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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 北風がカタカタと窓を鳴らす。

 窓の外はどんよりとした冬の空が広がっている。


 自分のせいだと告げたまま黙ってしまったアダムの表情は暗い。

「何があったのですか?」


 もしかしたらアダムにとっては話しにくいことなのかもしれない。けれどアダムは誰かに聞いてほしいのではないかとも思った。

 ただなんとなくだけれど……


 ふぅっと小さなため息をついてアダムが口を開いた。

「花をね、見せてあげたいと思ったんだ。」

「お花ですか?」


 アダムが頷きながら、

「そう。アンジェリーナは花が咲いているのを見たことがなかったんだ」

 と言った。


「アイスノワブルには氷の花や、雪の花などはあるけれど、綺麗な色のついた普通の花は咲かないんだ。なんせ氷の世界だからね。」

 小さく頷きながらアダムの話を静かに聞く。


「アイスノワブルの南の国境から見える草原には少しだけど花が咲いてるって話を聞いたんだ。それで……」

 ある時アンジェリーナを連れてその国境まで行ったのだとアダムは言った。


「遠くからだけど、実際に咲いている花を見てアンジェリーナは興奮してたよ。二人して浮かれてたんだろうな、自分達が国境を越えたことに全く気づかなかったんだから。」


「国境を……」

 越えた?

 それって……


「完全に油断してたんだ……国境って言ったって小さな国だ。ノースローザンヌみたいに塀で囲まれてるわけでもない。雪がある場所まではアイスノワブルの領地だと勝手に思いこんでしまっていたよ。」


「アンジェリーナ様は氷の女王で、国から出られなかったんですよね?」

 ああ……アダムは小さく答えた。


「異変はすぐに起きたよ。」

 国境内の雪が急に溶け始めたのだとアダムが言った。

「二人で急いで王宮に戻った時には、かなりの雪と氷が解けてしまった後だった。」

 アダムは淡々と言葉を続ける。


「急激に解け始めた雪は大規模な雪崩を引き起こした。アンジェリーナはその雪崩から国を守るために……力を使ったんだ。」

 少しだけ苦しそうな表情を浮かべたものの、それでもアダムの口調は変わらなかった。


「アンジェリーナの力はすごかったよ。城と街を全てドーム型のバリアで覆ったんだ。雪崩はそのバリアに覆いかぶさるようにしておさまった。全てが片付いた時にはアンジェリーナの魔力は消えてなくなっていたよ。」

 アダムの瞳に悲しみの色が広がっていく。


「その時に……記憶もなくなったんですね?」

 アダムは無言のまま頷いた。


「記憶って言っても、忘れてしまったのは私のことだけだったんだけどね。」

 悲しげな瞳のまま、アダムは少しだけ微笑んだ。

 その笑顔が切なくて胸が痛む。


「魔力がなくなってしまったアンジェリーナには氷の女王は務まらない。今は彼女の妹が氷の女王になってるよ。」

「それでアンジェリーナ様はノースローザンヌにいらっしゃるんですね。」


「氷の女王でなくなったアンジェリーナの喪失感は大きくてね……少しでも元気づけたいと思って連れて来たんだ。」

 アダムがカップを持ち、紅茶を一口飲んだ。

 私も同様にカップに口をつけた。

 話に夢中になるうちに、紅茶はすでに冷め切ってしまっていた。


「レイナの記憶が戻ったという噂を聞いた時は本当に驚いたよ。それで本当かどうか、どうしても確認したくなってね。」

 アダムが目を細めて私を見た。

「無理矢理連れて来てしまったんだ。」

 すまなかったね……

 アダムが頭を下げるのを複雑な思いで見つめる。


 確かにここに連れてこられたのは不本意だけれど、アダム様の気持ちも分からなくもない。


「アンジェリーナ様の記憶が戻ってほしいですか?」

 私の問いかけにアダムは優しくて切ない笑みを見せた。


「いいや……って言ったら嘘になってしまうかな。でも今アンジェリーナの記憶が戻ったら、彼女は苦しむと思うんだ。だから……」


 それなら自分を忘れて幸せになってくれればいい。

 はっきりと口にはしなかったが、その思いが伝わってきた。


 私は……?

 エイデンがこのまま私を思い出すことなく、他の誰かと結婚するのを笑ってお祝いできるだろうか?


 それがエイデンのためだとしたら、潔く身をひいてみせる……なんてこと、できそうな気が全くしない。


 そもそもエイデンに婚約指輪を返却させられたことが原因で、城を離れたのだ。もし婚約解消を告げられたらなんて、怖くて考えたくもない。


「アダム様はすごいですね。」

 思わずポツリと出た言葉にアダムが笑った。

「やっぱりまだ辛い部分はあるよ。だから半分は自分に言い聞かせてるのかな。」


 ビビアンが新たに注いでくれた紅茶を飲みながらアダムが言った。

「そもそも私がきちんとアンジェリーナの気持ちを掴んでおけばこんなことにはならなかったんだ。だから仕方ないんだよ。」


「だからって……やっぱりこんなの辛すぎます。」

 アダム様はこれからもアンジェリーナ様がデイビッド様と幸せになるのを側で見続けなければいけないのだから……


 夕食会で見たアダムの瞳を思い出す。

 あんな顔でアンジェリーナ様のことを見つめていたのに。アダムのアンジェリーナへの想いに胸が詰まる。


「アンジェリーナが私のことを忘れてしまった時、記憶を取り戻す方法を調べるのに夢中になってしまってね。結局アンジェリーナをほったらかしにしてしまったんだ。」


 俯いていた私はアダムの言葉に顔をあげた。

 アダムの表情は思いの外に明るい。


「悲しみにくれていたアンジェリーナの側にいてやればよかったのに、私はそれに気づかなかったんだ。その結果がこの状況さ。」

 少しだけ肩をすくめて、アダムが小さく笑った。


「私のすべきことはアンジェリーナの記憶を取り戻すことではなく、アンジェリーナの心をもう一度掴むことだったんだと今なら言えるよ。」


 アダムの言葉が心に刺さる。

 真っ直ぐな瞳で見つめてくるアダムを、私も真っ直ぐに見つめ返す。


「……エイデンのこと……知ってらっしゃるんですね。」

 エイデンが私を忘れてしまったことは限られた人しか知らないはずだ。


「何のことだい?」

 くすっと笑いながらアダムが答えた。

 やっぱり知ってるのね……

 全くこの人は……

 思わず私の顔にも笑みが浮かんだ。


 私が城を抜け出したことも、エイデンの記憶のことも、何で筒抜けなのかしら?

 まぁアダムの権力をもってすれば、情報を得るなんて簡単なことなのかもしれない。


「もしかしてフレイムジールに偵察でも送り込んでます?」

 冗談っぽくそう言ってみる。


「そうかもしれないよ。」

 アダムがおかしそうに返事をした。


 全く……

 さっきまでアダム様のアンジェリーナ様への熱い想いに感動すらしていたのに。


 アダム様は私にエイデンの記憶を取り戻すよりも、エイデンの心をもう一度掴めと言っているのだろうか?


「記憶を取り戻す方法ってあるんですかね?」

 私の言葉にアダムがふっと笑う。

「君がそれを言うのかい?」


 あっ……

 可能性がゼロではないことは、私自身の記憶が戻っていることで証明されている。

 でも……


「確かに私の記憶は戻りましたけど、私は少し他の人とは違っているので……」


 私はもともと魔力を使うことはあまりなかったが、魔力を使うとその都度記憶は消えていた。

 亡くなった母からも魔力を使うと、記憶が消えると注意されていたし、実際魔力を使った記憶はすぐ消えていたように思う。


 エイデン達のように魔力を使い切ってしまったということはなく、魔力は私の中に残ったままにもかかわらず記憶に作用するのは、天候を操る力はむやみに使ってはいけないものなのだからと思えてしかたない。


「私が調べた限り、使い果たした魔力を回復させる明確な方法も、記憶を戻す方法も分からなかったよ。」

 そうアダムが言った。


「ただ……無くなる記憶は、その人物が一番大切にしている記憶だっていう共通点はあったかな。」

 アダムが微笑んだ。


 アンジェリーナ様にとってはアダム様が、エイデンにとっては私が一番大切な記憶だということか。

 それは嬉しくもあり、無くなったことが悲しくもある。


「レイナの記憶が戻ったってことは、龍の一族に頼めば何とかなったのかなぁ?」

 どちらにせよ、もう手遅れなんだけどねとアダムは笑った。


 デイビッド様とアンジェリーナ様の結婚式まであと少し。アダム様は明るく振る舞っているけれど、きっと心の中では思うことが色々あるはずだわ。


 ふいにエイデンのことが頭に浮かんだ。

 私が記憶をなくしてしまった時、エイデンはどんな風に思っていたのだろうか?

 アダム様のように苦しんだのだろうか?


 私はエイデンにそんな思いを二度も味あわせてしまった。切なくて胸がしめつけられる。


 私は忘れてしまうことも、忘れられたことも、どちらも経験したのだ。

 私がアダム様を分かってあげなくて、誰が分かってあげられるのだろう。


 結婚式が終わってフレイムジールに帰るまで、少しでもアダム様の気分が明るく過ごせるよう協力しよう。

 いつもより弱々しいアダムの作り笑いを見ながらそう心に決めたのだった。

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