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「お久しぶりです、アイリン様。」
出迎えた私を見て、アイリンは困惑の表情を浮かべた。
無理もない……
アイリンが知っている私は金茶色の髪をした、どちらかというと地味な女だったのだ。
それが今は……
この銀白色の髪だけで、どこに行っても目立ってしまう。
銀白色の髪は龍族の証だと言われている。
この髪の色を見た人の多くは戸惑い、畏怖する。
もうそんな反応にも慣れてしまったけれど……
「色々ありまして……」
「そのようですね。」
苦笑いを浮かべる私にアイリンは優しく微笑んだ、
「でも、よかったです。」
何がだろうと、アイリンの言葉に首をかしげる。
「わたくし、レイナ様とたくさんお話したいと思って、たくさんお茶菓子持って来たんです。」
アイリンが馬車を振り返る。
見ると沢山の小箱が次から次へと運び出されてくる。
あれは全てお菓子なのだろうか?
だとしたら、レオナルドが喜ぶだろうな。
そんなことを考えていると、アイリンが
「レイナ様。早速お庭を案内していただいてもいいですか?」
明るく声をかけてくる。
私の髪の毛を見ても、変わらぬ態度で仲良くしてくれるアイリンがとてもありがたかった。
「もちろんです。」
そうとびきりの笑顔で返事をした。
「わぁ、可愛らしいですね。」
アイリンと庭を歩く。
風にのって金木犀の甘くどこか懐かしい香りが漂ってきた。
「ここのお花や木は、レイナ様が選んでらっしゃるんですか?」
しゃがんで、マーガレットの花に軽く触れながらアイリンが尋ねた。
「いいえ。」
アイリンの隣に一緒にしゃがみこむ。
「今咲いている花は、エイデンからこの庭をプレゼントされた時から植えられていたものばかりです。」
アイリンがにこっと笑って、
「さすがエイデン様ですね。」
と言う。
「お庭の雰囲気がレイナ様にとってもぴったりですもの。」
アイリンの言葉をとても嬉しく思う。
しかし
「本当に愛されてますね。」
の一言に、笑顔が固まってしまう。
エイデンの怪我のことも、エイデンが私を忘れてしまったこともアイリンには伝えていなかった。
二人の手紙のやりとりは頻繁で、アイリンはよき相談相手だが、さすがにエイデンが刺されたと手紙に書くのは憚られた。
エイデンはフレイムジールの王なのだ。
その王が刺さされて重傷だという話が広まってしまったら……
国にとって不利益にしかならないことは明白だった。
エイデンの傷はまだ治ってはいないはずだが、エイデンの様子を見ても、本当にそんな怪我してるのかと思ってしまうほど元気いっぱいに見える。
アイリンには全てを語ってしまっても大丈夫な気もするが、エイデンが今も怪我をしていることだけは伏せて、記憶の話をしよう。
私の表情から何かを感じとったのだろう……
アイリンが
「レイナ様?」
心配そうに私の顔をのぞきこむ。
「実は……」
私達は足が痛くなるまで白い花の前にしゃがみこんでいた。
☆ ☆ ☆
「……大変でしたね。」
アイリンが花柄のカップを手に取りながら静かに口を開いた。
庭を軽く歩いた後、二人でお茶の時間にする。
今が見頃なダリア畑の中央にテーブルと椅子を用意してもらい、花に囲まれながらのティータイムだ。
「でもエイデン様がレイナ様を忘れてしまうなんて……信じられませんわ。」
アイリンが首を軽く振りながら言った。
「反対にレイナ様は、色々と思い出したんですよね。その……昔のお話とか。」
「ええ。おかげで、見た目も変わってしまいました。」
髪の毛に軽く触れながら、つとめて明るく答えた。
「先程アイリン様よりいただいたケーキをお切りしますね。」
ビビアンが運んで来たケーキに目が釘付けになる。
「わぁ、おいしそう。」
茶色の生地にクリームが巻き込まれたロールケーキが分厚く切り分けられ、私の前に置かれた。
「いただきます。」
柔らかな生地にフォークを差し込んで、一口食べる。
「美味しい。」
甘すぎないココアの生地に柔らかな生クリームの甘さがちょうどいい。
クリームの中にごろっと入っている栗の甘露煮がたまらなく美味しい。
「よかったです。」
ケーキに夢中になっている私を見ながらアイリンがクスッと笑った。
「今日レイナ様にお会いして、本当に驚きました。でもレイナ様が変わってらっしゃらないのが分かって何だか安心しました。」
アイリンが嬉しそうに微笑んでくれることがとても嬉しかった。
「……ありがとう。」
何だか胸が詰まって、小さな声しか出なかった。
「私、少し不安だったの……」
そう、とても不安だったのだ。
アイリンは私にできた初めての友達だった。
この髪の毛を見てアイリンの態度が変わってしまったら……
前のように楽しく笑いあえなくなることが不安で仕方なかった。
アイリンがにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。レイナ様は私の大切なお友達ですから。」
「ありがとう。」
もう一度アイリンにお礼を言った。
「エイデン様が忘れてしまったのは、レイナ様のことだけなんですか?」
アイリンの質問に、そうだと返事をした。
「それで、前にアイリン様のお母様がエイデンに送ってくださった本を読んでみたんです。」
先日読んだ『魔法と記憶に関する考察』についての話をする。
「その本でしたら、前にわたくしも読んだことがあります。」
とアイリンが言う。
「確か……自分の持つ魔力以上の魔法を使ってしまった時に、記憶を魔力として使うことがあるんでしたよね。」
「ええ。」
伏し目がちに答える私に、アイリンが悲しそうな声で言った。
「辛いですね。好きな方に忘れられてしまうなんて……」
本当にその通りだ。
少しでもエイデンと交流を持たなくてはと思い、毎日無理やり散歩に付き合ってもらっている。
最近は慣れてきたのか、記憶が失われた当初よりも笑顔が増えていた。
それでも二人きりで並んで歩いても、ただそれだけだった。
時々無性にエイデンに触れたくなって、その手を握ってみる。
喜ぶでも嫌がるでもなく、ただそのまま繋がれているだけの手がとても虚しい。
すぐ隣にいるのに、エイデンとの心の距離はとてもとても遠く感じる。
もっと一緒にいたい……
散歩が終わり、1人で先に城内へと戻るエイデンの背中を見ながら何度そう思ったかわからない。
ずっとこのままなんだろうか?
時々不安に押しつぶされてしまいそうになる。
エイデンがいつか私を見てくれる日がくるのだろうか?
「レイナ様?」
アイリンの呼びかけで、はっと我に返る。
「やっぱり忘れられるのってさびしいですね。」
そう呟く私を元気づけるようにアイリンが言う。
「エイデン様の記憶が戻るよう、わたくしも協力しますわ。レイナ様の記憶だって戻ったんですもの、エイデン様の記憶を戻す方法だってきっとありますよ。」
記憶を戻す方法……本当にあるのだろうか?
確かに私の記憶は戻ったけれど。
考え込む私にアイリンが、
「試しにレイナ様の記憶が戻った時と同じことをエイデン様がやってみるのはどうでしょう。」
と提案してくれる。
いやいや、それは無理でしょう。
アイリンにはエイデンが刺された話をしていないから、私の記憶が戻った時の状況も詳しくは伝えていない。
同じ状況を作るためには、また誰かが刺されなきゃならない。
そんなことはできるはずもない。
それは無理だと告げる私にアイリンが言った。
「エイデン様はあんなにレイナ様のことがお好きだったんですから、きっと大丈夫ですよ。今は素っ気なくても、そのうちまたレイナ様に夢中になりますよ。」
軽やかに笑うアイリンは本気でそう思っているのだろう。
その笑顔に応えるように、私も笑顔を見せる。
「そうなってほしいと思ってるんですけど……」
全く自信がない。
「どうすればエイデンに好きになってもらえるんでしょう?」
私の問いかけに、アイリンはえっ、そう小さく言って固まってしまう。
「……ごめんなさい。」
アイリンが困った顔をする。
「わたくしみたいな恋愛経験のない者が、レイナ様にアドバイスなんてできるわけありませんわ。」
「でもアイリン様は先日の舞踏会でも大人気でしたわ。」
アイリンはアストラスタでの舞踏会で、多くの男性からダンスを申し込まれていた。
「大人気ってそんなことないんですけど……」
少し恥ずかしそうな顔のアイリンはいつもよりも幼く感じて可愛らしい。
「恋愛にはアドバイスできませんが、ドレスやアクセサリーについてはアドバイスできますわ。」
生誕祭で着るドレスを一緒に選ぼうと言ってくれるアイリンに喜んでオッケーする。
「アイリン様が来てくれてよかった。」
こうして楽しく話しているだけで、心が少し軽くなった気がする。
そう言う私に、
「エイデン様が見とれてしまうよう、ステキに着飾りましょうね。」
アイリンが笑って言った。




