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「ごめんなさい。」
私達のために用意された豪華なゲストルームでビビアンとミアに頭を下げる。
二人が反対するのも聞かず城を出てきて、その結果がこれだ。
ビビアンとミアが顔を見合わせて困ったような顔で笑った。
「逃亡なんてするからバチが当たっちゃったのかな?」
そりゃ私がいなくなってエイデンが困って反省すればいいんだ……とか、いなくなって初めて私の大切さに気付くんじゃないかな……とか都合のいい想像ばっかりしてたけど。
「アダム王子の恋人として皇太子の結婚式に出るなんて、バチにしたって重すぎるよ。」
「こうなってしまったからには仕方ありません。とにかく何事もなくフレイムジールに帰れるよう頑張りましょう。」
「まずは今夜の晩餐会ね。」
ビビアンとミアの言葉にため息がでる。
そうだった。
今夜早速王宮での夕食に付き合うようアダムに言われていたのを思い出す。
コンコンとドアを叩く音がして、ドアが開いた。
「部屋は気に入ってもらえたかな?」
アダムを先頭にゾロゾロと荷物を抱えた人物が部屋に入ってきた。
部屋なんて、正直どうでもいいわ。
今の私はこれからどうなるか分からない不安で頭がいっぱいなのだ。
「とりあえずこれだけあれば何とかなるな。」
アダムがビビアン達と何やら話し込んでいるのをソファーに座ったままぼんやり見つめる。
どうやらアダムがドレスやアクセサリーなどを運んで来てくれたようだ。
「で、髪の毛のことなんだけど。」
アダムが持っていた黒い箱をテーブルの上に置いた。
「きゃっ。」
思わず悲鳴をあげて、青ざめる私にアダムがきょとんとした顔をする。
「これは最近ノースローザンヌの貴族の娘達の間で流行ってるウィッグだよ。」
そう言ってアダムは手にしたウィッグを私に見せてくれた。
髪のスタイルや、髪の毛の長さや色を変えるためにかぶる新しいファッションらしい。
「よかった。」
ほっとしながらアダムに
「一瞬生首かと思ってしまって……」
と告げると、アダムがぷっとおかしそうに吹き出した。
「生首って……君の中で、私は生首を持って現れそうなイメージなのかな?」
そういうわけではないけれど、そういう胡散臭さはあると思っている。
「これなら君のその綺麗な髪の毛を誰にも見せる必要がないだろ?」
アダムがまだおかしそうに笑いながら言う。
「そのウィッグが今の一番人気だって聞いたから持って来たんだけど……レイナ姫にはこっち。」
そう言ってアダムが取り出したのは、さくらんぼ色のウィッグだった。
「綺麗な色だろ?」
たしかに綺麗な色だけれど、私には派手すぎな気がする。
躊躇う私に、
「大丈夫だよ。」
とアダムが言う。
「君がつけたらとってもセクシーだと思うな。」
妖しいほどに魅力的な笑顔でアダムが笑ったので、心臓がドクンと大きな音を立てはじめる。
驚くことがたくさんですっかり忘れていたが、目の前にいるこのアダム王子は男前だったのだ。
魅力的な男性の笑顔って破壊力があるわ。
息をするのも忘れてしまうほどに見入ってしまっていた。
私が何も言わないので、納得したと思ったのだろうか、アダムは満足そうに頷き、山積みになっている箱を確認しはじめる。
私をそっちのけで、アダムがビビアンとミアとあーだこーだ言いあっている様子を少し離れて見つめた。
3人は運びこまれた大量のドレスから今夜の私のドレスを選んでいるようだ。
何だか楽しそうね……
あふっ。
大きな欠伸が出た。
ここまでの長旅で少し疲れてしまったみたいだ。
少しだけ……
そう思いソファーに座り目を閉じた。
エイデン心配してるかしら?
そもそもエイデンに心配かけたかったんだから、心配されていたら大満足のはずなのだが、何だか気分は浮かない。
エイデン今何してるの?
やっぱり会いたいよ……
ふかふかのソファーに気持ちよく沈みながら、うとうととまどろみの中でエイデンを思った。
☆ ☆ ☆
「では陛下、エリザベス嬢はアーガイット家にて幽閉ということでよろしいですか?」
「ああ、それでいい。」
処分内容が甘すぎるのではと不満を口にしながらも、カイルは書類を仕上げていく。
たしかに一国の王を刺しておいて、実家で幽閉というのは甘すぎると言われても仕方がない。
俺自身が刺された記憶がないこと、そしてこの問題を秘密裏に処理したいということ、この二つの理由により、エリザベスには自宅での軟禁状態という処分をくだした。
アーガイット家には、生涯に渡ってエリザベスを閉じ込めておくよう 指示を出すつもりだ。
もしそれが守れない場合には、家を取り潰してやればいい。
きっとあの男のことだ。
きちんと命令に従うだろう。
エリザベスの父である口煩い元大臣の顔を思い浮かべた。
「エリザベス嬢の処分が決まったことですし、ウィリアム殿を元の役職に戻してもよろしいでしょうか?」
「構わない。」
手元の書類にサインをしながらそう答えて、手がとまる。
「ウィリアムの役職とは何だ?」
「レイナ様の護衛です。」
「なんだって?」
エリザベスの兄であるウィリアムの整った顔を思い出す。昔はよく舞踏会で挨拶を交わしたものだ。
長身で小顔、爽やかなルックスに加え柔らかで優しい物腰は、多くの令嬢を惹きつけ夢中にした。
だからといって女遊びをするわけでもなく、多くの誘惑をさらりとかわしていくことが、また一段とウィリアムの人気を押し上げていた。
そんな男をレイナの側に置くだって?
冗談じゃない。
「ウィリアムはだめだ。」
「ですが陛下、ウィリアム殿は元々レイナ様の護衛でしたし、信用できる人物だと思いますが。」
「そんなことは分かっている。」
真面目なウィリアムならば、レイナの護衛としての役割はきっちりと成し遂げるだろう。
加えて今回のエリザベスの件もある。
償いの意味もあり、命がけでレイナを守るであろうことは想像できる。
「だがウィリアムはだめだ。」
だからといって、ウィリアムをレイナの側に置いておく気にはならなかった。
あの甘いマスクにレイナが魅了されないとは言い切れない。
「……それでしたら、誰をレイナ様の護衛につけますか?」
カイルの質問に即答できず、しばらく考えこむ。
見知っている王宮の騎士を思い浮かべるが、その誰がレイナの側にいても気に入らない。
「……護衛ができるような腕のたつ令嬢がどこかにいないものかな?」
「まぁ見つからないでしょうね。」
カイルがそう答えて首を横に振った。
「申し訳ありませんが、護衛がウィリアム殿ではだめな理由がヤキモチだけでしたら、了承しかねます。」
丁寧な口調だが、さもくだらない、そう思っていることが分かるような表情でカイルが言った。
「ヤキモチなんてやくわけないだろ。」
これはヤキモチなんかじゃない。
「ただ気に入らないだけだ。」
カイルが小さくため息をついた。
「それを世間ではヤキモチだと言うんです。」
「だいたい何でレイナに護衛が必要なんだ?」
護衛をつけるからこんな不愉快な思いをしなきゃいけないのだという考えに思い至る。
「それは今回のようにレイナ様が狙われる可能性が、これからもないとは言い切れませんので。」
今回エリザベスに協力した城内部の者達はすでに全員の処罰が済んでいる。
しかし今後も城内に裏切り者が現れる可能性はあるのだ。レイナの封印が解けてしまった以上、用心した方がいいとカイルは言う。
「ならばレイナを外に出さなければいいじゃないか。」
レイナの心を動かす可能性のある男を側におくよりも、安全で確かな方法だ。
俺の中に暗い闇が広がっていく。
そうだ。
レイナを守るためには部屋に閉じ込めておけばいい。どこにも行かず、誰にも会わず、ただ俺のためだけに……
「エイデン、大変だよ。」
バタバタとやって来たレオナルドによって、頭の中の闇が払われる。
「レオナルド、何してたんだ。遅いぞ。」
本来ならもっと早くこの執務室に来て、仕事をこなしていなければいけないはずの双子の兄に、文句を言う。
俺の文句にも、カイルの小言にもすでに慣れているのか、全く気にせずレオナルドが言う。
「だからエイデン、大変なんだって。」
その手に握られていた白地の便箋を俺の前に出す。
「これ読んでみてよ。説明するより早いから。」
レオナルドから預かった手紙の綺麗な字を目で追っていく。
「くそっ。」
部屋から出ていこうとする俺をレオナルドが引き止める。
「今確かめてきたよ。手紙にあるように、レイナは城を出たみたいだ。」
俺から受け取った手紙を読み終えたカイルが静かに口をひらく。
「困りましたね……ノースローザンヌにいらっしゃるのなら、こちらからお迎えには行けませんし。」
手紙はノースローザンヌの第3王子、アダムからのものだった。
内容は至極シンプルで、レイナはしばらくノースローザンヌに滞在するというものだった。
「なんだってレイナは勝手に城を出て行ったんだ。」
そう言う俺にレオナルドとカイルの視線が集まる。
「それは……エイデンが婚約解消すると思ったからじゃないかな?」
「は? 婚約解消?」
レオナルドの言葉に目が点になる。
「いつ誰が婚約解消するなんて言ったんだ。」
イライラして声が荒くなってくる。
「エイデンが婚約指輪を無理矢理はずさせたって聞いたよ。」
レオナルドが落ち着いた口調のまま話す。
たしかにレイナに婚約指輪ははずさせたけれど、あれは気に入らなかっただけで、婚約解消するつもりなんてまったくない。
「レイナは俺が婚約解消すると思ってるのか?」
俺の質問に、
「どうだろうね。」
レオナルドが肩をすくめた。
「だいたいエイデンは嫉妬しすぎなんだよ。」
机の上のまだ終わっていない書類をペラペラとめくりながらレオナルドが言う。
「自分でプレゼントした指輪にまで妬かなくても。」
だから、別に俺は妬いているわけではない。
ただとにかく気に入らないだけだ。
そう説明するも、レオナルドは分かってるってと言ってとりあわない。
「とにかく、レイナが早く帰ってこれるようアダムに手紙を書いてみるよ。」
自分に任せとけ、レオナルドは何だか楽しそうにそう言って胸をたたいた。




