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「散歩に付き合ってくれてありがとう。」
隣を歩くウィリアムは優しく笑う。
「今日も気持ちのよい日ですね。」
高くなった秋の空を見上げるウィリアムの髪の毛は、太陽の光で輝いてとても綺麗だ。
そう言えば、とウィリアムが言う。
「生誕祭が終わったら、温泉に行かれるそうですね。」
「そうなの。今から楽しみよ。」
先日馬に乗りたいと言った結果、エイデンが選んだ行き先がフレイムジールの国境付近にある温泉だったのだ。
「ウィルは行ったことあるの?」
ええ、そうウィリアムが答える。
「とても美しい場所ですよ。」
そうなんだ……早く行きたいな。
でもその前にある生誕祭をきちんとこなさないと。
今日ウィリアムに散歩に付き合ってもらったのは、エイデンへのプレゼントを相談するためだ。
レオナルドに相談しようかとも思ったけれど、レオナルドも誕生日なのだから何だか相談しにい。
もちろんレオナルドにもプレゼントはするつもりだが、エイデンへのプレゼントの方が重要すぎて決められない。
「陛下はレイナ様からのプレゼントなら何でも喜ばれるのではないですか?」
そう言うウィリアムに、
「そうなのよ。」
力いっぱい答える。
だから決められないのよ。
「ウィルなら年も近いし、何かいい案がないかなって思って。」
そうですね〜とウィリアムが考えこむ。
「陛下は何でも持っておられるので、難しいですね。」
二人であれでもない、これでもないと頭を悩ませる。
「そうだ。マッサージとかはどうでしょう?」
ぽんっと手を打ってウィリアムが言う。
「マッサージ?」
「そうです。マッサージです。前にレイナ様がレオナルド様に足のマッサージをして、陛下がやきもちを焼いたという話を聞いたことがあります。」
そんなことがあったの?
マッサージは確かに自信がある。
小さい頃、母と隠れ住んでいた時によく母にしてあげたのだ。
母がとても喜んでくれるので、色々工夫していたなっと思い出す。
「マッサージならできないことはないけど……そんなものでいいのかしら?」
誕生日なんだしもっと特別なものじゃなくてよいのかと不安になる。
「何か買うよりも、きっと喜ばれますよ。」
ウィリアムに言われると何だかそんな気がしてきた。
「そうね。じゃあマッサージ券でも作ろうかしら。」
ウィリアムがにっこり微笑んだ。
「ありがとう。ウィルに相談してよかった。あとレオのプレゼントの買い物にもついて来てもらえるかしら?」
「もちろんです。レオナルド様には……」
ウィリアムの言葉は大きな爆発音によってかき消された。
「な、何……今の音?」
どこかで何かが爆発したのだろうか?
まさか……爆弾?
風にのって、微かに火薬の匂いが流れてくる。
なんとも言えない不安が胸に溢れた。
「レイナ様。こちらへ。」
ウィリアムが私を背後に隠したまま、庭の端の方へ移動する。
「レイナ!」
不意に上から声がして空を見上げる。
「レイナ、大丈夫か?」
3階の窓からエイデンが乗り出しているのが見え、少しだけホッとする。
無言で何度も頷くと、エイデンはホッとした顔をした。
「すぐに行く。ウィリアム、それまで頼むぞ。」
「……レイナ様、離れないでください。」
ウィリアムは緊張したような声を出す。
「誰かがこちらへ来ます。」
誰かって誰?
エイデンが来るのには早すぎる……
剣をいつでも抜けるよう手をかけているウィリアムの姿に緊張が一層高まった。
「見つけたぞ。」
そう言いながら体格の良い男達がバラバラと現れる。
「今度は失敗すんじゃねぇぞ。」
リーダーらしい男の言葉と共に、男達がこちらに向けて走りだす。
ウィリアムが私を庇いながら応戦する。
「くっ。」
ウィリアムの息遣いが荒くなっていく。
明らかにこちらが不利だ。
「んー。」
突然口元をふさがれる。
「レイナ様!」
ウィリアムが前からの敵に応戦している間に、いつのまにか後ろにいた男に体を引きずられる。
いやだと思った瞬間に、男が倒れこんだ。
全身黒ずくめの男が私を起き上がらせる。
誰?
助けてくれたの?
「レイナ様、こちらから早くお逃げください。」
助けてくれたその男の指示に従い庭の奥へと逃げていく。
庭の奥まで逃げて立ち止まる。
ウィリアムと黒ずくめの男が防いでくれているからか、追っ手はきてないみたいだ。
はぁと一息つきながら、これからどこへ逃げたらいいのか考える。
「エイデン……」
怖くてたまらず、思わずエイデンの名前を小さな声で呼ぶ。
あの男達は私を狙っていた。
どうして……?
逃げるべきか、隠れるべきか必死で考える。
「……レイナ様?」
突然木の影から可愛らしい声が聞こえてくる。
誰?
逆光でよく見えない。
後ずさりしながら様子をうかがう。
「レイナ様、お久しぶりです。」
小柄な少女がにっこりと笑う。
誰?
「……記憶がないってお話は本当なんですね。」
金色の柔らかな髪の毛をたなびかせながら、少女が一歩ずつ近づいて来る。
確かに私はこの子のことは全く知らない。
だけど私の本能が彼女に近づくのは危険だと報せている。
少女の綺麗なブルーの瞳から目が離せない。
「あなたは誰なの?」
後ろに一歩下がりながら尋ねる。
「……」
少女はにっこり笑ったまま答えない。
その手にキラリと光るものを見つけて、はっとする。
もしかして、ナイフ?
少女が一歩、一歩と近づくのに合わせて、一歩ずつ後ずさりする。
トンっと背中に硬さを感じる。
とうとう壁までさがってしまったのだ。
ふふっと可愛らしく口元に手を当て少女が笑う。
「レイナ様、ごきげんよう。」
走り出した少女を見て息がとまる。
もうダメだ……
思わず目を閉じた。
「レイナー!」
悲鳴に近い叫び声と共に体をがっちりと掴まれる。
えっ?
驚いて目を開けると、目の前でエイデンがゆっくりと倒れこんでいく。
さっと腕を伸ばして抱き抱えようとするも、私の力では支えきれず、二人で芝生に倒れこむ。
「私、私……」
赤く染まった両手を見つめながら少女が呟く。
「こんなはずじゃなかったのに……」
カツンとナイフが少女の手から滑り落ちた。
「エイデン。」
必死でエイデンの体を抱える。
「……っ。」
エイデンの体に触れた部分が赤く染まっていく。
「エイデン。」
私の呼びかけにエイデンが力なく微笑んだ。
「レイナ……間に合ってよかった。」
私の膝の上に横たわったまま、エイデンは私の頬に優しく触れる。
その手に必死でしがみつく。
どうしよう……
エイデンの血がこんなに……
涙が頬を伝ってエイデンの頬へと落ちた。
「泣くなよ。俺は大丈夫だから……」
ふっとエイデンが軽く笑う。
「エイデン……」
お願いエイデン、死なないで。
誰か、誰か助けて……
うっとエイデンの顔が苦しそうに歪む。
その瞬間にあたり一帯が火に包まれた。
「レイナ……愛してるよ。」
エイデンが小さな声で言った。
「エイデン、私も愛してる。」
エイデンが今までで一番幸せそうな顔をして笑った。私に触れていた手がだらんとさがる。
「エイ、デン?」
瞳を閉じたままのエイデンに必死に呼びかける。
「エイデン、エイデン!」
やだ……目を開けてよ。
私達を取り囲む炎はパチパチと音を立てて燃え広がっていく。
「いや、いやだよ。エイデン、死んじゃいやだよ。」
エイデンのキレイな顔に触れながら呼びかける。
「エイデン、お願い、一人にしないで。」
涙はとまることなく溢れてくる。
もう涙でエイデンの顔もよく見えない。
「あぁー!」
叫びと共に頭を抱えて空を仰ぐ。
悲しみが抑えられず、意識が飛んでしまいそうだ。
体が燃えるように熱い。
エイデン……
パリンとどこかで小さな音がした。
何かが体に流れこんでくる。
「いやーっ。」
あまりの熱さに思わず声をあげる。
「レイナ……」
遠くでエイデンの優しい声が聞こえた気がして目を閉じた。
エイデン、お願い行かないで……
私の意識はそのまま闇の中に沈んで行った。




