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「皆様のおかげで無事に……」
アストラスタの女王が、大国会議終了と晩餐会の始まりを告げる挨拶をしている。
明日にはフレイムジールへ帰るのね……
旅が終わってしまうのって何だか寂しいわ。
「乾杯。」
女王のかけ声でグラスをあげる。
「素敵。」
運ばれて来る料理に思わず声が出てしまった。
お昼にアイリンとたっぷり食べて、もう何も食べれないかもしれないと思ってこの会場にやって来た。
それなのに、私の前に置かれていく美味しそうな料理を見ると急に食欲が湧いてくる。
「アイリン姫には今回レイナがよくしていただいたようで、ありがとうございました。」
向かいの席に座るアイリンとアストラスタの女王夫妻にエイデンがお礼を言う。
「いえ、こちらこそ。レイナ様と仲良くなれてとても楽しかったです。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
こういう場所でのエイデンはいつもとは別人みたいよね。
そう思いながら、隣に座るエイデンの顔を少し見上げる。
普段の口調とは異なり、丁寧な言葉遣いで話すエイデンはいつもより凛々しい。
その堂々たる姿に、やっぱりこの人は一国の王なのだと実感する。
「今年の生誕祭には是非遊びに来てください。」
まぁ嬉しいとアイリンが手を叩く。
「一度フレイムジールに行きたいと思っていたんです。」
アイリンの言葉にエイデンが私を見てにっこり笑う。
よかったな。
エイデンの瞳がそう語っているように見え、私もにっこり笑いかえす。
「生誕祭、わたくしも行ってみたいですわ。」
えっ?
左後ろから聞こえる澄んだ声に笑顔が凍りつく。
斜め前の席に座るクリスティーナが満面の笑みを浮かべ口をひらく。
「エイデン様、是非わたくしも生誕祭に招待してくださいませ。」
おい……クリスティーナの兄であるサンドピークの皇太子が慌ててクリスティーナに注意をする。
「だってお兄様、わたくしがフレイムジールに行ったのはエイデン様と婚約した時だけですわ。生誕祭でエイデン様のパレードを見てみたいです。」
クリスティーナの言葉に会場がしんとする。
あっと、クリスティーナがわざとらしく口をおさえた。
「わたくしったら、ついうっかり……」
クリスティーナが今にも泣き出しそうな表情でエイデンを見つめる。
静まり返ってしまった晩餐会の場で、皆が事の成り行きを見守っていた。
なんとか波風たてずにこの場の雰囲気を変える方法はないかしら?
「レイナ様、申し訳ありません……」
消え入りそうに弱々しく涙を浮かべるクリスティーナを見て、小さくため息をつく。
仕方がない……
ここは一つ、必殺聞こえてません攻撃しかない。
「何かおっしゃいましたか?」
いつも以上ににっこりと笑いながら、クリスティーナの方へ向く。
「ごめんなさい。このサラダがあまりにも美味しくって……お話聞き逃しちゃいました。」
クリスティーナにペコリと頭をさげる。
「それにしても、綺麗なのに美味しいってすごいですよね。」
色鮮やかな花が数種類も入っている美しいサラダだ。フォークでピンクの花をクサリと刺して持ち上げる。
「食べられる花があるのは聞いた事があったんですけど、こんなに甘いなんて知りませんでした。」
パクリ。
エイデンが横から私のフォークを口に入れる。
「本当だ。美味いな。」
もう……そう思いながら、
「こっちは少し酸味があるのよ。」
フォークで刺した黄色い花をエイデンの口元へ運ぶ。
「花の色で味が違うなんて、面白い。」
エイデンの言葉にアストラスタ女王夫妻も嬉しそうだ。
「お口に合ってよかったです。これはベルフラワーと言って、最近アストラスタで開発した食用花なんです。」
エイデンや女王夫妻がアストラスタの特産品などについて語り合いはじめたのを見て、ふうっと胸をなでおろした。
それにしても……
横目でチラリとクリスティーナを見る。
クリスティーナは楽しそうに笑っている。
その天使のような笑顔の下に、悪意が見えるような気がするのは私がひねくれているからかしら?
何にせよ、楽しい晩餐会の雰囲気が壊されなくてよかったわ。
そう思いながら、最後のデザートまで残す事なく楽しんだ。
☆ ☆ ☆
「今日は本当によく頑張りました。上出来です。」
部屋へ戻るや疲れ果ててベッドへ倒れこんだ私にカイルから声がかかる。
カイルから褒められるなんて珍しくて戸惑ってしまう。
「特にあのクリスティーナ様をかわしたところがよかったですね。」
あの聞こえなかったふりを褒められるとは思ってもみなかった。
「あそこでマイナスな反応を示していたら、晩餐会の雰囲気が悪くなり、主催者であるアストラスタの女王陛下が困っていたでしょうね。」
カイルからこんなに褒められるなんて……嬉しいけれど、明日は嵐でもくるんじゃないかしら。
「よかった。」
ベッドに倒れたままそれだけ呟いて目を瞑る。
本当に疲れた……
安心したからだろうか、どっと疲れが出てくる。
「お疲れでしょうから早くおやすみください。明日はまた移動ですので……」
トントンと軽いノックで部屋のドアが開く。
「エイデンどうしたの? 」
部屋に入ってきたエイデンを見て驚く。
「男性陣はまだ飲んでるんじゃなかったの?」
晩餐会が終わった後、男性陣は別室へと移動して飲んでいたはずだ。
「あー、抜けてきた。」
私が寝ているベッドがエイデンの座った拍子に軽く弾む。
「レイナと話がしたくてな。」
「……私とっても疲れちゃったから、話なら明日にしてもらえる?」
ベッドにうつ伏せに倒れたまま小さくあくびをする。
「少しだけだ。疲れたなら寝たままでも構わない。」
ふぅ……
小さくため息をついて、ベッドの上に体を起こす。
「じゃあ、眠たいから少しだけね。」
「ああ。」
いつのまにかカイルもビビアンも部屋から出ていったようだ。静かな部屋の中でエイデンがゆっくりと口を開く。
「クリスティーナのことなんだが……」
やっぱりその話なのね。
少し緊張して体に力が入ってくる。
「昔婚約していたのは事実だ。」
そう……小さな声で返事をする。
「……知っていたのか?」
無言でこくんと頷く。
「いつから?」
「昨日のお昼にジャスミン様が教えてくれたわ。」
エイデンの問いに、昨日初めてクリスティーナと会った時の話をする。
「二人は愛しあってたのに、国のために泣く泣く別れて私と婚約したんだってね。」
自分で口に出して、悲しい気分になってしまう。
目頭が熱くなってくる。
晩餐会で少しワインを飲み過ぎたかしら……
うまく感情を抑えることができず、涙が一筋頰を伝う。
「……っ。」
エイデンがガバっと私を強く抱きしめる。
「泣くな。そんな話はでたらめだ。クリスティーナと婚約したのは国のために仕方なくだ。」
エイデンが私を抱く腕を緩める。
私の両手を握りしめて、真剣な眼差しで私を見つめた。
「10歳でレイナと出会って、恋をした。だからクリスティーナとの婚約は破棄したんだ。」
エイデンの手が、優しく私の頰の涙を拭う。
「俺が愛してるのは昔も今もレイナだけだ。くだらない作り話なんか信じるな。」
エイデンの言葉にまた涙が溢れた。
「泣き虫だな。」
エイデンが私の目頭に優しくキスをする。
「だって……」
エイデンにしがみつき、その大きな胸に頰を押し付ける。
「だって……私は何も覚えてないんだもん。」
だから不安になるのだ。
エイデンは優しく私の頭を撫でる。
「大丈夫だ。レイナが覚えてなくても、俺が全部覚えてる。」
「でもエイデンは何も教えてくれないじゃない。」
「ごめんな……」
エイデンの小さな呟きが耳に届く。
私は何も答えなかった。
優しく頭を撫でるエイデンの大きな手が心地よい。
一日の疲れと軽い酔いで、だんだんと瞼が重くなってくる。
モヤモヤした気分も、悲しい気分も睡魔に流され、私はエイデンの腕の中で眠りに落ちたのだった。




