね……」


 カイルは私が工房へ行くことに対してはあまりいい反応ではないが、エイデンのプレゼントのためだという理由で渋々納得したようだ。


「できればエイデンには内緒にしたいんだけど……」

「分かってますよ。そのかわり……」

 カイルの口調は厳しい。


「工房へ行く時間をあけるため、お妃修行をスピードアップしてやりますよ。」

「分かりました。頑張ります。」




  ☆ ☆ ☆




「今日はエリザベスとお茶会だったらしいな。」

 その夜はエイデンと一緒に夕食をとった。

 生誕祭の準備で忙しいらしく、エイデンの顔を見たのは久しぶりだ。


「エリザベスは大臣の娘でまぁ色々あるが……作法などはレイナの参考になっただろう。」

 そう言えばお茶会のマナーを実践するつもりで出かけて行ったのだったと思い出す。

 予想外の事ばかりですっかり忘れていたわ。


「残念ながら、エリザベス様は体調が悪くって……代わりにウィルが相手をしてくれたの。」

 何気なく言った私の言葉で、その場の雰囲気が一変した。


「ウィル?」

「えぇ、エリザベス様の兄の……」

 ガラス細工の際、ウィリアム様ではなくウィルと呼ぶように言われたのだ。皆そう呼んでいるからと。


 エイデンとは小さい頃からの知り合いだと言っていたはずだが……

「エリザベスがいなくて、代わりにウィリアムと二人きりだったということか?」

「……ビビアンは横にいたわ。」


 エイデンが不機嫌な様子でビビアンを見る。

「エイデン、何か怒ってる?」

「別に……」

 エイデンは明らかにイライラしている。


「もしかして、ウィルと仲悪かったの?」

「いや……」

 エイデンは不機嫌な顔のまま黙って食事を続ける。

 何だかよく分からないが、かけるべき言葉が分からないので私も黙って食事をした。


 無言のまま食事を終えたエイデンに、ビビアンがお茶を注ぎながら声をかける。

「レイナ様はダンスがだいぶお上手になられましたよ。ご覧になられませんか?」


 えっ?

 こんな重苦しい雰囲気の中でダンスって……


「そうだな……」

 エイデンは立ち上がって、私の横に立った。

「踊るか……」

 そう言って差し出された手に戸惑ってしまう。


「……エイデンが相手をしてくれるの?」

 いつものようにビビアンと踊って出来栄えを見せるだけかと思っていた。


「せっかくだから、練習の成果をしっかり見てやる。」

 そう言ってニヤリと笑ったエイデンに何だかほっとする。

 よかった。機嫌なおったみたいね。


「さっきはすまなかった。」

 踊りながらエイデンは私の耳元でそう呟いた。

「えっ?」

 視線をあげエイデンの顔を見つめる。


 エイデンは少し困ったような表情で私を見つめている。その顔が、まるで叱られた子供のようで思わず笑ってしまった。


 せっかくなのでもっと困らせてやろうと、少し意地悪を言ってみる。

「一緒に夕食なんて久しぶりだったのに、雰囲気ぶち壊しだったわ。」


「悪かった……」

 エイデンは私を支える手に力を入れ、体をぐいっと引き寄せた。


 息がかかってしまいそうな程近くにエイデンの顔があり、思わず息がとまってしまう。鼓動が早くなる。


 優しい眼差しで見つめられて体が燃えるように熱い。顔が火照っているのを悟られたくなくて、慌ててうつむいた。


「ウィリアムと二人だったって聞いて……むかついた。」

 エイデンがぼそっと言う。


 ん? それってもしかして?

 ヤキモチってやつかしら?


 エイデンを見ると、ふいっと不機嫌そうに横を向いている。その頬がなんとなく赤く染まっているように見えた。


「ふふっ。」

 仕方ないなぁ……

 心の中に、何か温かいものが流れこんでくる。


 その温かいものが何なのか……

 それはとても落ちつかないのに、幸せでたまらない。今までに感じたことのない不思議な感情に身をまかせる。


「エイデン……もう少しだけ、このまま踊ってくれる?」

「ああ……」

 エイデンが優しく頷いた。




  ☆ ☆ ☆




「よく頑張りましたね。」

 珍しくカイルが褒めてくれる。

「自分でもそう思うわ。」


 目的があると人間は頑張れるものなのだ。そう実感できるような数日だった。

 エイデンへのプレゼントを手作りする時間を作るために、マナーやダンスのレッスンに精を出した。


「だいぶ令嬢っぽくなってきたと思いますよ。」

 生誕祭まであと一月をきっている。修行もなんとか間に合いそうだということで、カイルから工房へ行く許可が出た。


「本当に来たんだな。」

 久しぶりに会うウィリアムは驚いた顔をした。

「エイデンの誕生日まであと少ししかないの。だから、よろしくお願いします。」

 ウィリアムと師匠に頭を下げる。


「時間ないんだろ。さっさと始めるぞ。」

 想像以上に難しい作業の連続と、暑さにくじけそうになりながら、何度も失敗を繰り返していく。


「思い通りの形にするのがこんなにも難しいって知らなかったわ。」

 額の汗を拭う。


「ほらっ、飲めよ。」

 ウィリアムが冷たい飲み水を差し入れてくれる。

「ありがとう。」


「正直ここまで頑張るとは思わなかったな。」

 ウィリアムも水を飲みながら笑った。

「諦めると思ってた?」


「地味にキツイだろ。グラスなんて買えばいいわけだし、すぐ帰ると思ってたよ。」

 確かにウィリアムの言う通りだ。

 作業は熱くてキツイし、グラスは買えばいい。

 でも……


「もう少し頑張りたいわ。」

 少し凝ってきた肩を伸ばしながら言うと、

「じゃ、もう一度最初からやるぞ。」

 ウィリアムは気合を入れるように、私の肩をポンと叩いた。


「できたぁ。」

 数時間かけて作業した結果、何とか満足いくグラスが出来上がった。

 白と青のマーブル模様と、白と赤のマーブル模様のペアグラスだ。


「少しいびつだけど、まぁ、これも味だよな。」

 ウィリアムがよく頑張ったと私の頭をぽんぽんと叩く。

「ありがとう。」

 長時間付き合ってくれたことが本当に嬉しかった。


「プレゼントにするんだろ。ぴったりの箱用意して誕生日までに持って行ってやるよ。」

 ウィリアムの申し出を素直に受け、グラスも預けて帰ることにした。


 思った以上に時間がかかり、城に着いた時には夕暮れになっていた。

 エイデンに出かけていたのがバレると困るので、人の出入りがあまりない裏門からこっそりと入る。

 工房に付き添ってくれていたビビアンはすでに城内に戻っている。


「嘘……」

 裏門から城へと続く庭でエイデンの姿を見つける。

 こんな所で見つかったら、プレゼントの話をしなくてはいけなくなる。


 それは嫌だと、慌てて隠れた。

 エイデンは見知らぬ老人と散歩をしているようだった。


 二人が近づいてくる気配を感じて息を潜める。

「本当にあの娘と結婚するつもりなのか?」

 老人がエイデンに尋ねた。


「もちろん。」

 エイデンは迷いのない口調で答える。

「しかし、あの娘は記憶をなくしているんじゃろう……竜の力が使えないようなもんを側において何の得がある?」


 竜の力?

 どうやら私の話をしているようだが、私には意味が分からない。


「おとなしく、エリザベスと結婚しろ。お前は大臣の後ろ盾なくしてはやっていけん。貴族の中には、いまだにレオナルドを王にしたいと思っている連中も多いじゃないか。」


「大丈夫ですよ。」

 そう言ったエイデンの声はとても冷たい。

「レイナの記憶はそのうち取り戻します。」


 記憶……

 私の記憶って一体何のこと?

 自分が隠れているのだということを忘れて、二人の会話に耳を傾ける。


「お前さんが、彼女に夢中だという噂も耳に入ってるがの。」

「まさか。」

 エイデンの冷たく乾いた笑い声が響く。


「竜の力を手に入れるためですよ。妻にして側においた方が記憶が戻ったかどうか確認するのに便利なんで。」

 綺麗な夕焼けの空の下、聞いたことのない程冷たいエイデンの声が響いた。


「大丈夫。いにしえの竜の力、必ず俺のものにしてみせますよ。」

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