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どうしよう……ドキドキしすぎて胸が苦しい。
腰に回されたエイデンの手に引き寄せられ、緊張が高まってくる。
「エイデン、踊ってくれてありがとう。」
小さな声でそう言うと、エイデンがふっと笑った。
「客人の相手にも飽きてきたところだから、ちょうどいい。」
エイデンのチョコレート色の瞳を見つめる。
私をうつす、その瞳からは感情がまったく読み取れない。
でもなぜだろう?
私のことを嫌ってはいないことだけは分かるような気がした。
エイデンの手の温かさや、私に触れる手の優しさは今までと全く変わっていない。
「そのドレス……」
エイデンがボソッと何かを言いかける。
「えっ?」
音楽でうまく聞き取れず聞き返した。
「なんでもない。」
エイデンはそう言って腰に回した手に力を入れた。
あっ。
より一層エイデンに密着して、体がかたくなってくる。
「お前、緊張しすぎだろ。」
エイデンがおかしそうに笑い、目が細くなる。
緊張してガチガチなのが伝わってしまって恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じて思わず俯いてしまう。
だめだ……
私やっぱりエイデンのことが好きだ。
エイデンが冷たくても何でも、やっぱり好きなんだ。
この気持ちがエイデンに届けばいいのに……
祈りにも似た思いをこめ、繋がれた手に力をいれる。
「お前……」
エイデンが何かを言いかけて、ふいっと顔をそらした。
音楽が終わると同時にパッと手が離される。
「エイデン?」
「もういいだろ……」
そう言うとエイデンは私を見ることもなく、一人で歓談する人々の中へと戻っていく。
まさかの置き去りに、ショックよりも驚きを隠せない。
「なんで?」
私何かやらかしちゃったかしら?
エイデンの足を踏んでもないし、ダンスだってそれなりに上手くなったはずなのに。
「やっぱり分かんないわ。」
小さくため息をついて、ゆっくりとエイデンの後をおいかけダンスフロアを後にした。
☆ ☆ ☆
「エイデンのバカ!!」
ベッドに叩きつけた枕が跳ね返り、床へと落ちた。
ビビアンが拾いあげ、ポンポンと枕のゴミを払う。
「もうそれくらいにして、こっちでお茶でも飲んだら?」
ミアがテーブルから声をかける。
「いらないわ。」
ベッドに倒れこんでうつ伏せになる。
今はお茶を飲む気分にもならない。
ミアとビビアンが目配せしながらふうっと息をついた。
ビビアンが優しく頭に触れる。
「エイデン様が他の方と踊ったのはショックかもしれませんが、一番最初に踊ったのはレイナ様なのでしょう?」
顔をベッドに埋もれさせたまま頭を動かす。
「でしたら、それでよしとしませんか?」
今度は激しく首を横に動かした。
私をダンスフロアに置き去りにした後、エイデンはあろうことか、クリスティーナと踊ったのだ。
しかも満面の笑みで。
私と踊る時にはあんなに無表情なのに、クリスティーナにはあんなステキな笑顔を見せるなんて……やっぱり許せない。
うつ伏せのまま、握りこぶしでベッドを叩いた。
何より悔しいのは、エイデンと踊った後のクリスティーナの様子だった。
「エイデン様をお借りしてすいません。」
クリスティーナは私に向かってそう言った。
本当はクリスティーナには全く悪気などないのかもしれない。
でも私にはクリスティーナが勝ち誇った顔をしているように見えた。
私の嫉妬心がクリスティーナを悪者にしたがってそう思わせているのかもしれない。
そうだとしたら、私も相当ひどい女よね。
「さぁさ、いつまでもそんなところでグジグジしないの。後でエイデン様の部屋に誕生日のお祝いを言いに行くんでしょ?」
ミアの言葉にむっくりと体を起こした。
「行かないわ。」
えっ?っという顔をする二人に向かってさっきよりも大きな声で、
「会いになんて行かないって言ったの。」
と言った。
「それでいいんですか?」
「だって……」
舞踏会が終わり、ゲストを見送った後でエイデンの部屋を訪ねる予定だった。
二人きりで誕生日を祝いたい、そうエイデンに告げると、
「後でいいか? なんかクリスティーナが話があるらしいから。」
エイデンはそう答えたのだ。
「それで私を置いて二人で部屋に戻って行ったのよ。」
そこまで言って、ビビアンとミアがとても悲しい顔をしていることに気づいた。
いけない。
私をとても大切にしてくれている二人にまたこんな顔をさせてしまった。
申し訳なさと情けなさでいっぱいになる。
「……ごめんね。」
二人にそう言って立ち上がる。
「気分転換に顔でも洗うわ。」
化粧を落とし、ドレスからナイトウェアに着替える。
身が軽くなるのと一緒に、何だか少しだけ気分も軽くなった気がしてくる。
寝室へ戻ると、ミアがお茶をいれなおしてくれていた。
「いい香り……」
微かに金木犀の甘い香りがする紅茶をゆっくり味わう。
「レイナ様……」
部屋の入り口で誰かと話していたビビアンが私を呼ぶ。
「どうしたの?」
見るとエイデン付きの侍女が扉の前に立っていた。
「エイデン様がお呼びです。」
そう言う侍女に、
「申し訳ないけれど、もう寝てしまったと伝えてもらえるかしら。」
そう答えた。
「エイデン様にお会いにならなくてよろしいかったのですか?」
侍女を部屋へと返した後でビビアンが私に尋ねる。
「今会っても素直になれないもの……」
それに今エイデンに会ったらクリスティーナのことで何か言ってしまうような気がする。
「ほぉ……そんな理由で俺に嘘をついたのか?」
突然聞こえた低い声に驚く。
「エ、エイデン様、いらっしゃったんですか?」
ビビアンとミアも突然現れたエイデンに驚いてあたふたしている。
「エイデン……ノックくらいしてよ。」
エイデンは当たり前のようにノックも許可もなしに部屋に入って来て私の隣の席に腰かけた。
「お前が来ないから、わざわざ俺が来てやったんだ。」
感謝しろとでもいうような態度でエイデンが言う。
エイデンがビビアンとミアに退出するよう命じる。
二人きりの静かな部屋に、シャンパンの栓をあける音が響いた。
「俺の誕生日を祝いたいんだろ?」
エイデンの偉そうな態度はムカッとするが、その自信に溢れた表情はとても素敵で見惚れてしまう。
色々と言いたいことがあったはずなのに、全く言葉が出てこない。
二人でグラスを合わせ、シャンパンを飲む。
「で、なんで俺が呼んだのに寝てるなんて嘘ついたんだ? 素直になれないとか何とか言ってたが……」
エイデンが私を見つめる。
「それは……」
正直に言えばエイデンがクリスティーナと楽しそうに踊っていたことと、私よりもクリスティーナを優先したことが嫌で、エイデンの誕生日を心から祝えそうもなかった。
でも……こんなこと言ったら絶対に鬱陶しがられちゃうよね……
「それは?」
エイデンの瞳は心の中まで見透かしてしまいそうなほどの鋭い光を放っている。
だめだ……ごまかせそうにない。
ごくっと唾を飲み込んで、
「クリスティーナ様と仲がいいのが嫌だったの。」
とだけ答えた。
エイデンの眉間にシワがよる。
「仲が良い?」
意味が分からないという顔のエイデンに、
「さっきも私よりクリスティーナ様と先に話したいみたいだったし。それにクリスティーナ様をエイデンの私室に連れて行ったでしょ……」
「あれは面倒だからさっさと終わらせようと思ってお前より先にすましただけだ。」
「面倒?」
ああとエイデンが本当に面倒そうな顔をして言う。
「あの女、シャーナの誕生日プレゼントの相談を俺にしてきたんだ。」
忌々しげにエイデンが言った。
シャーナはエイデンとレオナルドの母親だ。
そして今はクリスティーナの父親と再婚している。
「そんな相談ならレオナルドにしろよ。」
エイデンは母親との関係が良好ではなかった。
たしかにプレゼントの相談ならレオナルドの方が適任だろう。
「それから、クリスティーナとは廊下で話ただけだ。」
こんなくだらない事でわざわざ部屋に入れるわけないだろうとエイデンが言った。
「そうなんだ……」
何だかほっとして、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「そんなこと気にしてたのか。」
心底くだらないと言う顔でエイデンがため息をついた。
「だって……クリスティーナ様はエイデンの婚約者だったじゃない、だから……」
私の言葉が終わる前にエイデンが驚いた声を出す。
「婚約者?」
エイデンが怪訝な顔でアゴに手をあて何やら考えている。
「そうか、あの女だったのか……」
「覚えてなかったの?」
今度は私が驚いて声をあげる。
「婚約者がいたことは覚えてるが、誰だったかまでは知らん。」
あきれた……
自分の婚約者なのに誰だか知らないなんてことありえる?
「国のためにと勝手に決められた婚約だ。誰だろうと変わりはない。」
エイデンがクリスティーナに特別な思いがないと分かってほっとするけれど、今のエイデンにとっては私も同じ程度の婚約者なのかもしれないと思うと何だか切なくなる。
「でもよかった。クリスティーナ様と踊ってたから、クリスティーナ様のこと好きなのかと思っちゃった。」
「あれはお前が……」
えっ……?
エイデンのチョコレート色の瞳が真っ直ぐに私をとらえる。
心臓を掴まれたように胸が痛くて苦しい。
「エイデン?」
口を開きかけてエイデンが視線をそらす。
「……なんでもない。」
なんでもないって……これじゃあ気になって仕方ない。
「私……何かした?」
「……」
エイデンは視線をそらしたまま答えない。
「エイデン、何かしたなら教えてよ。」
「あーもう、うるせぇ。」
エイデンの唇が荒々しく私の唇をふさぐ。
「少し黙ってろ……」
離れた唇から、少し掠れたエイデンの言葉が漏れた。
エイデンの瞳を見つめ返す。
さっきよりも優しくエイデンの唇が触れた。
エイデン……
胸がいっぱいで目頭が熱くなってくる。
腕をのばしてエイデンの首にしがみついた。
「エイデン……お誕生日おめでとう。」
エイデンは何も言わず、ただ優しく抱きしめ返してくれた。




