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「レイナ、ちょっと付き合ってくれ。」
私のレッスンの休憩時間を見計らって現れたエイデンについて城の庭へと出る。
「どこいくの?」
エイデンと並んでゆっくり歩く。
「今日はいい天気だし、一緒に庭を散歩したいと思ってな。」
エイデンの言葉に胸が弾む。
「嬉しい。」
喜ぶ私の手をエイデンがそっと握った。
手を繋いで歩くだけなのに、とってもドキドキする。
あの日エイデンはティアラについても、母親についても何も言うことはなかった。
大丈夫だろうか?
そんな私の心配をよそに、次の日にはいつものエイデンに戻っていた。
それを嬉しいと思う反面、何も話してくれないことを寂しくも感じた。
「わぁ、ステキな庭園ね。」
緑あふれる庭園の木陰に2人で腰をおろす。
日差しは夏に向けて厳しくなりはじめたが、こうして木陰にいると気持ちのいい風を感じることができる。
「レイナ、食べるか?」
エイデンが差し出したのは、箱にいっぱい詰まったチョコレートだった。
一粒口にいれる。
あ、美味しい。
中に入っているキャラメルコーティングされたローストアーモンドがたまらない。
「どうしよう……美味しすぎてとまらなくなりそう。」
もう一粒だけ、そう思いながら何粒食べたのか、すでに分からなくなるほど食べてしまった。
くつろいだ様子のエイデンが私を見て笑う。
「あー、どうしよう……また食べすぎてしまったわ。アストラスタに行くまでに少し痩せなきゃドレスが入んなくなっちゃいそう。」
「ドレスが入らなくなったら、またカイルにこってり叱られるな。」
エイデンが笑いながら言う。
その状況が目に浮かぶようだ。
「もう、そんなこと言って。だいたいエイデンが悪いんだからね。いっつも食え食えって美味しいもの持って来るんだもの。」
むぅっとむくれてみせる。
「仕方ないだろ。俺はお前が幸せそうに食べる顔が好きなんだから。」
さらっと言われて思わず照れてしまう。
ふっとエイデンが笑う。
「もう少し歩くか。」
エイデンが差し出した手をそっと握り、一面のポピー畑までやって来た。
オレンジ、白、黄色、可愛らしいポピーが気持ちよさそうに風に揺れている。
2人の間を優しく穏やかな空気が流れていく。
「本当に綺麗な庭園だね。私、ここにも庭園があるなんて知らなかった。」
城には庭園がいくつかある。
エイデンの祖父、ジョージのプライベートガーデンをはじめ、来客用のガーデン、薬草用のガーデン、街の人も自由に入れるガーデン等種類は様々だ。
「気に入ったか?」
「ええ。他の庭園もステキだけど、ここが一番落ち着くわ。」
エイデンが嬉しそうに笑う。
「よかった。」
繋がれた手に、エイデンのもう一方の手が重ねられる。
私の手の中に、冷たい物が握らされた。
「エイデン、これは?」
手の中にある、小さな鍵を見つめる。
上の部分がハート型になっており、真ん中にピンク宝石がついていてとても綺麗だ。
「この庭園の鍵だ。」
エイデンが鍵を握る私の手をしっかり握った。
「レイナ、この庭園はお前のものだ。」
「えっ?」
よく意味が分からずエイデンの顔を見る。
「ここはレイナの庭園だと言ったんだ。ここなら一人で散歩しても大丈夫だ。まぁ、一応少し離れた場所に護衛はつくから完全に自由ってわけにはいかないが……」
エイデンが私の頰に優しく触れた。
「すまなかった……」
エイデンの澄んだ瞳に見つめられて息がとまりそうになる。
「レイナがあんなに外に出たがっているなんて知らなかったんだ。」
エイデンの瞳に切なさがにじむ。
「レイナを閉じ込めるつもりなんてなかった。ただ守りたいと思ってた。レイナを幸せにしたいと思ってるんだ。それは信じて欲しい……」
エイデンの言葉に胸が苦しくなる。
ああ……
返す言葉が見つからない。
エイデンに腕を回し、その広い胸に顔をうずめる。
「エイデン、ありがとう……私は幸せよ。」
自分用の庭園をプレゼントされたことはもちろん嬉しかったが、それ以上にエイデンの気持ちがとても嬉しかった。
エイデン、大好きよ。
どうやったら、この気持ちを伝えられるだろう?
言葉だけじゃもう足りない……
そっと背伸びをして、エイデンの形の良い唇に軽くキスをした。
エイデンが驚いたような顔をする。
自分からエイデンにキスしたのは初めてで、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。
「レイナ、こっち向いて。」
エイデンの優しい声にゆっくり顔をあげる。
目の前にエイデンの顔が近づいてきて、息がかかる距離でとまった。
「もう一度レイナからキスして。」
熱く燃えるような瞳で見つめられて、鼓動が早くなる。
どうしよう……
緊張で体がうまく動かない。
「ダメだ。もう我慢できない。」
エイデンが私の頭を引き寄せ熱いキスをする。
何度も繰り返されるキスに体中の力が抜けていく。
「エイデン、もうダメ……んんっ。」
「レイナが可愛すぎるのが悪い。」
そうエイデンが呟いた声も私には聞こえなかった。
終わることのない口づけに、エイデンでいっぱいになり、もう何も考えられなかった。
☆ ☆ ☆
「レイナ様、少し落ちついてください。」
カイルに注意されても落ちついてなんていられない。
はるばる来ちゃいました、アストラスタ。
酷かった馬車酔いも、アストラスタに入国し、美しい景色を見ているうちにどこかへ行ってしまったみたいだ。
「あ、エイデンあれ見て。」
窓の外に広がる風景は見飽きることがない。
馬車にはエイデンと私、そしてカイルとビビアンが乗っている。
護衛として馬で並走しているウィリアム含め、5人でアストラスタにやって来た。
「全く……どうしてあなたはそんなに興奮してるんです? 今からこんな調子じゃ、到着する頃には疲れてしまいますよ。」
「だってすっごく楽しみにしてたんだもの。 エイデンとの初めての旅行だし、嬉しくって……」
昨日は楽しみすぎて夜眠れなかったくらいだもん、少しくらいはしゃがしてください。
隣に座るエイデンがふっと優しく笑い、私の顎をクイッと持ち上げる。
「エ、エイデン?」
近づいてくるエイデンを必死で押し返す。
「どうしたのいきなり?」
「レイナがあんまり可愛いこと言うから。」
エイデンが耳元で囁く。
「俺とキスしたくないのか?」
ぼっと顔が赤くなるのを感じる。
「やだ……恥ずかしいよ……」
狭い馬車の中、カイルとビビアンに見られながらキスするなんて、考えただけで体から火が出るほど恥ずかしい。
「大丈夫だ。誰も見てない。」
エイデンの言葉にチラリと向かいの席の二人を見る。
えっ? まさかの寝たふり?
二人はそろって目をつぶって俯きかげんの体勢になっている。
いやいや、不自然すぎるでしょ。
思わず苦笑いが出てしまう。
「もぅ、カイルもビビアンも起きてよ。」
「私達のことは気にせず、思う存分いちゃついてください。」
体勢は変えることなくカイルが冷静な口調で言う。
「そう言われても……見られるよりもその不自然な寝たふりの方が気になっちゃうかも。」
「ワガママな人ですね。じゃあじっくり見ててあげましょうか?」
「レイナ様、私はレイナ様とエイデン様が仲良くされているのが嬉しいので、私のことは気にせずどうぞ。」
寝たふりをやめた二人に口々に言われるが……
どうぞって言われても困ってしまうわ。
くくっとエイデンがおかしそうに笑う。
「カイルもビビアンもそのへんにしといてやれ。レイナが困っている。」
私の肩をぐいっと抱きながらエイデンが言う。
その手をよいしょととりのぞきながら、少し距離をとる。
「エイデンが一番私を困らせてるんですけど……」
べーっとしてみせると、エイデンがニヤリと笑い、もう一度ぐいっと肩を引き寄せられる。
エイデンの長い指が私の髪を耳にかける。
耳元でエイデンの低く色気のある声が響き、首筋がゾクっとしてこそばゆい。
「俺はいいんだ。レイナは俺のものだから。」
楽しそうに笑うエイデンと、緊張でカチコチになっている私を、ビビアンとカイルは優しい瞳で見守っていた。




