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「えっ? ここなの?」
ガーデンのレンガ路に用意されたテーブルと椅子を見て驚く。
「せっかくマリーゴールドとサルビアが綺麗に咲いてるのに、何もこんな端じゃなくっても……」
「申し訳ありません、レイナ様。エイデン様からこちらに用意するようにと言われてまして……」
アダムとのお茶に付き合うよう言われたのは30分前のことだった。
バタバタと着替えをし、外に出て来てみたものの、なぜか庭の美しい場所ではなく、城に近い端の部分で茶会の用意がされていた。
「レイナ姫。」
声のする方を見ると、アダムがマルコに連れられて来る所だった。
「……いつもこんな変わった場所でお茶してるのかい?」
アダムはテーブルセットの置かれた場所を見ながら、興味深そうにあたりを見回している。
「いつもというわけでは……」
こんな眺めの悪い場所でお茶をしたことなどないが、正直に言うのも躊躇われる。
「申し訳ありません。急だったもので……」
ビビアンがアダムに頭をさげる。
全く気にしてない様子でキョロキョロしていたアダムがニヤリと笑った。
「これはこれで、なかなか面白いよ。」
そう言って私の椅子を引き、座らせてくれる。
自らも私の向かい側の席に座り、お茶を差し出すビビアンにお礼を言う。
その一連の動作はスマートで美しかった。
「急に呼び出して悪かったね。」
カップを置きながらアダムがそう言った。
「いえ……」
昨日エイデンやカイルから言われた言葉を思い出して、何だか緊張してしまう。
「せっかくだから、レオも一緒の方が良かったんじゃありませんか?」
私の言葉にアダムは微笑む。
「お邪魔虫はいらないよ。やっと二人きりになれたんだから。」
どうしよう……
なんて言葉を返したらいいのか分からない。
とりあえず側にビビアン、庭の少し奥にウィリアムの姿を確認してなんとか気持ちを落ち着かせる。
大丈夫、本当に二人きりってわけじゃない。
「前から君に会いたいと思っていたんだよ。思っていた以上に可愛らしいんでびっくりした。」
そう言いながら、アダムが私の手に軽く触れた。
びっくりして慌てて手をひっこめる。
私を見つめながらアダムがふっと笑う。
「本当に可愛いね。」
何だろう……?
可愛いって言われたのに全く嬉しくない。
それどころか鳥肌が立つようなゾワゾワ感がある。
エイデンが私のことを可愛いと言ってくれると、とても幸せな気持ちになるのに……
それはきっと、エイデンが本当にそう思って言ってくれているからだろう。
今のアダムに嫌悪感を抱くのは、アダムが決して私を可愛いと思っているのではなく、ただ口先で言っているのを感じるからなのかもしれない。
「ありがとうございます。」
そう言って、とりあえずにっこり笑う。
「エイデン王とはどうなの? うまくいってる?」
「はい、とても仲良くしてます。」
ラブラブです……アダムの問いかけにそう答えようかとも思ったが、さすがに恥ずかしいのでやめておく。
「それは良かった。」
アダムが真面目な顔で見つめてくる。
「心配してたんだよ。エイデン王の元婚約者と会ったっていう話を耳にしたから。」
大国会議の晩餐会の話をレオナルドから聞いたのだろうか?
「エイデン王も酷い男だよね。元婚約者がいる場所に君を連れて行くんだから。」
「エイデンはクリスティーナ様がいらっしゃるのを知らなかったみたいなので、仕方ありませんわ。」
「……レイナ姫は優しいね。エイデン王の婚約者にしておくのはもったいないよ。」
アダムが体を前のめりにしながら手をのばす。
その手が私の髪の毛に触れた。
「好きになってしまいそうだと言ったら、君は困るかい?」
「困ると言うより、迷惑です。」
間髪入れずにそう答える。
もちろん顔は笑顔のままだ。
アダムは私の返事に驚いた顔をして、髪の毛に触れていた手を離す。
「迷惑か……」
アダムが小さく呟く。
気まずい空気が二人の間を流れていく。
アダムが距離をつめてくるのが嫌で、つい本音を言ってしまった。
どうしよう……今更何てフォローしたらいいの……
頭の中は軽くパニック状態だ。
コトン。
「アダム様からパイをお土産にいただきました。」
絶妙なタイミングでビビアンが切り分けたパイのお皿を私達の前へと並べた。
「美味しそう。」
思わず声が出てしまう。
アップルパイかしら?
表面のツヤツヤがとてもいい感じだ。
「気に入ってもらえればいいんだけど。」
手を組んで私を見つめるアダムを見て
「いただきます。」
そう言ってフォークで一口、口へと運ぶ。
「んんーっ。」
思わず頬に手がいってしまう。
「美味しい。」
ただのアップルパイではなく、中にスイートポテトも入っている。
甘酸っぱいりんごと、甘くて滑らかなさつまいもが絶妙のバランスだ。
「気に入ってもらえたかな?」
「はい。すごく美味しいです。」
クククっ。
突然アダムがおかしそうに笑い始める。
「あの……アダム様?」
今のやりとりのどこに笑うところがあったのかしら?
分からなくて首を傾げる。
「いや、すまない。」
まだ笑いがおさまらない様子で、
「君があんまり可愛いいから。」
つい笑ってしまったのだとアダムが謝る。
「さっきまでは感情のこもらない固まった笑顔だったのに、パイを食べたとたんにこの笑顔だからさ。」
アダムの言う通り、さっきまでは一生懸命作り笑いをしていた。
パイを食べたとたんに思わず顔が緩むなんて、何だか恥ずかしい。
「結構ショックだよ。」
言葉とは裏腹にアダムの口調は明るい。
「二人でお茶をして、私に夢中にならずにパイに夢中になる女性なんて今までいなかったからね。」
そう言われて改めて目の前にいるアダムを見つめる。
たしかにキレイな顔立ちよね……
肩まである軽くウェーブのかかった真紅の髪の毛は、軽く後ろで束ねてある。
顔にかかるおくりげが何だか妙に艶っぽい。
独特の品の良さを感じられる顔には、意思の強そうな瞳が輝いていた。
これだけの人に、可愛いって何回も言われたら、夢中になってもおかしくないなと実感してしまう。
でも私は……
「ごめんなさい。私、イケメンに耐性があるので。」
へっ? とアダムが一瞬キョトンとした顔をする。
その顔がさっきまでの色気を醸し出すものとは違い、子供のようで思わずクスリと笑ってしまう。
「私はエイデンとレオ、あとあそこにいる護衛のウィルの顔を毎日見てるから、アダム様に少し口説かれたくらいじゃのぼせたりしません。」
振り向いてウィリアムの姿を確認したアダムが納得したように頷く。
「残念だな。レイナ姫が私に心動かされたら、エイデン王がどんな顔するのか見ものだったのに。」
アダムは楽しそうな声をあげて笑った。
「……エイデンのこと、お嫌いなんですか?」
アダムはお皿に残っていたパイを口に運びながら言う。
「嫌いだな……」
はっきり嫌いだと言われてしまって、何と返事をしていいのか分からない。
「私はね、自分より男前とかモテる男は皆嫌いなんだ。」
困っている私にニヤリと笑いながらアダムが言う。
ほっとして思わず笑みが浮かぶ。
「そうなんですね。」
そうだと言いながらアダムも笑う。
「だからエイデン王のことは大嫌いだよ。」
言葉とは違い目元はとても優しい。
「エイデンって……やっぱり人気があるんですか?」
前の婚約者のクリスティーナは、まだエイデンのことを好きみたいだったことを思い出す。
二人のカップに新たに紅茶が注がれていく。
湯気のたつカップを持ち上げながら、
「そりゃあね。」
とアダムが答える。
「あのルックスだけでも目を惹くのに、あの若さでこのフレイムジールの王だから、嫌になるほどモテるよね。」
イタズラっ子のようなニヤニヤ顔でアダムが私の顔を覗きこむ。
「心配になったかい?」
「大丈夫です。エイデンのこと信じてますから。」
考える間もなく即答する。
もちろん心配がないわけではない。
でもエイデンはいつも私を真っ直ぐに愛してくれている。だから私もエイデンを信じなくちゃ。
「それは残念。私の付け入る隙はなさそうだね。」
「はい。全くありませんよ。」
二人で顔を見合わせて声を出して笑った。
「さぁ、そろそろ戻ろうかな。きっと今頃君の婚約者がイライラしてるだろうから。」
そう言いながらアダムが立ち上がる。
「今日はありがとう。」
そう言って差し出された手を握る。
「こちらこそありがとうございました。」
握り返された手をぐいっと引き寄せられる。
えっ?
見上げると、アダムの顔が真上にあった。
「アダム王子?」
「いいこと教えてあげるよ。」
アダムが私の耳にそっと囁く。
「エイデン王はね、君喜ばすために色々考えてるみたいだよ。」
至近距離で二人の視線がぶつかる。
「私をですか?」
アダムが小さく頷く。
「クリスティーナ姫のことで君を傷つけたから、何かしてあげたいって思ってるんじゃないのかな。」
それでレオナルドから、女性の気持ちに詳しい自分に声がかかったのだとアダムは言った。
エイデンがそんなことを……
そうだとしても、相談する相手を間違えてるんじゃないかしら。
そんなことをぼんやり考えていると、アダムがちゅっと私のおでこに軽くキスをした。
「相談料と出張費でもらっておくよ。」
そんなのエイデンからもらってよ……
そう心の中でつぶやきながら、立ち去るアダムの背中を苦笑しながら見つめていた。




