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炎の王子は竜の姫に恋をする  作者: 紅花うさぎ


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「本当に素敵なお庭ですね。」

 アイリンの庭は見たことのない綺麗な花が咲き乱れている。

「アストラスタ特有の花なんです。」

 アイリンが一つ一つ花の名前を教えてくれる。


 舞踏会の夜があけて、二人で気持ちの良い朝のひと時を過ごしていた。

「レイナ様がお花を好きな方で嬉しいです。」


 ガーデンを一周し、テラスで紅茶を飲む。

「いい香り。もしかして、紅茶にもお花が使ってあるんですか?」


 アイリンがその通りだと優しく笑う。

「アストラスタが咲き匂う国だと言われているのも納得ですね。」

「アストラスタは豊穣の女神が治める国ですから。」


 アイリンの言葉に、カイルに叩きこまれた近隣諸国の情報を思い出す。

 アストラスタは代々女性が治める国だ。

 女王は大地を潤す力を持つとされ、豊穣の女神と呼ばれている。


「今はアイリン様のお母様が女神なんですよね?」

「ええ。」

 とアイリンは答えた。

「いずれ母の力が落ちてきた時に、私がその役割を引き継ぐことになっています。」


「アイリン様も、魔法をお使いになるのですか?」

 大地を潤す力というものが、どんなものなのか私にはよく分からなかった。

「いいえ。」

 とアイリンが言う。


「アストラスタ王家に産まれてくる女性は、体内に魔力を持っていると言われていますが、魔法は使えません。そのかわり豊穣の女神となる時にその魔力を解放するそうです。」


 まだその時が来ていないので、詳しくは分からないとアイリンは言った。

「豊穣の女神となった後は、この国にいることが大地を潤す力となるそうです。だから……」

 アイリンは少し悲しそうな顔をする。

「女神となった後はこのアストラスタから出ることができないんです。」


 えっ?

「国から出られない?」

 アイリンが頷く。

 国から出られないって……


 私が切ない顔をしていたからだろうか、

「でも私が女神になるのはまだ先ですから。それにアストラスタ国内は自由に動けますし。」

 アイリンが明るく笑う。


「でしたら、次はフレイムジールにいらしてください。今度は私が美味しいお茶を、おいれしますわ。」

 嬉しいと笑うアイリンと一緒に私も笑う。


「そう言えば……」

 アイリンが思い出したように話しはじめる。

「こちらに来る途中でエイデン様にお会いしました。何だかわたくしに聞きたいことがあったみたいですが、他の方がいらっしゃったので、話が中断してしまいました。」


 エイデンが大国会議に向かう途中で会ったのだろう。

 ふふっと笑いが出る。

「多分エイデンとクリスティーナ様が婚約していたことを、私が知っているかどうか確かめたかったんだと思います。」


「昨日その話はされてないんですか?」

「ええ。」

 アイリンに向かいにっこりと笑う。

「エイデンも私には聞きにくいのでしょうね。私から教えるつもりありませんし。」

 まぁとアイリンが驚く。


「エイデンとクリスティーナ様のこと、やっぱりショックだったので。エイデンも少しは困ればいいんだわ。」

「レイナ様ってば。」

 アイリンがおかしそうに声を出して笑った。


「でもアイリン様……私今回のことで初めてガードランドの娘でよかったと思いました。」

「どういう意味ですか?」

 アイリンが不思議そうな顔をする。


「私は小さい頃からガードランドの娘ということで色々辛いことがありました。」

 小さな頃に国が滅んでから、母と隠れて生きてきたことを思い出す。


「ジャスミン様の話では、私がガードランドの姫だから、エイデンの婚約者に選ばれたということでした。」

 国のために選ばれたというのはやっぱりショックだけれど、それでもやっぱりエイデンのそばにいられるのは嬉しい。

「今の幸せがあるのはガードランドのおかげなんですよね。」

 

 アイリンがにっこり微笑む。

「エイデン様のような婚約者がいて、レイナ様が羨ましいですわ。」

 アイリンの言葉にどきりとする。

「もしかしてアイリン様もエイデンのこと……」


 一瞬きょとんとした顔をした後で、アイリンは慌てて手を振る。

「違います。違います。わたくしはただ……そういう風に思える相手がいるのって素敵だなって思ったんです。」


 アイリンはいずれこの国の女神、つまり女王になるのだ。結婚相手を自由に決めるわけにはいかないのだろう。


「アイリン様はお好きな方いらっしゃるんですか?」

 アイリンは静かに首を横に振った。

「恋愛に対して憧れはあります。でも……なかなか踏み出せなくて……わたくしなんかでいいのかなって。」


「アイリン様でもそんな風に思うんですか?」

 優しく穏やかで美しい……こんなステキなアイリンがそんな風に考えているなんて思いもよらなかった。

「アイリン様なら、どなたでも選び放題でしょう?」


 私の言葉にアイリンがふふっと笑う。

「たしかに結婚を申し込まれたことはありますわ。でも……」

 どうしても受け入れられなかったとアイリンは言う。


「いずれわたくしはこの国の女王になります。きっとわたくしの夫には窮屈な思いをさせるでしょう。だから申し訳なくって……」


「母はわたくしと同じ状況でありながら、父という素晴らしいパートナーを見つけています。わたくしもいずれどなかと結婚するのであれば、両親のような支えあえる関係になりたいと思っているんです。」


 昨夜舞踏会で見た女王夫妻はとても仲睦まじかった。表立ってのことは女王が仕切っているが、彼女が夫を頼りにしているのがよく分かった。


「とっても素敵ですね。」

 心からそう思った。

「それにアイリン様と結婚される方は幸せですわ。だってこんなに美味しいお茶が毎日飲めるんですもの。」

「まぁ、レイナ様ったら。」

 アイリンが可愛らしく笑う。


「お姫様方、お茶もいいですが焼きたてのピザはいかがですか?」

 とんっとテーブルの真ん中に大きな丸いピザが置かれた。

「わぁ、美味しそう。」

「フレッシュトマトをふんだんに使ったマルゲリータですよ。」

 アイリンの執事だというオリバーがピザを取り分けてくれる。


 たっぷりのチーズの上に、赤いトマトがふんだんにのっている。

 あつあつのピザをパクっと口に入れる。

「んー。トマトのジューシーさがたまらないです。」

 カットされたピザをペロリと平らげ、おかわりをもらう。


「アストラスタはトマトの生産も盛んなんですよ。」

 アイリンがそう教えてくれた。

 大きいと思ったピザもあっというまに二人のお腹の中におさまった。


 それにしても……

「アイリン様の執事はとってもハンサムですね。」

 食後のデザートを用意しているオリバーをチラリと見て、アイリンと小声で話す。

「そうですか?」

 アイリンも私と同様にオリバーを見て首をかしげる。


「そうなのかしら? 小さい頃からずっとわたくしの世話をしてくれているからか、もう見慣れてしまって。」


「小さい頃からお世話って、オリバーは私達と同じくらいの年齢じゃないんですか?」

 見たところ、私達より少し上には見えるけれど。


「いいえ。わたくしが生まれた時からわたくし付きの執事ですから、すでに40近いのではないかと……」


 あんぐりと口があいてしまった。

「どうかされましたか?」

 ついジロジロ見てしまった。

 不思議そうな顔でオリバーが私を見つめていた。


 下手したら20歳のカイルの方が年上に見えちゃいそうじゃない。

「驚きです。どう見ても20代じゃないですか。」

「本当に。小さい頃から全く変わらないんです。だからわたくしは幼い頃、オリバーが若返りの魔法を使えるのだと本気で思っていましたわ。」


 二人でクスクスと笑いあう。

「レイナ様がアストラスタに来てくださって本当に良かったです。仲良くなれて本当に嬉しいですわ。」


 それは私のセリフだ。

 ビビアンとミアはいつも私を支えてくれる大切な人だが、友人ではない。アイリンは私にできた初めての友達だ。


「私もアイリン様と友人になれて幸せです。今日はとても楽しかったです。これからも仲良くしてくださいね。」

 ええ。そう言って笑うアイリンと、飽きることなくおしゃべりを続けた。

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