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「だから、何かいい案はないかって相談してるんじゃないか。」
レオナルドとカイルは顔を見合わせる。
「陛下……それよりも先に取り掛かっていただきたい案件が多くあるのですが……」
執務室の机に山積みになっている書類に手を置きながらカイルが言う。
「そうだよ。エイデン達がアストラスタに行ってる間、私は大変だったんだから終わらせてもらわないと困るよ。」
カイルに同意するように、レオナルドも口を出す。
「先にこの問題を解決したら、すぐに済ますさ。」
全く書類に手をつけない俺に、あきれたようなため息をつきながらカイルが言う。
「仕方ないですね。」
「だからクリスティーナのことをレイナに話しておけばいいって言ったのに。」
レオナルドが長い足を組み替える。
「レイナはクリスティーナのこと、気にしてるわけでもないんだろ? だったらレイナの機嫌をとる方法なんて考える必要あるのかい?」
アストラスタから帰って数日が経っていた。
クリスティーナの一件はとりあえずレイナに納得してもらえたようで、特にレイナの様子に変化はなかった。
「だいたいジャスミンが余計な事言うからこんなことになるんだ。」
そもそもクリスティーナがアストラスタに来ているなんて思ってもみなかった。
「エイデンは知らないみたいだけど、クリスティーナは男女問わず人気があるからね。」
ジャスミンもクリスティーナの熱狂的なファンなのだとレオナルドが言う。
「あんな空気を読めない女のどこがそんなにいいんだ?」
「天使みたいな笑顔に癒されるとか言われてるけどね。」
レオナルドの言葉にクリスティーナの作ったような笑顔を思い浮かべる。
「あんな貼り付けたような笑顔に癒されるか?」
レオナルドが肩をすくめる。
「さぁね。私の好みではないけど、それなりに可愛いいんじゃないかな。」
「お二人とも論点がずれてますよ。」
黙っていたカイルが口をひらいた。
「何にせよ、クリスティーナ様のおかげでレイナ様の評価はあがったわけですし。こちらとしてはありがたかったじゃありませんか。」
俺と婚約していたという話を口にしたクリスティーナのせいで晩餐会は静まり返っていた。
それを誰も傷つけることなく明るい雰囲気へと変えたレイナの評判はうなぎのぼりだとカイルは言う。
事実アストラスタの女王からは晩餐会の成功に関してお礼を言われた。
同時にクリスティーナの兄であるサンドピークの皇太子からはお詫びの言葉ももらっている。
だからといって、クリスティーナのあの発言があってよかったなんて思えるはずもない。
「とにかくだ。レイナを喜ばせるような何かを考えるぞ。」
「レイナを喜ばせる何か……」
三人で頭を寄せて考えるがいい考えは思いつかない。
クスッ。
小さな笑い声が聞こえる。
「何がおかしいんだい?」
お茶を運んで来たマルコにレオナルドが声をかける。レオナルドの従者であるマルコはおかしそうに笑っている。
「すいません。ただ陛下が相談する相手、間違ってるんじゃないかと思ったので。」
「どういう意味だ?」
「レイナ様以外に全く興味のない陛下と、寄って来る女は多いが、めんどくさがって女性を近づけないレオ様と、陛下一筋で女性の影がないカイル様が考えてもたいした案なんて出ないんじゃないですか?」
「めんどくさがってるわけじゃないんだけどね。」
レオナルドは肩をすくめる。
「ただ女性に対して頑張る気力が出ないだけだよ。」
「それをめんどくさがってるって言うんですよ。」
マルコは手際よくお茶の支度をすませた。
「レオ様が女性を喜ばせるために何かしてる所なんて見たことありませんよ。」
レオナルドはうーんと考えこんでいる。
「あっ。」
何かを思いついたようにレオナルドが顔をあげた。
「レイナが寂しくないように、時々一緒に朝食をとってあげてるよ。」
どうだと言わんばかりの顔をしているレオナルドを一同冷めた目で見つめる。
「……たしかに相談相手を間違えたかもしれないな。」
マルコのいれた温かいお茶を飲む。
コホン。
小さく咳払いしながらカイルが口をひらく。
「先程のマルコの言葉ですが、レオナルド様はともかくとして、私に関する部分は間違えていますね。」
どこがだろうと、マルコは首をかしげる。
「ああ、こいつは結婚してるぞ。」
えぇーっと文字通り目を丸くしてマルコは驚いている。
「娘も二人いるし。なぁ、カイル。」
カイルがニヤリと笑う。
「そういうことです。」
恐れ入りました……
そう言って頭を下げるマルコが何だか可愛らしい。
「でもマルコの言うことも一理あるね。」
レオナルドが妙に納得したような顔をした。
「いいこと思いついたから楽しみにしといて。」
にやりと笑いながらそう言い残し、バタバタと執務室を後にする。
「大丈夫でしょうか……?」
バタンと閉まった扉に向かってカイルが心配そうな声を出す。
「さぁな……」
双子でありながら、レオナルドの考えることはよく分からない。
育ってきた環境が全く違うからだろうか。
レオナルドに相談なんかするべきではなかった……俺がそう思うのは、それから数日後のことだった。
☆ ☆ ☆
「陛下、アストラスタから小包が届いてます。」
カイルから渡された箱の中には分厚い書物が入っていた。
椅子に座りパラパラとページをめくっていく。
「陛下……」
声をかけようとしたカイルは言葉を飲み込み、静かに部屋を後にした。
どれくらい経ったのか、書物も終わりになる頃にカイルは戻ってきた。
部屋を後にした時と同じ体勢のまま、書物に没頭していた俺のそばに静かにカップを置く。
ふぅっと小さなため息と共に、書物を閉じる。
しばらく空を見つめてから、まだ湯気が立つカップに手を伸ばす。
「苦いな……」
カップの中は濃いブラックコーヒーだった。
考え事をする時にはコーヒーを飲むのが習慣なのだということをカイルはしっかり把握していた。
「それは先日言われていた研究ですか?」
カイルの問いに、そうだと答える。
魔法と記憶に関する考察……書物の表紙にはそう記されていた。
アストラスタの女王から従属国で魔法と記憶の研究をしている人物がいるという話を聞き、その研究の内容を教えてくれるよう頼んでおいたのだ。
「……レイナ様の記憶を取り戻すおつもりですか?」
カイルの問いに答えないまま、窓辺に立ち外を眺める。
窓の下にはレイナのプライベートガーデンが広がっている。
レイナに庭をプレゼントしてから、レイナは好きな花を植えたり、楽しそうに庭を散歩していた。
庭は夏から秋へとうつりかわろうとしている。
「……何とか楽しい記憶だけ戻してやれないもんかな。」
記憶がないことで、心細い思いをしているレイナを思う。
「そんな都合の良い方法があるとは思えませんね。」
カイルは冷静にそう答えた。
「それよりも、もうすぐ生誕祭の準備が始まります。今年は何のトラブルも起こらぬようにしていただくことの方が重要です。」
そうだな、そう返事をする。
昨年はレイナが誘拐されたのだったな……
「あれからもう一年か……早いものだな。」
「本来なら、今年の生誕祭で結婚式を行う予定でしたね。」
カイルが俺の隣に並び、二人で外を眺める。
「次の春には結婚式ができるよう頼むな。」
ポンっとカイルの肩をたたく。
「もう厄介なことが起こらないよう祈ってます。」
「おっ、出てきたな。」
窓の外にレイナの姿を見つけ、カーテンの後ろにさっと隠れる。
レイナは一人レンガ路を歩きながら大きく伸びをした。
少し離れた場所でウィリアムが周りを警戒しながらレイナを見守っている。
こういう場面を見るたびにウィリアムのことを羨ましく思う。
自分も王ではなくレイナの護衛なら良かったのに……
そうすればいつもレイナの側で、レイナだけを見ていられるのに……
カイルに言うとバカにされるのが分かっているから決して口には出せない。
カーテンの隙間からレイナの様子を見つめる。
よかった。
今日も楽しそうに笑っている。
「全く……そんな所から覗かずとも、堂々と見ればいいじゃないですか。」
「それができれば苦労しないさ。」
視線はレイナに向けたまま答える。
「だいたい何でいつも隠れて見てるんです?」
「そりゃ、お前あれだよ。いつも覗いてたら、まるで見張ってるみたいじゃないか。」
はあ……とカイルは意味が分からないと言うような声出した。
「そもそもいつでも覗けるようにと、レイナ様のプライベートガーデンを執務室の下にお造りになったのでは?」
それはそうだが、いつも覗いているのがバレて、レイナにひかれてしまったらたまらない。
それにレイナが少しでも自由を感じれるようにと作った庭だ。見張ってると勘違いされて、また泣かれたらたまらない。
とにかく俺はレイナに嫌われたくないのだ。
そのためなら、カイルにバカにされようが、呆れられようが、いくらでも隠れて覗いてやる。
「おい、あれは誰だ?」
レイナに向かって行くひとりの見知らぬ人物に目がとまる。何やら戸惑っているレイナの様子が伝わってくる。
「カイル、行くぞ。」
カイルの返事を聞くことなく、急いでレイナの元へと駆けていった。




