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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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 キュルキュルルー。

 どこかで何かが鳴いている……


 まどろみの中でもう一度、同じ鳴き声と微かな振動を感じる。

 その音の出所が思いあたり、バチっと目をあけ体を起こす。


「レイナ様?」

 驚いた顔をしたビビアンと目があう。

 キュルルルルルー。

 もう一度お腹が盛大な音をたてた。


 恥ずかしくて思わずお腹を押さえる。

 自分のお腹の音で目が覚めるなんて、どんな食いしん坊なんだと自分でもあきれてしまう。


 クスっとビビアンが笑い、

「よかったです。心配したんですよ。」

 と言った。


「いたっ。」

 何があったのか思い出そうとして、頭にズキっと鈍い痛みが走る。

「大丈夫?」

 心配したミアが駆け寄り、体を支えてくれる。


「ありがとう。」

 そう言って頭をあげた瞬間、長い髪の毛がファサリ顔とにかかった。

 それは窓からの光をあび、恐ろしいほどに美しく輝いていた。


「私……」

 ベッドから飛び降り、姿見の前に立つ。

 鏡の中の私は綺麗なセピア色の瞳で私を見つめ返してくる。


「私、私は……」

 どうして忘れていたんだろう。

「私は、レイナ ガードランドよ。」

 銀白色に輝く髪の毛が風で微かに揺れた。


「レイナ?」

 心配そうな顔をして私を見つめるミアと、鏡の中で見つめあう。


「全部思い出したわ。」

 振り向いてビビアンとミアに告げる。

 二人が息を飲むのが分かった。


 そう全部思い出した。

 エイデンと初めて会った時のことも。山火事の時に力を使って、二度目の記憶をなくしたことも。


 そしてエイデンが刺されたことも……

「エイデンは? エイデンはどこ?」

 大丈夫なのだろうかと心配する私を落ちつかせながら、ビビアンがエイデンの部屋へと案内してくれる。


「レイナ……目が覚めたんだね。」

 エイデンの側に座っていたレオナルドがほっとしたように言った。


「エイデンは?」

 レオナルドの横に立って、エイデンの顔を見る。

 その顔は穏やかだったが、真っ白でドキッとする。

「大丈夫なの?」


 レオナルドは私を安心させるようににっこり微笑んだ。

「出血が多くてね。かなり危なかったんだけど、なんとか持ち直したよ。」

 今は眠ってるだけで、命の心配はないと聞いて体中の力が抜けていく。


「よかった……」

 安心してへたっと絨毯の上に膝をついてしまう。

 レオナルドが手を引き、椅子に座らせてくれる。


「たださっきも言った通り出血が多かったから、元通りに生活できるようになるには時間がかかるかもしれない。」

 レオナルドは心配そうにエイデンを見つめている。


「でも命に別状がなくて本当によかった。」

 レオナルドがそうだねと呟いて、そっと私の頬に触れた。


「あっ。」

 自分でも気がつかないうちに泣いていたのだ。

「レイナも丸2日眠っていたんだ。お腹も減ってるだろう? 一緒に昼食をとりながら、話をしよう。」

 レオナルドの笑顔はとてもあたたかかった。




  ☆ ☆ ☆




「はぁ……お腹いっぱい。」

 クラムチャウダーを4杯平らげ、満足して食後の紅茶を楽しむ。


「レイナが変わってなくて安心したよ。」

 クスクスとレオナルドが笑う。

 つられて私も笑顔になる。


「それで、記憶は全部戻ったんだね。」

 部屋には私達の他にビビアン、ミア、カイルとマルコが集まっていた。


 私は静かに頷く。

「エイデンが倒れたのを見たら急に体が熱くなって。気がついたらこうなってたみたい。」

 銀白色の髪の毛を触る。


「もう一度封印するかい?」

 レオナルドの問いかけに首をふる。

「せっかく思い出したんだし、このままでいるわ。それよりも……」

 私は気になっていたことを尋ねた。


「エリザベスはどうなったの?」

 私に刃物を向け、エイデンを刺したあの少女がどうなったのかが気になっていた。

「無事捕まえたよ。今度こそは逃がさないように、しっかり見張りをつけて閉じ込めてあるよ。」


 他の男達も皆捕まったと聞いて安心する。

「エリザベスはエイデンの事が本当に好きだったのね……」

 だから私が邪魔で襲おうとしたのだろう。


 それ自体は許せない事だが、誤って好きな人を傷つけてしまうなんて。きっと今頃苦しんでいるにちがいない。そう思うと何だか胸が苦しくなってくる。


「エリザベスがしたことは重大ですが、エリザベスの協力者がまた厄介で……」

 カイルが困ったような顔をする。


 そう言えばエリザベスには協力者がいるって前に言ってたっけ。

 逃げる手助けや、逃亡中の隠れ場所の手配をした人がいるはずだ。


 しかもエイデン達が必死でエリザベスを探しても見つからなかったのだから、かなりの大物が関わっているのではないかとエイデンは言っていた。


「その協力者って誰だか分かったの?」

「レイクスターのジャスミン姫です。」


 思ってもみなかった名前が出てきて驚いてしまう。

「何で?」

 思わず変に高い声が出た。

 どうしてジャスミン姫が私を襲う協力をするの?


「多分クリスティーナ様のためだと思います。」

「ジャスミンはクリスティーナの信奉者だから……クリスティーナのためにレイナを消したかったんじゃないかな?」


 アストラスタで会ったジャスミン姫はたしかにクリスティーナ様に心酔しているように見えたけど、そのために私を襲うなんて……


「それでジャスミン姫はどうなるの?」

 エリザベスと一緒に捕まるのだろうか?


「……さずがに一国の王女を今の状況で捕まえるわけにはいきませんね。」

 証拠も少ないですし……

 頭が痛いとカイルがため息をつく。


「一応しっかり抗議はしとくから、レイナは安心して大丈夫だよ。」

 ありがとうとレオナルドにお礼を言う。


「そういえば、ウィルの姿が見えないんだけど。」

 かなりの人数の男達を相手にしていたから、怪我などしていなければいいけど……


「ウィリアムは無事だよ。だだ今はエリザベスのことがあるから……領地に帰って謹慎になってるよ。」


「それじゃお礼が言えないわね……」

 自分が守っている人物を妹が襲ったのだ。

 辛くないわけがない。


「大丈夫だよ。」

 レオナルドが明るい声で言う。

「エリザベスの処遇が決まればまた呼び戻すから。」


「助けてくれたクロウにもお礼を言っといてね。」

 レオナルドの黒ずくめの影の存在も思い出す。

 あの時はクロウのこと忘れてたから、正直敵か味方かよく分からなかった。

 でも彼がいなかったら、私は連れ去られていただろう。


「言っておくよ。」

 レオナルドがにっこり笑った。


 はぁ……

 何だか色々あって頭がいっぱいだ。

「エイデンはいつ目が覚めるかしら?」


「早く目覚めていただかないと困ります。」

 カイルがメガネを直しながら厳しい顔をする。

「陛下が刺されたなど、他国に知られるわけにはいきません。ですから生誕祭も予定通り行う予定です。」


 どうして毎年生誕祭に問題が起こるのだとカイルがぶつぶつと独り言のように言う。

 その原因が私にもあるので、何も言えない。


「まぁ、いざとなったら私がエイデンの真似をすればいいわけだし、何とかなるさ。」

 とレオナルドが言う。

 何とか……なるような気が全くしなくて、思わずカイルの方を見る。


 カイルがニヤリと笑った。

「その場合は陛下らしい振る舞いをビシバシ叩き込むので覚悟しておいてください。」


 えっと呟いて、すでに及び腰な様子のレオナルドに思わず笑ってしまった。

「私はエイデンの所に行ってるから、レオはカイルのスパルタ頑張って。」


 部屋を出てエイデンの元へ向かった。

 眠ったままのエイデンの手をそっと握る。

 なんて冷たいの……

 いつもは温かな手が、今は指先までひんやりとしている。


「エイデン、早く起きてよ。私……エイデンと話したい事がたくさんあるの。」

 私思い出したのよ。

 あなたと初めて会った時のことも、あなたの前で初めて力を使った時のことも、二度目、三度目のはじめましてのことも……


 よくもまぁ何度も記憶をなくして、エイデンに迷惑をかけたことだと自分でもおかしくなってしまう。

 見捨てないでくれたエイデンに感謝だわ。


 ベッドに腰掛け、エイデンへと手を伸ばす。

 そっと冷たい頰に触れる。

「エイデン……」


 ピクっと微かにエイデンの眉が動いた。

 もしかして聞こえてるの?

「エイデン、起きて。」

 もう一度、今度ははっきりとした声で呼びかける。


 エイデンが、うっと苦しい表情をしながら上半身を起こす。

「よかった……」

 嬉しさのあまり、エイデンに飛びつきがっちりした背中に手を回す。


 本当によかった。

 エイデンの胸に顔を押し当てる。


「いたっ。」

 突然手首を掴まれひねられた。

「エイ、デン?」


 そのままベッドに抑えつけられながら、両手首をひねりあげられる。

 背中を押さえられて身動きがとれない。


「誰だお前は?」

 痛みで歪んだ視界の端に、恐ろしいほど冷たい瞳で私を見下ろすエイデンがうつった。

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