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「くそっ。」
エイデンはいらいらしながら机を叩いた。
「陛下……」
かけるべき言葉が見つからない様子で、カイルがたたずんでいる。
レオナルドと私が予感した通り、エイデンの魔力は失われていた。
「ビビアン、お願いがあるんだけど……」
開いたドアから成り行きを見守っていた私は小さな声でビビアンに頼み事をする。
「すぐにご用意しますわ。」
バタバタとビビアンが廊下を走っていく。
よしっ。
気合いを入れてドアをノックする。
「……何だ。俺を笑いにでも来たのか?」
部屋に入ると怯んでしまいそうなほど鋭い眼光を向けられる。
あらまぁ……考え方まで暗くなってらっしゃる。
エイデンの心を掴むどころか、心を開かせることすらなかなか難しそうだ。
「そんなことあるわけないでしょ。」
「じゃあ何しに来たんだ。」
後は任せましたよ。
カイルがそう目配せして静かに部屋から出て行く。
「もちろん心配して様子を見に来たに決まってるじゃない。」
「心配?」
エイデンが、はっとバカにしたように笑う。
「私はあなたの婚約者なのよ。心配して当然でしょ。」
無言でエイデンがぐっと近づいてくる。
その迫力に思わず一歩、一歩ジリジリと後ろにさがる。背中に固いものを感じ、自分が壁際にいるのだと分かった。ドンっとエイデンが私の耳横の壁を叩く。
「心配するふりなんかして、何企んでんだ?」
エイデンの鋭い瞳に見つめらて、まるで金縛りにあったかのように身動きがとれない。
「た、企んでなんか……」
やましいことなんか何もないのに、しどろもどろになってしまった。
「心配してるのは本当よ。」
私の気持ちが少しでも伝わってほしい。
そう願いながらエイデンを半ば睨むようにして見つめ返した。
「……まぁ、どっちでもいい。さっさと出て行け。」
ふいっと目をそらし、エイデンはふぅっと大きなため息をつく。
「私散歩したいんだけど、付き合ってくれない?」
エイデンの背中に向かって声をかける。
「はぁ?」
エイデンは振り向いて心底嫌そうな顔をする。
「俺は出ていけって言ったんだ。何で俺が散歩なんかに付き合わなきゃいけないんだ。」
「私の護衛のウィルは謹慎中なの知ってるでしょ。お陰で私は引きこもらなくちゃいけなくって。」
エイデンの言葉に返事することなく、私は言う。
「あなたは私の婚約者なんだから、付き合うのが当然だと思わない?」
エイデンの返事を待つことなく、その腕に手を回す。
あまりキツイことを言われたら、ギブアップしてしまいそうなので、エイデンに口を開かせないよう、しゃべり続ける。
「さぁ、行きましょう。お昼も庭で食べられるように今用意してもらってるから。」
「おい……」
エイデンを引っ張るようにして部屋を出る。
「はぁ。」
大きなため息が聞こえてくる。
心底面倒だと言わんばかりの顔をしながら、仕方なくエイデンは歩きだした。
☆ ☆ ☆
「……ひどいな……」
焼け跡を見ながらエイデンがポツリと呟く。
本当に……
こんなに焼けてしまったとは知らなかった。
庭に出て、まず向かったのは先日エリザベスにおそわれた場所だ。
私は途中で意識を失ってしまったので、これほど広範囲が焼け野原になっているなんて思ってもみなかった。
二人で焼けた木の前に無言で立ちつくす。
これだけ広い範囲を焼いてしまうほどの魔法を使ったのだから、エイデンの魔力がなくなってしまうのも無理はない。
ただでさえ私の封印やら、山火事やら……エイデンが魔力を使う機会が多すぎだったのだから。
隣に立つエイデンの顔をちらりと見あげる。
その表情からは何の感情も読み取れない。
そう言えば……私はエイデンに大切なことを伝えてなかった。
「エイデン……助けてくれてありがとう。」
「皮肉か?」
ふっと鼻で笑い、エイデンが言った。
「エイデンは覚えてないかもしれないけど、エイデンが助けてくれなきゃ私、死んでたかもしれないわ。だから本当に感謝してるのよ。」
エイデンは何も答えない。
「私を助けるためにエイデンが怪我もしちゃったし、魔法もたくさん使わせちゃったし……ごめんね。」
「……お前は怖くないのか?」
「えっ?」
エイデンがボソっと呟いた言葉がうまく聞き取れなかった。
「いや……なんでもない。」
エイデンが私の方を向き、
「散歩しに来たんだろ? 行くぞ。」
そう言って歩きはじめる。
「あっ、待って。」
急いで追いかける私にエイデンが振り向いて手を差し出す。
「それ昼飯だろ? 持ってやるから貸せ。」
「ありがとう。」
半ば奪い取るようにしてカゴを持つエイデンにお礼を言った。
もしかして……照れてるとか?
早足で歩くエイデンの顔がほんのり染まっている気がして思わずクスッと笑ってしまう。
「何笑ってんだよ。」
「別に。」
笑いながらそう答えて、そっとエイデンの手に私の手を絡ませた。
エイデンは一瞬びっくりしたようだが、その手は振り払われることはなかった。
「ほらさっさと行くぞ。」
私を見る事なく歩きはじめるエイデンの顔は真っ赤だった。
これはこれでなかなか……
胸がきゅんっと、ときめいてしまう。
今までのいつも余裕のエイデンも素敵だったけれど、私の言動に赤くなっちゃうエイデンも何だか可愛らしくてたまらない。
「綺麗だな。」
満開のコスモスが見える場所にシートを引いて腰を下ろす。
「はい、どうぞ。」
卵がたっぷり入った分厚いサンドイッチをエイデンに手渡した。
ビビアンにお願いして、ピクニックの用意をしてもらっていたのだ。
エイデンがパクパクと気持ちが良いほどの勢いでサンドイッチを食べていく。
よかった。
食欲はあるみたいで安心する。
その姿を見て、私もサンドイッチを頬張った。
「この城にこんな庭があるなんて知らなかったな。」
目の前のコスモスを見つめながらエイデンが言う。
「ステキな庭でしょ。」
エイデンと同じように、美しく咲き誇るコスモスに目を向けて言う。
「エイデンが私のために作ってプレゼントしてくれたのよ。」
「俺が?」
信じられないという顔をしているエイデンに頷く。
「私が外に出られない窮屈な生活をしてたから、少しでも自由にできるようにって。」
エイデンが目を丸くしながら私の話を聞いている。
「本当に嬉しかったわ。」
その時のことを思い出すと自然と笑みが浮かんでくる。
「そうか……」
エイデンが私に向かって微かに笑った。
今エイデンちゃんと笑ったよね?
記憶を失ってからのエイデンは人を小馬鹿にしたように笑ってばかりだった。
エイデンが一瞬見せた柔らかな表情に胸が大きな音を立てはじめる。
「……悪いな。お前のこと何も覚えてなくて……」
本当にすまなそうにエイデンが小さく言った。
前にも覚えてないことについて謝まられた時とは全く違う様子を嬉しく感じる。
「仕方ないわ。それより背中の傷の具合はどう?」
エイデンが元気そうでつい忘れてしまいそうになるが、エイデンはけが人なのだ。
「これくらい大したことはない。」
エイデンが言うと強がりなのか、本当に平気なのか判断がつかない。
「……こんな風にのんびり過ごすのもいいもんだな。」
爽やかに吹き抜ける風がエイデンの漆黒の髪の毛を揺らす。
「でしょ。」
エイデンの言葉が嬉しくて顔がほころぶ。
エイデンが右手を前に差し出して目を瞑る。
「やっぱり……もうできないんだな……」
絶望なのか諦めなのか……
ため息と共にそう吐き出すエイデンを見て胸が苦しくなる。
「やっぱり炎の力がなくなったのショックだよね。」
私を見てエイデンは
「そうだな。」
そう答えた。
「まぁ、魔力がなくなったからと言って、何が変わるわけでもないがな。」
フレイムジールでは炎の魔力が一番強い者が王位を継ぐことになっている。
エイデンには魔力がなくなってしまったから、炎の魔力を持つのはレオナルドだけと言うことになる。
そのレオナルドも魔力は有していても炎の力を使うほどの力はない。
なによりレオナルド本人が王になるつもりなんて全くないのだ。
エイデンが王位を追われることはないだろう。
それでも、エイデンの喪失感は大きいにちがいない。
エイデン……
「エイデン、大好きよ。」
「ばっ。」
小さく馬鹿じゃないのかと呟いて、そっぽを向いたエイデンの顔が今までに見たことがないくらいに真っ赤で、思わず笑ってしまった。




