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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「本当にアダム様の見立ては素晴らしいですね。」

 鏡にうつる私を見ながらビビアンが言った。

 アダムをおだてているのではなく、心からそう思っていることが、ビビアンの瞳の輝きを見れば分かる。


「今までレイナ様には落ちついた色は似合わないと思ってましたが、大人っぽくて素敵ですわ。」

「だろ? レイナ姫には黄色系統の明るい色も可愛らしいと思うけど、こういった色気が感じられるドレスもいいよね。」


 なんか……私が寝てる間に随分と打ち解けたみたいね。

 うたた寝から覚めるやいなや、ドレスに着替えさせられた。


 まぁ確かに、素敵ではあるかもね。

 アダムが選んだという緑色のドレスは、さくらんぼ色のウィッグにピッタリだ。

 

 嬉しそうに盛り上がってるビビアン達には申し訳ないけれど、やっぱり今夜の晩餐会は憂鬱でしかない。


「大丈夫だよ。内輪の小さな夕食会だから。」

 私の手をとりエスコートするアダムに付き従い馬車に乗る。


「そうは言ってもやっぱり緊張します。」

 なんてったって、今から行くのはノースローザンヌ王宮なのだ。

 基本的に偉い人に会うのは苦手なのに、私の素性すらバレないように過ごさないといけないなんて。

 緊張しないわけがない。


「……ところで、あの……私のことは恋人として紹介されるんですよね? 名前とか変えた方がよいですか?」


 うーんと少し考えた素振りを見せてアダムが言う。

「名前は変えなくて大丈夫だと思うよ。フルネームはさすがにバレるから、レイナとだけ紹介すればいいし。」


 恋人なんだから、これからはレイナと呼び捨てにするからねと言われてなんだかドギマギしてしまう。


「出身とか私達の馴れ初めとかについて聞かれたらどう答えましょうか?」

「大丈夫だよ。誰もそんなこと聞かないから。」

 アダムがにっこりと笑った。

「どうせ一夜限りの恋人だと思われて、皆そこまで深い質問なんてしてこないさ。」


 あー、それだけ頻繁に付き合う女性が変わるってことなのね。

 私も一夜の恋人だと思われるのか……

 そう思って思わず苦笑いしてしまう。


「まぁ、レイナが相手なら一夜限りで終わらせる自信なんてないけどね。」

 そう言ってアダムが私の手にそっと手を重ねた。

 私を見つめている綺麗な翡翠色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「ぷっ。」

 思わず吹き出してしまって口元を押さえる。

「ごめんなさい。私こういうの慣れてなくって、つい……」


「ははっ。」

 アダムが声を出して笑う。

「口説いてる時に笑われたのなんて初めてだよ。」

 笑いすぎたのか、目尻の涙をぬぐいながらアダムが言う。


「さすがイケメンに耐性があると言い切っただけのことはあるね。」

 そう言えば前に会った時にそんな話をした気がする。


 本当は……手が触れた瞬間にちょっとだけドキッとしたことは内緒にしておこう。


「残念だなぁ。」

 そう言いながらアダムの顔は全く残念そうにない。

「でも……レイナがあまりにそっけないと逆に燃えてくるよね。」

 いつか落としてみせるからね……

 そう言って私にウィンクするアダムに、苦笑いをお返しした。




  ☆ ☆ ☆




「……これのどこが小さな夕食会なんですか?」

 きらびやかな広間の入り口で思わず足を止める。


「えー? 今日の夕食会なんて小さな方だと思うよ。」

 私の戸惑いなど御構い無しな様子でアダムは会場に足を踏み入れる。


 これが小さいですって?

 小さいの意味知って言ってるの?

 思わず口から出そうになった言葉を慌てて飲み込んだ。


 広間では華やかなドレスを身にまとった令嬢や、かっちりときめた紳士が楽しそうに談笑していた。

 その中をアダムと腕を組み進んで行く。


 やっぱりアダムはとっても目立ってるわ。

 令嬢達がアダムに向ける熱い視線を感じながら、横顔をチラリと見る。

 綺麗な顔……


 後ろに束ねられた真紅の髪からこぼれた一房のおくり毛が、アダムの歩幅に合わせてゆっくりとゆれる。


「何だい?」

 私の視線に気づいたアダムが微笑む。

「いえ、何でも。」

 そう言って視線をそらした。

 アダムのおくり毛に色気を感じるなんて、口がさけても言えるわけがない。


「アダムさまー。」

 黄色い声が聞こえ、可愛らしい令嬢達に取り囲まれた。

「やぁ。」

 アダムが彼女達に愛想よく応じながら、私を紹介する。


 あー、こういうのはエイデンの側にいるのと一緒ね。

 嫉妬や興味本位の視線を向けられることには慣れているが、彼女達に容赦なくジロジロ見られて居心地の悪さを感じた。


 アダムに群がる令嬢はいつのまにか数を増やし、私は輪からはじきだされた。

 まぁいっか。

 少し離れてアダムと令嬢達の様子を見守る。


 それにしてもアダム王子という人は、息を吐くように甘い言葉を口にする。

 令嬢達の甘くとろけたような顔を見ながら、これじゃ本当の恋人はつらいだろうなと内心苦笑してしまう。


 これだけ令嬢達を夢中にさせていても、当のアダムの表情は特に変わらない。

 キャーキャー騒がれても調子にのる様子もなければ、迷惑がる様子もない。


 こういったところは少しレオに似ているかしら?

 いつも穏やかな笑みを浮かべているレオナルドを思い浮かべる。それが彼のいい所でもあるのだが、その腹の内は読めない。


 アダムも同様に品のある微笑みにガードされて、本心は読みにくい。その表情の変化のなさはある種の胡散臭さを感じさせるほどだ。


「君はアダムの連れかな?」

「ええ。」

 不意にかけられた言葉にそう答えて、声の主を見る。にこやかに話かけてきたのは、私より年上であろう1組のカップルだった。


 そっくりというわけではないが、アダムによく似た風貌でアダムの兄であることは明らかだった。年から言って一番上の兄、このノースローザンヌの皇太子であろう。


「結婚おめでとうございます。」

 丁寧に自己紹介をすませたあと、お祝いの言葉を述べた。

「ありがとう。」

 そう言って嬉しそうに見つめ合うアダムの兄デイビッドと、婚約者であるアンジェリーナの姿はとても幸せそうでお似合いだ。


「兄さん、彼女は……」

 アダムが取り囲んでいた令嬢をかきわけてやって来た。私の事を紹介しようとする言葉をデイビッドが遮る。


「レイナからもう挨拶してもらったよ。全く……パートナーをほったらかしにして、他のレディと話こむなんて……感心しないよ。」

 デイビッドが、私にすまないねと声をかけてくれた。


「いえ。」

 正直ほっておかれたことは全く気にしてなかったが、デイビッドに気にかけてもらえたことは嬉しかった。


「アダム様はとても素敵ですから、仕方ありませんわ。」

 そう答える私にデイビッドが笑った。


「あんまりアダムを甘やかさない方がいい。すぐ調子にのるんだから。」

「調子になんて乗りませんよ。」

 アダムとデイビッドのやりとりを見て、アンジェリーナと顔を見合わせてクスリと笑った。


「じゃあ、まだ挨拶しなくちゃいけないところがあるから。レイナ、楽しんでいっておくれ。」

 二人寄り添って去っていくデイビッドとアンジェリーナにお礼を言って見送る。


「素敵なお兄様ね。アンジェリーナ様もすごくお似合いだし……」

 そう言ってアダムの顔を見あげた。

 アダムはただ静かに二人の背中を見つめていた。


 アダム?

 アダムの視線の先にいる二人の姿を見る。

 もしかして、アンジェリーナ様のことを見てるの?


 アダムの瞳が今までにないほどに優しく、思わずどきりとしてしまう。

 何て顔してるのよ……

 アダムのアンジェリーナを見つめる瞳は、とても愛おしい、そう言っているようだった。


 見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、どういうことなのだろうと疑問に思う気持ちがくるくると頭の中でまわっている。


 アンジェリーナ様はアダムのお兄様の婚約者なんだから、アンジェリーナ様のことを好きだとしたら……

 ダメじゃん。


「レイナ?」

 アダムに声をかけられて、思わずビクッとする。

 私の顔をのぞきこんだアダムの表情はいつもと変わらない笑顔だった。


「どうかしたのかい?」

 不思議そうに尋ねるアダムに、

「なんでもありません。」

 そう笑って答えた。


 結局アダムはその後も色々な令嬢に捕まり、その都度令嬢達を夢中にさせていた。

 私はと言うと、そんなアダムの様子が気になって仕方がなかった。


 どんな令嬢に寄ってこられても、アダムの笑顔は変わらない。

 あの時見たアダムの顔は見間違いだったのだろうか?

 そんな気さえしてくる。


 でも……あの時一瞬見せたアダムのアンジェリーナを見つめる瞳がどうしても頭から離れなかった。

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