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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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5

「今日からお妃教育をはじめていただきます。」

 いつものように部屋でミア達とのんびり過ごしている私に向かって、カイルは突然そう宣言した。


「お妃教育?」

「そうです。正式に婚約をされるまでに、レイナ様には覚えていただきたいことが山ほどあります。」


 たしかに……

 本当にエイデンと婚約するのであれば今のままではダメだろう。


 私は生まれこそ姫として誕生したけれど、人生のほとんどを逃げたり隠れたりして過ごしてきたのだ。

 王族どころか、貴族の常識、下手したら平民の常識すら欠いている可能性がある。


「3か月後に生誕祭がありますから、とりあえずそれまでに一般貴族の令嬢レベルにまではなっておいていただきたい。」

 カイルが力いっぱい言う。


「生誕祭って何なの?」

「陛下の誕生日のお祝いです。国をあげての祭りになりますから、陛下の婚約者として恥ずかしくないような振る舞いをしてくださいね。」


 エイデンの顔を思い浮かべる。

 誕生日かぁ……

 いつももらってばかりだから、何か誕生日プレゼントでも用意しようかしら……

 そんなことを考えていると、カイルの大きな声が飛んできた。


「レイナ様、聞いてるんですか?」

「……ごめんなさい。」

「まったく……しっかりしてくださいよ。いいですか、生誕祭の夜には王宮でパーティーがあります。それまでにはきちんと踊れるようにしておいてください。」


「はぁい。」

 小さな声で返事をした。


 それからは毎日、ダンス、テーブルマナー、挨拶の仕方など色々なことを頑張って練習した。

 私も国が滅んでなかったら、こんな風に過ごしてたのかしら……?

 そう考えるとキツイ練習も苦ではなかった。


 一月以上たち、少しは見られる様になったとカイルが初めて褒めてくれた頃、エリザベスからお茶の招待があった。


「何か企んでないといいんですけど……」

 相手が大臣の娘のエリザベスだということで、侍女のビビアン達は警戒していた。


「いい機会だわ。せっかくお茶のマナーも勉強したんだもの、試しに行ってくるわ。」

 不安そうな侍女達をよそに、私はやる気満々だった。


 部屋に閉じこもって勉強ばかりの毎日だったので、少し外に出たかったのだ。

「仕方ないですね……」

 しぶしぶ……といった様子で身支度を整えてくれた。

「大丈夫よ。問題起こさないから任せといて。」


「……ステキなお庭。」

 エリザベスの屋敷へ行くと、すぐ広々としたガーデンへと通された。

 可愛らしい白いテーブルと椅子のセットが木陰に用意されている。


「レイナ様、あんまりキョロキョロしては、はしたないと思われてしまいますよ。」

 心配だからとついて来てくれているビビアンに注意されてしまう。


 庭を鑑賞しているとメイドが戻ってくる。

「申し訳ありません。エリザベス様は体調がすぐれないので、本日はお茶会に参加できなくなりました。」

 頭を下げながらメイドは謝った。


「まぁ、大変。そういうことでしたら、またの機会にいたしましょう。」

 そう言って立ち去ろうとする私達にそのメイドは言った。


「お待ちください。それでは申し訳ありませんので、ただいま代わりの者が参ります。ですので、もうしばらくお待ちください。」


 代わりの者?

 どうしたらいいのか分からず、少し離れて待機しているビビアンを見た。ビビアンも怪訝な顔をしている。


 お茶会のマナーは勉強した。でも主催者が代理をたてる……なんていう状況は教わってなかったわ。

 現実は勉強のようにスムーズにいかないものね。

 帰ったらカイルに報告しなきゃ。


 用意されたお茶を先にいただきながらそんな事を考えていると、

「あなたがレイナ様ですか?」

 突然現れた男性に声をかけられ、思わず身構える。


 誰?

 その男はさっと私の前に座り、自分でポットからお茶を注いだ。

「お待たせして申し訳ない。」


 その男性と正面から目が合って、言葉を失ってしまう。誰だか分からないけど、ものすごく綺麗な人だわ……


 光に当たって輝く金色のストレートヘアを後ろで簡単に束ねているその男性は、服装もシャツにズボンと簡素なのに、なぜか気品を感じるところがあった。


「お茶のお代わりは?」

 そう言ってポットを差し出されたので、遠慮なくいただくことにする。


「美味しいです。」

 そう言う私に、

「よかった。」

 目をほそめてにっこりしてくれる。

 その笑顔に妙に場が和んでるけれど……


「あの……あなたは一体……?」

 何者なのだろう?


「あ〜、まだ名乗ってなかったね。」

 男性はカップを置き、私の方を向いた。

「エリザベスの兄の、ウィリアム アーガイットです。はじめまして。」


 エリザベスのお兄さん……

 先日のパーティーで会ったエリザベスを思い出す。

 金髪の小柄で可愛らしい少女だった。

 たしかに、少し似ている気がする。


「妹が迷惑をかけてしまったようで……」

 再びカップを手に取りながらウィリアムは頭を下げた。

「いいえ。体調がすぐれないなら仕方ないですわ。」


「ごめんね。それ多分嘘だと思うよ。」

 おかしそうに笑ってウィリアムは言った。

「嘘、ですか?」


「そっ。エリザベスはきっと最初から来るつもりはなかったはずだよ。」

「どういう意味ですか?」

 ウィリアムはにっこり笑いながら私を見つめる。


「僕に君を誘惑させたいんだと思うな。」

「えっ、誘惑?」

 驚いて思わず持っていたカップを落としてしまいそうになる。


「そう、誘惑。エリザベスは陛下に全く相手にされないだろ? だから君が陛下の元を離れていくようにしたいんだよ。僕が君を誘惑して、君が僕を好きになるよう仕向けたいってわけだね。」


 ウィリアムは本当におかしそうだが、私は全く笑えない。

「ではウィリアム様は、私を誘惑しに来たんですか?」


「……だとしたら、どうする?」

 少し体を乗りだすようにして私を見つめるウィリアムを見つめ返す。

 青く透き通った瞳は綺麗で吸い込まれてしまいそうだ。


 負けた……その瞳に見つめられることに耐えられず、目をそらしてテーブルに視線を落とす。

「困ります。」


 もちろん誘惑、という言葉の意味は知っている。

 でも実際に男の人に誘惑なんてされたことないから、対処できる自信なんてない。しかもこんな美形になんて……見つめられるだけで変な汗が出ちゃいそうだ。


 あはは……

 声を出して笑いながらウィリアムは言う。

「大丈夫、誘惑するつもりなんてないよ。」

 その言葉にほっとする。

「じゃあなぜエリザベス様の代わりに来られたんですか?」


「君に会いたかったからだよ。」

 優しい瞳で見つめられてドキッとする。

 それってどういう意味……?


「陛下とは大臣をやってる父の関係もあって、小さい頃からの知り合いなんだ。だから陛下のお気に入りだっていう君に会ってみたかったんだ。」


「よく一緒に遊んでいたんですか?」

「いや、陛下は……」

 はっとしたような顔をしてウィリアムは言葉をとめた。


 それも一瞬で、すぐに元の穏やかな表情に戻った。

「エリザベスは昔から陛下に夢中だから、こんな無茶なことをしでかすんだよ。」


 ウィリアムは私の質問には答えることなく、エリザベスやウィリアムの小さい頃の話を続けている。

 聞いてはいけないことだったのだろうか?


 エイデンの小さい頃……

 考えてみると、小さい頃どころか、私はエイデンのことをほとんど知らない。


 ツクン……

 なぜだか胸が少し痛んだ。


「さて、僕はそろそろ工房に戻らないと。」

 カップに残った紅茶を飲み干してウィリアムは立ち上がる。


「工房ですか?」

 工房で何をしているのだろう?

 彼のような貴族の人間が工房に出入りするのは珍しいことだ。


「僕はガラス細工の職人なんだ。」

 私の顔を見てウィリアムニヤリと笑う。

「驚いただろ?」


 本当に驚きだ。

「職人になるなんて、よく大臣が許してくれましたね。」


 ウィリアムは少し困った顔をして、もう一度椅子に腰掛ける。

「許されてはないよ。勝手にやってるだけだから。」


 ウィリアムが父親の跡を継ぐ気がないこともあって、大臣はエリザベスをエイデンと結婚させたいのだと彼は言った。


「自分が好き勝手やってるからかな。今日みたいなエリザベスの無茶なお願いを断れないってのもあるんだ。」

 ウィリアムは申し訳なさそうな顔をした。


「反対されても職人になるなんてすごいです。それだけガラス細工が好きなんですね。」

「それはもちろん。」

 力強く返事をするウィリアムは自信に満ちていた。


 思わず口元に笑みが浮かぶ。

「そんな風に好きだと思うことが見つかるなんて素敵ですね。」

「ありがとう。」

 ウィリアムも微笑む。

「よかったら……工房を見に来る?」


「いいんですか?」

 工房を見に行くなんて滅多にできない経験だ。

「是非行きたいです。」

 私の返事にウィリアムは嬉しそうに笑った。


 その後ろではビビアンがやれやれといった表情で私を見ている。

 すでに誘惑されてませんか……?

 彼女の目がそう問いかけている。


 大丈夫よ。

 私の出来る限りの目力でビビアンに返事をした。

 そう簡単に好きになったりしませんから。

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