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「あー、あいつがレイナに何かしたら、あいつの国ごと燃やしてやる。」
落ちつかず部屋の中をイライラと歩き回る。
「大丈夫だから少し落ちついたらどうだい?」
ソファーに座って足を伸ばしながらレオナルドが言う。
「アダムがレイナを口説くとしても、いつもみたいな軽いやつだから……」
「お前がアダム王子なんか呼ぶからこんなことになってんだろ。」
怒りの矛先がレオナルドに向かう。
「それは……エイデンがレイナを喜ばしたいって相談してきたからじゃないか。私達じゃいい案が出ないから、女心に詳しいアダムに声をかけたんだよ。」
レオナルドに悪びれた様子は全くない。
「……相談する相手を間違えたみたいだな。」
誰にも聞こえぬくらいの声でボソッと呟いた。
「それにしても……あれはないんじゃないかい?」
外に目をやりながらレオナルドが笑う。
「いくらなんでも不自然だよ。」
アダムがレイナと話したいと言ってきたのは1時間ほど前のことだ。
何とか二人にさせるのは避けたいと、自分も同席させるよう頼んだが、断られてしまった。
それならば少しでも様子が分かるようにと、執務室から見渡せるレイナのプライベートガーデンを会場にしたのだ。
「仕方ないだろ。あまり離れた場所だとよく見えないんだから。」
こちらからはよく見えて、庭からはこちらがのぞいているのが分からないような場所にテーブルのセットをした。
「レイナが来たみたいだよ。」
外を覗くと、テーブルの置かれた場所に戸惑った様子のレイナが見えた。
「わざわざお洒落なんてする必要ないのに……」
レイナは普段黄色やオレンジなど気分が明るくなる色や、ピンクなど可愛らしい服を好んでいる。
今も白とピンクのグラデーションの、華やかなドレスを着ていた。
「レイナは今日も可愛らしい格好してるね。特に胸元がいいね。」
「胸元って……お前どこ見てんだよ。」
「エイデン、何怒ってるんだい? 胸元に花が沢山ついていて綺麗だって言ってるんだよ。」
「……お二人とも……あまり声を出すと気付かれてしまいますよ。」
カイルの言葉にレオナルドと二人で息を潜める。
「全く……フレイムジールの王と大臣が揃いも揃って覗きとは……」
ぶつくさと文句を言いながらも、何だかんだと俺の希望を叶えてくれるところがカイルらしい。
「……アダムがあんな顔して笑うの初めて見たな。」
レオナルドがポツリと呟く。
庭の二人は楽しそうにパイを食べている。
「いつもカッコつけたような笑顔ばかりだけど、あんな無邪気な顔もできたんだな〜。」
アダムを見るレオナルドもなんだか嬉しそうだ。
「だいたいお前はなんであんな女ったらしと仲良いんだ?」
レオナルドの友達関係に文句をつけるつもりはないが、正直アダムにはいいイメージは持っていなかった。
アダムとは舞踏会で何度も会ったことがある。
いつ見ても令嬢達に囲まれて笑っているアダムを見て、何が楽しいのだろうかと不思議だった。
特定の相手を持たず、その場限りの恋愛を楽しむという考えが俺には理解できない。
「んー、似たもの同士だから、かな。」
レオナルドの答えに首を傾げる。
「は? お前とアダム王子のどこが似てるんだ?」
「……誰からも必要とされてない所かな……」
小さな呟きに思わず手がとまる。
「あっ、ほらあれだよ。」
何かを誤魔化すように慌ててレオナルドが言う。
「私もアダムも王族なのに魔法が使えないだろ。それに国政にも関わってなかったから、気楽でね……それが親しくなったきっかけかな。」
努めて明るく語るレオナルドの胸の内を思う。
普段は感じないけれど、レオナルドの中にも俺と同じように闇があるのかも知れない。
俺は小さい頃誰からも愛されなかったことで抱えている闇がある。
今はレイナのおかげでその闇は影を潜めているが、レオナルドは?
レオナルドは魔法が使えないことで小さい頃から王になる資質なしとみなされていた。
俺が王となってからは遠慮したのか、しばらく国に寄り付きもしなかった。
誰からも必要とされていない……
もしかしたらそれがレオナルドの本心なのかもしれない。
「あっ、茶会が終わりそうだよ。」
レオナルドの声で、はっと我に帰る。
外ではアダムがレイナに手を差し出していた。
やっと終わると安心した瞬間、目を疑った。
「はぁ?」
思わず大きな声が出て、レオナルドにシーっと注意される。
「なんだよ、あれ。」
アダムがレイナを引き寄せ二人が見つめあっている。
何でレイナは離れないんだ。
怒りにも似た感情が胸に浮かんでくる。
アダムが一瞬こちらを見て笑った。
「!!」
アダムがレイナのおでこに口をつける。
「あんのクソ王子! 俺が見てるの分かって、やってやがる。」
一瞬本気で燃やしてやろうかと思うが、何とか気持ちを落ちつかせた。
この怒りどうしてくれよう。
庭から出るアダムと、呆然とそれを見送るレイナの背中を見ながら手を握りしめた。
☆ ☆ ☆
「やだ、エイデン。痛いよ。」
俺の手から逃れようとするレイナを押さえつける。
「ねぇ、何でこんなことするの?」
何でって……
「消毒に決まってるだろ。」
嫌がるレイナのおでこをゴシゴシと容赦なく拭いていく。
「よし。」
もぅ……っとむくれるレイナを解放する。
「一体何だったの?」
おでこを押さえながら、レイナが不愉快そうな顔をする。
「だから消毒だって。アダム王子にキスされただろ?」
何で知ってるの? とレイナが微妙に赤くなった。
そんな顔するなんて、気にいらないな……
もちろん覗いて見てたなんて恥ずかしくて言えるわけもなく、聞いたからだとレイナには答えておく。
「慌ただしかったわね……」
キスの件には触れず、レイナがしみじみとそう言った。
「ああ、ホントにな。」
二人で顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出した。
アダムはレイナとの茶会が終わるとバタバタと帰って行った。
今はレイナと二人、ソファーに座りまったりとした時間を過ごしている。
「アダム王子が来たのって、エイデンが私を喜ばすための相談をするからだって聞いたんだけど……本当なの?」
レイナのくりっとした瞳が真っ直ぐ俺を見つめている。
うまく誤魔化すこともできそうにないので、
「俺はレオナルドとカイルに相談したんだ。そしたらレオナルドがアダム王子に声をかけたんだ。」
と説明する。
レイナが目を細めておかしそうに笑った。
「何だか疲れちゃったけど、エイデンの気持ちはとっても嬉しいわ。」
隣に座るレイナの可愛らしい手をそっと握る。
「それで……俺はどうやったらレイナを喜ばせることができる?」
そんなの別にいいのにと言ってきかないレイナに、
「レイナが教えてくれなきゃ、またレオナルドに相談するかな。そしたら次は誰が来るのやら。」
と言ってみる。
レイナがクスッと笑う。
「うーん。」
口元に人差し指を当て、レイナが少し考える。
「馬。」
不意にレイナがそう発する。
「馬?」
うん、とレイナが頷く。
「前に乗せてくれたでしょ。とっても気持ちよかったから、またエイデンと一緒に乗りたいな。」
そんなことならお安い御用だ。
明日にでも遠乗りに出かけよう、そう提案する俺に、レイナが慌てる。
「生誕祭が終わってからがいいわ。そうじゃないと、カイルの小言が気になってのんびりできないもの。」
それもそうだとつい笑ってしまう。
「じゃあ、生誕祭が終わったらだな。」
「うん。約束ね。」
レイナがにっこりしながら小指を出す。
「ああ、約束だ。」
二人で指切りをする。
「ねぇ、エイデン。」
「ん、何だ?」
何だか言いにくそうなレイナの様子が気になる。
「あのね……私もエイデンの誕生日に何かしたいんだけど……何か欲しいものとかないかな?」
欲しいものか……
そんなものは一つしかない。
ふっと微笑んでレイナの頬に優しく触れる。
「俺が欲しいのはレイナだけだよ。」
かぁっとレイナが赤くなる。
「えっと……そうじゃなくて、誕生日プレゼントの話なんだけど。」
あわあわしているレイナが本当に可愛くて、思わずもっと慌てさせたい衝動にかられる。
「プレゼントはレイナがいいな。」
レイナの耳元でそっと囁く。
「あの、それは……」
「俺の言ってる意味分かってる?」
さっきよりも一段と真っ赤になったレイナは、今にも顔から湯気が出てきそうだ。
軽くパニックになりながら、
「そういうのは結婚してからじゃないと……」
と言うレイナは恥ずかしいのか、俯いたまま俺の視線から逃れようとしている。
本当に可愛くてたまらない。
俺が欲しいのはやっぱりレイナだけだ。
レイナが俺を愛してくれれば、俺はそれだけで世界一幸せだ。
「エイデン……」
レイナの柔らかな唇が俺の唇に触れた。
「今はこれで我慢してね。」
恥ずかしさを我慢したような表情がたまらなくなり、レイナの唇を奪う。
レイナを困らせようと思ったのに、結局俺の負けだな……
「愛してるよ。」
レイナのしなやかな体ををしっかりと抱きしめる。
俺の腕の中で幸せそうに微笑むレイナを見つめる。
この笑顔が何よりのプレゼントだよ。
ありがとう。
レイナの頭にそっとキスをした。




