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「……やっぱりちょっと派手じゃない?」
鏡にうつる私は明るいオレンジ色のドレスを着て戸惑った顔をしている。
「それに……こんなに肌を出すのって何だか恥ずかしいわ。」
いつも着ているドレスよりも、背中が広めにあいている。
アイリンやビビアンと色々考えて決めたドレスだったが、何となく落ちつかない。
「とってもお綺麗です。レイナ様は鎖骨がとても美しいんですから、こういったドレスがお似合いだと思いますよ。」
ビビアンが嬉しそうに微笑んでいる。
「本当に綺麗よ。だから自信を持って。エイデン様だって喜んでくれるわ。」
ミアが両肩をポンっと叩いて気合いを入れてくれる。
2人に励まされると、何だか少し自信が出てくるから不思議だ。
鏡の中の私の顔も、緊張が抜けて穏やかな笑顔に変わっていた。
エイデンはなんて言うかしら?
綺麗だって言ってくれるかしら?
そう考えるだけでドキドキしてくる。
「用意できたか?」
エイデンがノックもせず部屋に入って来た。
「……どうかな?」
くるりとまわってみせる私をエイデンは無言のまま見つめている。
「エイデン?」
どこかおかしかったのかしら?
心配になりエイデンの顔を覗き込んだ。
「あっ?」
私の声で我に返ったかのような様子のエイデンと目があう。
「行くぞ。」
エイデンはさっさと歩き始めた。
ええー。
感想も何もないの?
少しくらい何か言ってくれてもいいのにと、かなり不満な気持ちのまま、急いでエイデンを追いかけた。
廊下で待つエイデンが
「ほら。」
そう言って右肘を少し突き出した。
その腕にそっと手をのせる。
エイデンの顔を見上げると、私を見つめているエイデンと目がばっちりあうが、目をそらされてしまう。
そんなに私と目があうのが嫌なのかと、なんとも言えない悲しい気持ちになってくる。
それでも私を気遣ってか、いつもよりゆっくりしたペースで歩くエイデンに寄り添って舞踏会の会場に入った。
やっぱりこの反応か……
広間に入るやいなや、人々がざわつき始めるのを見て小さくため息をついた。
そりゃそうだよね。
できるだけ目立たないような髪型にはしたつもりだけれど、やっぱりこの髪の色は隠せない。
遠巻きに私達を見つめるゲスト達の間を通りながら、挨拶のため階段へと向かう。
いつもならば、エイデンに挨拶をしようとする客人達が我先にと寄ってくるのだが、今日は皆戸惑ったように動かない。
「ふっ。」
高い所から皆を見下ろし、エイデンが冷たく笑った。
「各国のお偉いさんが、お前のことを間抜けズラして見てるな。」
エイデンが私を見つめている。
「これでこそお前と婚約した意味があるってもんだ。」
エイデンの言葉が胸に突き刺さった。
会場に向けてエイデンが感謝の言葉と挨拶を述べるが、全く頭に入ってこない。
「レイナ、大丈夫かい?」
いつの間に横にいたのか、レオナルドの声で現実に引き戻された。
「レオ……あれ? エイデンは?」
あっちだとレオナルドの指差す方を見ると、エイデンは多くのゲストに取り囲まれて談笑している。
「どうしたんだい?」
レオナルドが手渡してくれたシャンパンに口をつけ、
「ちょっと疲れちゃったみたい。」
そう答えた。
「無理せず、しんどくなったら座って休んでいいんだよ。」
優しいレオナルドの言葉に、笑ってありがとうと答えた。
「レイナ様。」
不意に後ろから名を呼ばれる。
「アイリン様。」
振り向くと、アイリンが父親であるアストラスタ国王と共にこちらへ向かっていた。
「このたびは娘がお世話になりまして……」
「アイリン様がいらしてくださって本当に楽しかったです。」
頭を下げるアストラスタ王に笑って答えた。
「レオナルド様もお元気そうで……」
アストラスタ王とアイリンがレオナルドに声をかける。
型通りの挨拶が終わり、
「レイナのドレスやアクセサリーはアイリン姫の見立てだとか。」
レオナルドがそう言った。
「素晴らしい出来栄えですね。レイナにとってもよく似合っている。」
「ありがとうございます。」
そう答えたアイリンの頬は赤く染まっていた。
「どうされたんですか? 何だか元気ないみたいですけど……」
浮かない表情の私にアイリンが尋ねる。
元気がないわけじゃないんだけれど……
「エイデンが褒めてくれなかったから、拗ねてるのかい?」
レオナルドの言葉にアイリンが反応する。
「どうしましょう。エイデン様のお気に召しませんでしたか?」
焦った様子のアイリンに落ちつくように言う。
確かにエイデンは私に全く興味が無いみたいで、何も言ってくれないけれど……
「なるほどね。」
私の視線の先にいるエイデンの様子を見た3人は、納得したという顔をする。
エイデンは綺麗に着飾った令嬢達に囲まれて、楽しそうに笑っている。
あんな笑顔、記憶を無くしてから初めて見たわ。
私といる時のエイデンは、いつも無表情か、眉間に皺がよった不機嫌顔ばかりだ。
「好きになってもらえなくても、せめてあれくらいの笑顔を向けてもらえるくらいまでにはなりたいわ。」
私の言葉に、事情を知らないアストラスタ国王は不思議顔だ。
「まぁまぁそんな暗い顔しないで。」
レオナルドが明るく言う。
「せっかくの舞踏会なんだから、レイナも踊ってきたらいいよ。」
「躍るって言ったって……」
誰と踊れと言うんだ。
エイデンはあんな調子だし……
「ほらほら、こっちをチラチラ見てる人がたくさんいるだろ。」
レオナルドが私に広間の方を見るよう言う。
「レイナにダンスを申し込みたいって人も中にはきっといるはずだよ。」
思わず苦笑いが出る。
確かにチラチラと視線は感じるけれど、これはどう見てもダンスを申し込みたい類のものではない。
どう見ても皆、物珍しいものを見るような目でこちらを見ている。
その証拠に、こちらを見てヒソヒソと何かを話している姿も多く見られる。
中にはレオナルドの言うようにダンスを申し込みたい人もいるのかも知れない。
でもそれはきっと……
「私ではなく、アイリン様にダンスを申し込みたい方達でしょうね。」
「レイナ様はエイデン様の婚約者ですから……」
ダンスに誘おうなんて恐れ多いと思って誰も声をかけられないのでは?
とアイリンが言った?
「じゃあ私がダンスを申し込もうかな。」
レオナルドがニコッと私に微笑みかける。
「踊っていただけますか?」
少しだけおどけた様子で差し出された手を、一瞬迷ってとろうとした瞬間だった。
「レオナルド、何してるんだ?」
エイデンの低い声が聞こえて体がビクッとした。
いつの間にそばに来てたの?
「何って、レイナにダンスを申し込んでたんだよ。」
エイデンの登場に驚く素振りも見せず、レオナルドは答えた。
もしかして……私の位置からはエイデンの様子が見えなかったけれど、レオナルドにはエイデンがそばにいるのが分かってたのね。
「ほぉっ。俺の婚約者にダンスをだと?」
鼻で笑うエイデンに、
「別にいいだろ? 私達は双子なんだから。」
レオナルドは事もなげに答えた。
レオナルドが私に、ねっと同意を求めてくる。
正直、双子であることがどう関係あるのか分からず、
「まぁ……」
と、曖昧な返事しかできなかった。
「なんだ。踊りたかったのか?」
エイデンが私の方を向いて尋ねる。
「え、ええ……」
厳しい視線に怯んでしまう。
「そうか……」
エイデンはそう呟いて、踊っている人々の方を見つめる。
「仕方ない。付き合ってやるか。」
そう言ってエイデンの大きな手が差し出された。
仕方ないって……
そんな言い方しなくてもいいのにと、悲しく思いながらも、エイデンと踊れることが嬉しくてその手を握った。
「やれやれ……」
よそよそしく手を繋いで歩きだした二人を見送りながらレオナルドが笑う。
「躍るつもりだったのに残念だな。」
その笑顔につられるようにアイリンも笑顔になった。
「よかったら踊ってもらえるかな?」
レオナルドの誘いにアイリンは戸惑いながらも小さく頷いた。




