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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 あぁ……なんてこと……


 早脚の馬車の激しい揺れに耐えながら、祈るような思いでフレイムジールへ向かう。


 エイデン、お願い無事でいて。

 こんなことになるなら、エイデンの側を離れるべきじゃなかった。

 後悔の念に駆られながら、窓の外を眺める。

 勢いよく流れていく景色は、フレイムジールへ近づいていくことを示していた。


 それは突然のことだった。

 廊下が騒がしく、何かあったのだろうかと思っていると、部屋のドアが開いた。


「あなたがレイナ?」

 ノックもなく部屋に入ってきたその女性は遠慮することなく私をジロジロ観察する。

「へー、本当に銀色の髪してるのね。」

 その失礼な態度は見た目のゴージャスさとなぜかマッチしていて、怒ることもできず狼狽えてしまう。


「ジョアンナ様?」

 誰だろうかと尋ねる前にビビアンが声をあげた。

「あーら、ビビアン。久しぶりね。」

「一体どうされたんですか?」

 余程驚いているのか、いつもよりビビアンの声は大きい。


 騒ぎを聞きつけてアダムも部屋へやって来た。

「これは一体なんの騒ぎです?」

 ジョアンナと呼ばれた女性はアダムの前に立った。

「あなたがアダムかしら?」


 気を悪くする風もなく、アダムが頷いた。

 その顔はどちらかというと、この状況を楽しんでいるようにも見える。


「噂通りいい男ね。」

 ジョアンナの言葉に、アダムが微笑む。

「あなたの様なステキなレディに褒められて光栄ですよ。」


 二人のやりとりをポカンと見つめる。

 えっと……いまいちついていけないんだけど……

 そもそもこの女性は誰なんだろう?


「それで……あなたはどなたなんですか?」

 アダムの問いかけに、

「私はジョアンナ。ジョアンナ フレイムジールよ。」


「フレイムジール?」

 アダムの眉がピクリと動いた。

 フレイムジールって……

 答えを求めるようにビビアンに視線を向けた。


「ジョアンナ様はエイデン様の叔母様でいらっしゃいます。」

 エイデンの父親の妹なのだとビビアンは言った。


「叔母様とは存じ上げなくて申し訳ありません。」

 頭を下げる私に、そんなことはどうでもいいとジョアンナは言った。


「ただ、次におばさんなんて言ったら燃やすからね。」

 冗談っぽい口調だが、その目は笑っていない。

 おばさんなんて言ったつもりはないんだけど……


 とても華やかな容姿でその年齢は判断がつかない。

 30歳くらいに見えるけれど、おばさんって言葉にこれだけ反応するってことはもっと上なのかしら?


「レオにこんな綺麗な身内がいるなんて知らなかったな。」

 アダムはそう言ってジョアンナに座るよう促した。


 アダムのひいた椅子に腰掛けながら、ジョアンナが言う。

「王宮を出てのんびり暮らしてるからね。」


「それがどうしてノースローザンヌに?」

 アダムは私にも座るよう促し、自らもジョアンナの前の椅子に腰掛けた。


「レオナルドとエイデンに頼まれたから仕方なくね。」

 ジョアンナが私の方を向いた。


「父からしばらくあなたを預かって欲しいと言われてたから待ってたのに……攫われてノースローザンヌに連れて行かれたと聞いてびっくりしたわ。」


 エイデンの祖父が用意してくれていた私の滞在場所は、このジョアンナの所だったのか。


「攫ったわけではありませんよ。こっそり行き先を変更してもらっただけです。」

 悪びれもせずアダムが言った。


「まぁその件はどうでもいいのよ。」

 興味なさそうにジョアンナは言う。

「私が来たのは、これをあなた達に渡してほしいと頼まれたからで……」


 そう言って二通の封筒を取り出し、一通を私に、もう一通をアダムへと手渡した。

 アダムが手紙を読み始めたのを見て私も封を開ける。


「えっ!」

 思わず声を出した私に視線が集まる。

「どうかしたのかい?」

「いいえ……」

 そう答えた私の様子をアダムは観察している。


「エイデンの具合が悪いからすぐ国に帰れとでも書いてあったかい?」

 どきっとする気持ちを何とか落ちつかせる。


「どうして……?」

「これにそう書いてあるからね。」

 にっこりと笑い、アダムは読み終えた手紙を閉じた。


 アダムの方にも書いてあったんだ……

 ジョアンナから受け取った手紙はカイルからだった。


 エリザベスに刺された傷が感染症を起こしてしまった。エイデンの熱がさがらないから、すぐに帰って来てほしい。


 手紙にはそう書いてあったのだ。

 エイデンがエリザベスに刺されたことをアダムには知らせてはいない。

 だから手紙の内容は隠すべきなのかと思ったが、アダムへの手紙にもエイデンの状態が書いてあるのならば、私が口を閉じる必要はない。


「あの、アダム様……」

「何だい?」

「申し訳ありません。すぐフレイムジールに帰らせてください。」

 立ち上がって頭をさげる。


 アダム様の話を聞いて、デイビッド様とアンジェリーナ様の結婚式ではアダム様が少しでも気分が明るくいられるようがんばろうと思っていた。

 でも……エイデンが病気なんて……

 今すぐにでも飛んで帰りたい。


「いいよ。」

 想像に反してアダムがあっさりと答えた。

「いいんですか?」

 ダメとは言わないまでも、何かしら言われる覚悟をしていたので、拍子抜けしてしまう。


「いいよ。結婚式はジョアンナ様にパートナーになってもらうから。」

 えっ?

 思ってもみなかった言葉に慌ててジョアンナを見る。


 ジョアンナは特に気にする様子もなく、のんびりとお茶を楽しんでいる。

「えっと……よろしいんですか?」

 おそるおそる尋ねる私に、

「大丈夫よ。そのつもりだから。」

 ジョアンナはこともなげにそう答えた。


「あなたはすぐに帰りなさい。あなたの侍女は置いていってね。私の手伝いをしてもらわないといけないから。」


 ビビアンとミアが、

「すぐに帰りの用意をいたしますね。」

 そう言って慌ただしく動きはじめた。


「女好きで有名な、ノースローザンヌのアダム王子のエスコートがどれだけのものか試せるなんて、結婚式が楽しみだわ。」

 ふふっと笑いながらジョアンナがアダムを見た。

「満足させてもらえるといいんだけど……」


「今までで一番良かったと言わせてみせますよ。」

 アダムが髪の毛をさらっとかきあげながら答えた。


 何この会話……

 二人は大丈夫かと何だか心配な気もするが、とにかく急いでフレイムジールに帰る準備をしなくては。

 二人に軽く挨拶をし、準備をしているビビアンとミアに加わった。


 その背中をアダムが優しい眼差しで見つめていた。

「あなたのそんな顔を見たら、エイデンが怒るでしょうね。」

 ジョアンナの言葉にアダムは笑った。

「いったいどんな顔してましたか?」


「本当にあの子を帰してもいいのね?」

「もちろんですよ。」

 にっこりと笑うアダムにジョアンナが顔をしかめる。


「その作り笑いは不愉快だからやめてくれる?」

「なかなか手厳しいですね。」

 アダムが微かに笑った。

「表面だけ取り繕ったようなやりとりなんて面倒で大嫌い。」

 眉間に皺をよせるジョアンナに、

「できるだけ不愉快にさせないよう努力しますよ。」

 アダムはいつもの作り笑いで答えた。


「ジョアンナ様こそ本当に私のパートナーになってくださるんですか?」

「ええ……手紙に書いてあったでしょ?」


 アダムは頷いた。

「確かにレイナの代わりにジョアンナ様を送ると書いてありましたが……あなたがこの話に納得しているなんて正直驚きです。」


「仕方ないじゃない……」

 ジョアンナが呟いてレイナに目を向けた。

「本当は面倒だけど、可愛い甥っ子のためだもの。」

 そう言ったあとで、本人には口が裂けても言わないけどね、そう付け加えたのを聞いて、アダムは声を出して笑った。




  ☆ ☆ ☆




 帰ると決まって一時間もしないうちに、私は馬車に乗り込んでいた。


 城門に用意された馬車で待つ人物を見て驚いた。

「ウィル?」

 エリザベスの件で謹慎になっていたウィリアムが、私の護衛のためにやって来ていたのだ。


「申し訳ありませんでした。」

 ウィリアムが苦しそうに深々と頭を下げる。

 エリザベスのことでかなり苦しんだのだろう。

 ウィル、随分痩せたわね……


 初めて会った時の輝きなど、全く感じられないほどにくたびれてしまったウィリアムを悲しい気持ちで見つめた。


「戻ってくれて嬉しいわ。」

 そう笑った私に、

「エイデン様より直々にレイナ様を守るよう命じられました。命にかえてもお守りいたします。」

 ウィリアムが言った。


 エイデンすぐ帰るから待っててね。

 いざフレイムジールへ。

 私達はノースローザンヌを後にした。

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