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「レイナ、お誕生日おめでとう。」
「おめでとうございます、レイナ様。」
朝ベッドから出ると、ミアとビビアンが笑顔で迎えてくれる。
誕生日というのは、いくつになってもやっぱり特別で嬉しいものだ。
去年はエイデンと街でデートして、夜は皆がパーティーを開いてくれたことを思い出す。
「あれからもう一年かぁ……早いわね。」
月日のたつのは本当に早い。
しみじみとそう感じながら呟いた私にミアが言う。
「本当にね。こんな調子で気づいたらおばあちゃんになってるんだろうね。」
「まぁ、ミアったら。」
ふぅっとため息をつくミアを見て、ビビアンと二人でクスクスと笑った。
「この一年、色々ありましたね。」
ビビアンの言葉に、本当にその通りだと頷いた。
本当に嬉しことも悲しいこともたくさんあったわ。
「20歳の誕生日を、ノースローザンヌで過ごすことになるなんて思ってもみなかったわ。」
本当に人生は何が起こるか分からない。
トントンとドアがノックされ、城のメイドが顔をのぞかせた。
「レイナ様……お手紙みたいですよ。」
対応したビビアンから一通の封筒を受け取る。
バースデイカードかしら?
差出人の名前はないけれど、今日届いたということはエイデンが送ってくれたお祝いのメッセージではないかと少しだけ期待しながらカードを開く。
「レイナ? 誰からだったの?」
カードを手にしたまま無言の私に、ミアが心配そうな声を出す。
「エイデンからだったわ。」
そう言ってカードを手渡した。
「まぁ。」
エイデンからと聞いて、嬉しそうにカードをのぞきこんだミアとビビアンの顔が一瞬で曇ってしまう。
綺麗な花柄のカードにはたった一言
「さっさと帰って来い。」
エイデンの字でそう書いてあった。
「誕生日だし、お祝いの言葉があるんじゃないかとつい期待しちゃったわ。」
ふふっと力なく笑う私に、
「言葉はぶっきらぼうですが、エイデン様はレイナ様に早く帰って欲しいとおっしゃってるわけですから……」
焦ったようにフォローをいれるビビアン達に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
二人にまた気を遣わせてしまったわ。
いつも私に優しくしてくれるから、つい甘えてばかりになってしまう。
「時間もあることだし、返事でも書こうかしら。カイルにも今の状況を説明したいし、お祖父様も心配してたらいけないし。」
お祖父様所縁の城に来るはずが、ノースローザンヌに来ちゃって、お祖父様はきっと心配してるわよね。
アダムは連絡をしてくれたと言っていたが、色々と手筈を整えてくれたエイデンの祖父に、私は無事だと自分で書いて知らせたいと思っていた。
それに……
カイルは怒ってるでしょうね。
帰ってからのお説教が少しでも減らせるように、謝罪と現状説明の手紙を書かなくてわ。
すぐさま用意された便箋の前に座る。
デイビッド様とアンジェリーナ様の結婚式が終わったらすぐに帰ります。
そこまで書いて、手がとまる。
くしゃっ。
書いた紙を握りつぶした。
新しい紙にカイルへ向けての手紙を書いていく。
「よし、できた。ちょっと見てもらってもいいかしら?」
書き上げた手紙を、ミアとビビアンの二人に手渡した。
「レイナ様、これは……」
「レイナ、本気で帰らないつもり?」
手紙を読み終えた二人がほとんど同時に声を上げた。
そんな二人に向かって、微笑んで頷いた。
「もちろんフレイムジールには帰りたいわ。でも……エイデンが私との婚約を白紙に戻すのなら、このままお別れするのもありかなって思って。」
ここに来るまでそんなこと思いもしなかったことだけれど、エイデンと別々に生きていく選択もあるのではないかと思うようになっていた。
「もちろん今でもエイデンのことは大好きよ。できるならこれからも一緒にいたいわ。」
「それなら……」
ミアの言葉を遮るように言葉を続けた。
「でもそれが本当にエイデンの為になるのかなって……エイデンが私との結婚をやめて、幸せになれるのなら、私は……」
たとえ別れることになってしまっても、エイデンの幸せを守りたい。
今ではそう素直に思えた。もちろん悲しいけれど。
「……アダム王子の影響ですね。」
はぁっと大きく息をつきながらミアが言った。
「たしかにアダム王子の場合は身を引くことでアンジェリーナ様は幸せになれるでしょうが、エイデン様にはレイナ様以外にはいらっしゃらないのですから。」
とビビアンも言う。
「でも……私の記憶がないエイデンに、無理やり私と結婚しろっていうのは、やっぱりよくないって思うのよ。」
「それは……」
ミアの声はドアをノックする音によってかき消された。
「おはよう、レイナ。」
そう言って部屋に入ってきたのはアダムだった。
「今日誕生日なんだって? はいこれ、誕生日プレゼント。」
そう言って、大きな薔薇の花束を私にくれた。
「綺麗。」
白にピンクの混じった大きな花は、ゴージャスでもあり、可愛らしくもあった。
「ありがとうございます。とっても嬉しいです。」
アダムは満足そうな顔をすると、
「後で一緒にケーキを食べよう。」
そう言って部屋を後にした。
☆ ☆ ☆
「どういうことだ?」
静かな部屋に声が響き渡る。
「ですから、ざっくり言うと……陛下がレイナ様との婚約を解消されたいのならば、レイナ様はこのままフレイムジールには戻らないので、今後どうするつもりか教えて欲しい……そういう内容のことが手紙には書いてあります。」
カイルがレイナから来たという手紙について話す。
「なんでそんなことになってるんだ?」
だいたいカイルには長々とした手紙を出すのに、どうして俺にはこんな手紙しか寄越さないんだ。
レイナから届いた一枚の便箋には、
「フレイムジールの不利益になるようなことはしませんので、ご安心を。」
とだけ書かれていた。
確かにレイナがノースローザンヌで問題を起こせば、国同士の問題になる可能性もある。しかしそんなことは心配していない。
そもそも俺の国は、レイナ一人の言動でどうこうなってしまうような弱小国家ではないのだ。
「ふーん。」
レイナからカイルへと送られてきた手紙を読み終えたレオナルドが、
「レイナらしいね。」
と言う。
「いい機会じゃないか。」
カイルにお茶を頼みながらレオナルドが言った。
「レイナと結婚するかどうかゆっくり考えてみてもいいと思うよ。」
「ゆっくり考えて何か変わるのか?」
「どうだろうね? とにかくレイナはエイデンに幸せになってほしいみたいだよ。」
そう言って差し出された手紙を読んでみる。
「……馬鹿じゃないのか?」
手紙には、どうするのが俺にとって一番いいのか、俺が幸せになるためには……などレイナの考えが書かれていた。
レイナらしい……レオナルドはそう言ったか。
「人の幸せについてこんなに悩んで、何の得になるんだ?」
「レイナは損得なんて考えてないんだと思うよ。ただエイデンのことが好きなだけだよ。」
レオナルドが優しく笑った。
「……婚約解消するつもりはない。」
なんと言えばいいのか分からず、ただそれだけ呟いた。
「そっか。」
レオナルドの嬉しそうな顔を見て、なんだか気恥ずかしくなりそっぽを向いた。
「エイデン、レイナが帰って来る魔法の言葉を教えてあげるよ。」
レオナルドがさらさらっと何やら書き記した。
「これを手紙に書けば、きっとレイナはすぐ帰って来るはずさ。」
そんな魔法があるのか?
訝しみながらも、少しだけ期待してメモを読んだ。
「えーっと……あいし……書けるかこんなこと。」
メモには
あいしています。
早く会いたい。
そう書かれていた。
「素直な気持ちを伝えないから、レイナは脱走したんじゃないか。」
「素直な気持ちって、俺は別にあいつの事をあ、ああ、愛してなんか……」
愛なんて口に出すだけで恥ずかしくなり、思わずどもってしまう。
そうさ俺は別にレイナを愛しているわけじゃない。
そりゃ少しくらいの愛情はあるけれど、愛してなどいない。
ただ他の男に渡したくないだけだ。
そして抱きしめて離したくないだけ……
ふふふっとレオナルドが笑った。
「その気持ちがレイナに伝わるといいね。」
何の気持ちだよと反論しようと思ったが、きっと俺の考えていることはレオナルドにはどうやっても分かってしまうだろう。
「双子って厄介だな。」
はぁっとため息をつく俺にレオナルドが言う。
「手のかかる弟がいて、私は幸せだよ。」
「たかが10分早く産まれただけだろ。たいして変わらないんだから、弟扱いするな。」
「それでもエイデンは、私の可愛い弟だよ。」
嫌がる俺の顔を見て、レオナルドはおかしそうに笑った。




