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何だか皆に見られている気がする……
気合いを入れてパーティー会場に乗り込んだはいいが、皆の視線やヒソヒソ話す様子にいたたまれなくなってきた。
もう帰りたい……
「ものすごくお綺麗ですよ。」
ミア達の努力によって仕上げられ、皆に拍手で送りだされた。エイデン付きの侍女達も満足そうにしている。
「レイナ様の健康的な肌の色によく合います。」
日に焼けた私にもあうようにと、彼女達が選んでくれたのは黄色い、フリルがたくさんついたドレスだった。明るい黄色は私の気持ちまで明るくしてくれる。
大丈夫、大丈夫……絶対に大丈夫。
自分に言い聞かせるようにして会場内を進んでいく。
エイデンはどこかしら?
「エイデン様も惚れ直すこと間違いなしですわ。」
ビビアンの言葉を思い出し、何だかむずがゆくなる。もともと惚れてないのだから、惚れ直すってのはおかしい気もするけれど。
エイデンは何て言うかしら? 少しは褒めてくれるかしら? 期待と不安の入り混じった気持ちでエイデンの姿を探す。
「あの……」
ふいに見知らぬ男性から声をかけられる。
「踊っていただけませんか?」
えっ? 踊り? 踊りはまずい……
踊り方はさっきカイルから一応説明は受けてきた。
でもだからといって簡単に踊れるわけはない。
踊りに誘われるなんて思ってもいなかったから、断り方も教わっていない。
困っていると横に一人の男性が現れた。
「困ってらっしゃいますよ。よければ私とあちらで一杯いかがですか?」
「いえ、私と……」
新たに一人加わる。
あれよあれよと6人の男性に囲まれてしまった。
馬鹿にされないようにとだけ考えていたので、この状況は想定外だ。
男性に言い寄られるのは初めてだけど、嬉しいというよりは怖いわ。
冴えないメイドを短時間でここまでに仕上げてくれる、王宮の侍女おそるべし。
「レイナ。」
後ろから聞き覚えのある声が響く。
その声の主が分かるやいなや、私を取り囲んでいた男性達は道をあけた。
「エイデン……」
エイデンの顔を見た瞬間ほっとした。
「行くぞ。」
私の手をとりホールに向かって歩き出す。
「えっ、私踊りは……」
「大丈夫だ。俺に任せておけ。」
力強い言葉にドキッとする。
周りの人々の視線が気になって踊りに集中できない。
どうしよう……踊れないってバレてしまったら、エイデンに恥をかかせちゃう。
「周りは気にするな。」
焦っている私の耳元でエイデンが囁く。
「俺だけを見ていればいい。」
エイデン……
私を見つめているチョコレート色の瞳と視線がぶつかる。
ねぇ、エイデン……
どうしてそんなに熱い目で私を見てるの?
見つめられているだけで体が熱くなってくる。
エイデンに体を預けるようにして、なんとか一曲踊りきることができた。
「上出来だ。」
エイデンが踊り終わった私をぐいっと引き寄せ、頬に軽いキスをする。
「なっ。」
思わず頬に触れる。多分私は今、恥ずかしいくらいに赤い顔をしてるはず。
「男避けだ。これで他の男はもう声をかけてこないだろう。」
エイデンはニヤリと笑った。
その頃会場の端では……
「よしっ。」
二人の様子を見た侍女軍団が大きなガッツポーズをしていた。
☆ ☆ ☆
「昨日はよくがんばりましたね。」
朝早くやってきたカイルはご機嫌だった。
昨夜のパーティーは拍子抜けするくらいうまくいった。
「さすがの大臣も、あの雰囲気ではレイナ様を笑い者にすることはできませんでしたね。」
「ビビアン達のお陰です。」
ぺこりと頭を下げると、ビビアンとミアはニッコリと微笑んだ。
改めて紹介された大臣は、打って変わっておとなしかった。他の貴族達も私にとても親切で礼儀正しく接してくれた。
それは私自身が着飾ったせいもあるが、エイデンのおかげでもあった。エイデンは私が馬鹿にされないよう、常に側にいてくれた。
普段の憎まれ口なんて想像できないほどに紳士的で思わずときめいてしまったほどだ。
「どうなることかと思いましたが、おかげで婚約の話がすすめやすくなりました。大臣のおかげですね。」
カイルはおかしそうに笑いながら言った。
婚約かぁ……
エイデンの顔を思い浮かべる。
クスっとカイルが笑った。
「なぁに?」
「婚約なんてしない、っとは言わないんですね。」
「それは……」
正直婚約についてはまだ想像がつかないけれど、エイデンのことを考えると胸がざわめいてしまう。
私の横ではミア達がクスクスと笑っている。
いやだわ、顔に出ちゃったかしら……
エイデンを思い出すと顔が熱くなってしまう。
思わず頬を両手でおさえた。
優秀な侍女や付き人には、私の心の中は丸見えのようだった。
「ところで、今何の準備をしてるの?」
いつもよりラフな格好をし、髪の毛もしっかり編まれた。どこかに行くのだろうか?
「外に出ればわかりますよ。」
城門の前にはエイデンが待っていた。
挨拶もそこそこに、ひょいっと抱えられて馬に乗せられる。エイデンはひらりと私の後ろに飛び乗ると、手綱を握り馬を出発させる。
どうしよう……
エイデンの大きな腕の中に包まれてドキドキがとまらない。まるで後ろから抱きしめられているかのような感覚がして、体中の血が沸騰してしまいそうだ。
「怖くないか?」
エイデンが私の耳元で聞いてくる。
「大丈夫よ。」
耳に吐息がかかり、興奮で鳥肌がたつ。
「どこに行くの?」
緊張を悟られたくなくて、声をかける。
「着いてからのお楽しみだ。」
馬は城下を抜け、平原を走り続ける。
頬にあたる風が私の熱をさましてくれる。
しばらく走り、綺麗な小川が流れる小高い丘でとまった。
「着いたぞ。」
馬を降りて二人で丘を登る。
「ステキ……」
丘の上には綺麗な花畑が広がっていた。
「とっても綺麗ね。」
色とりどりの花畑はまるで絨毯のようだ。
振り返ってドキっとする。
エイデンが私を見つめていたのだ。
その表情がとても穏やかで、今まで見たどんな人よりも美しく素敵だった。
エイデンが私と結婚したいと言ったのは、私がガードランドの姫で、都合がいいからだと分かっている。
だけど……エイデンのあんな顔見ちゃったら、もしかしたら私のこと好きなのかも、なんて期待してしまう自分もいる。
「ここに座れ。」
エイデンは草の上にシートをひいて私を呼んだ。
「エイデンがお茶をいれてくれるの?」
カバンからとり出したお茶の道具に驚いた。
「昨夜頑張った褒美だ。」
ささっと私の前にお茶が出される。
「美味しい。」
本当に美味しくてびっくりした。
「エイデンにお茶を入れてもらえるなんて贅沢ね。」
笑いながら言う私にエイデンは箱を出した。
「ちゃんと菓子もあるぞ。」
二人で美味しいお菓子を食べる。
「今日はとてもいい天気で気持ちがいいわ。」
冬ももう終わりだと感じさせるような、温かい陽気で、ピクニックはとても気持ちがいい。
「こんなに綺麗な所があるなんて知らなかったわ。」
城に連れて来られて以来、ほとんど部屋から出たことはなかった。
「今から知っていけばいい。これからずっとこの国にいるのだから。」
またあの優しい瞳だ……
「エイデン、婚約のことなんだけど……」
「できるだけ早くできるよう、今手配している。」
エイデンが私の顔をのぞきこむ。
「嫌か?」
綺麗な顔が近づいてきて、胸が大きな音をたてる。
「いや……じゃないけど……」
思わずそう答えていた。
「そうか。」
エイデンは何となくほっとしたような顔をした。
エイデンと婚約……
どうしよう……できるだけ早くという言葉を聞いて嬉しいと思ってしまった。
私はエイデンのこと……好きなのかもしれない。
エイデンは私のことをどう思っているんだろう?
聞いてみたいけれど、それを口に出す勇気はなかった。
せっかくのピクニックだから楽しまなきゃ損よね。エイデンの気持ちも、私自身の気持ちも何も考えないようにして、エイデンとのピクニックを満喫した。
エイデンはレイナを馬に乗せ、城へと戻りはじめた。少し進んだ所でレイナの様子がおかしいことに気づく。
寝ているのか?
きっと昨夜のパーティーで疲れていたのだろう。
エイデンの顔に笑みが浮かぶ。
レイナが落ちてしまわないよう、片手でしっかりと抱きしめながら心持ちゆっくりと馬を走らせる。
レイナが喜んでくれてよかった。
小川に足をつけ、冷たいと笑う可愛い笑顔を思い出す。
「おやすみ。」
小さな声でささやき、レイナの頭にちゅっとキスをした。




