32
エイデンは今頃どのあたりにいるのかしら?
壁の時計を見上げる。
もうすぐ3時かぁ…。
そんな私の様子を見てミアも時計を見る。
「エイデン様は、夜お帰りになるんだったわよね?」
「えぇ。夜遅いだろうから、寝ていていいと言われたわ。」
夜遅いってどのくらい遅いのかしら?
できれば起きていてお帰りと言いたいな。
正直起きていられる自信はないけれど……
「さぁ休憩にいたしましょう。レイナ様は先代とお約束があるのでしょう?」
ビビアンの声に慌てて立ち上がる。
いけない。エイデンが帰ることばかり考えていて、お祖父様との約束を忘れるところだったわ。
今日はお祖父様お気に入りのガーデンで、2人でお茶をするのだ。急いで身支度を整え、ガーデンへ向かう。
「やっと来たか。」
エイデンの祖父であるジョージが私の姿を見て立ち上がる。
「遅くなってすいません。」
チューリップ畑の中には2人分のお茶の用意がされていた。
赤、白、ピンク、オレンジ、黄色のチューリップが咲き誇っている。
「きれい。虹みたいですね。」
しゃがみこんで、チューリップを間近で見る。
「お前さんはこういうの好きだろう。」
エイデンの祖父とこうしてお茶をするのは何度目だろうか?
最初は厳しく感じたジョージも、だんだんと笑顔を見せてくれるようになってきた。
笑う時の目がくしゃっとなるところがエイデンとそっくりで、なんだか親しみを感じる。
「んー。美味しい。」
いつ飲んでも、お祖父様の淹れてくれるお茶は心を平穏にさせてくれる。
「エイデンと仲直りはしたのか?」
「えっ?」
「サンドピークに連れて行ってもらえなくてケンカになったと聞いたぞ。」
お祖父様にまで知られていたのかと恥ずかしくなってしまう。
「ケンカっていうか……」
なんて言ったらいいのか少し考える。
「何だかエイデンと結婚する自信がなくなっちゃって……」
先日のエイデンとのやりとりについて説明する。
「でも、もう解決しましたよ。今はアストラスタに行って、エイデンに迷惑をかけないようダンスと食事のマナーの猛特訓中です。」
私を鍛えるカイルが鬼のようだと言うとジョージは声を出して笑った。
「仲直りしたならよかったわい。」
「心配かけてごめんなさい。」
「まぁお前さんが踊れようが踊れまいが、エイデンは特に気にしてないだろう。お前さんに夢中だからの。」
お祖父様ったら。
からかうような瞳で笑われて、思わず赤面してしまう。
「あ、いたいた。」
不意に現れた人物に目を丸くする。
「レオ? 帰ってたの?」
「さっき着いたところだよ。赤い顔してどうしたんだい?」
レオナルドが私のおでこに触れる。
「熱があるわけじゃないみたいだね。」
よかったと笑うレオナルドの後ろから、
「レオナルド、何してんだ?」
大好きな声が聞こえてくる。
「エイデン、おかえりなさい。」
ゆっくりこちらへ向かってくるエイデンに声をかける。
「ただいま。」
エイデンがいつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべた。
「なんじゃ、お前達も飲むのか?」
「お邪魔でなければ。」
ジョージはふんっと鼻をならしたが、すぐに二人分の椅子が用意された。
「帰ってくるのは夜って聞いてたから、びっくりしちゃった。」
「用も済んだし、さっさと帰ってきた。」
お茶をすすりながらエイデンが言う。
「留守の間、変わったことはなかったか?」
「うーん。いつも通りだったかな。」
4人で他愛ない会話を楽しんでいると、マルコがやって来る。
「レオ様、お持ちいたしました。」
抱えていた大きな箱がテーブルの上に置かれた。
「一体何を持ってきたんだ?」
訝しむ顔でジョージがレオナルドを見る。
「お土産だよ。レイナにね。」
「えっ? 私に?」
頷くレオナルドの横でエイデンが眉間にしわを寄せる。
「あけてもいい?」
ワクワクとドキドキを感じながら、そっと箱を開けた。
「これって……」
箱の中を見て言葉が切れる。
「すてき……」
箱の中から輝くティアラを取り出した。
一体いくつのダイヤモンドがついているのかしら?
ティアラは太陽の光を浴びて、まるで光の輪のように見えた。
「まさかティアラが入ってるとは思わなかった……」
ボソっとレオナルドが呟く。
「レオナルド、一体これはどういうことだ?」
エイデンの問いかけにレオナルドが答えるより早く、ジョージが口をはさむ。
「レイナ、そのティアラをこちらへ。」
ジョージはティアラを手にとりじっくり眺める。
「うむ。やっぱりそうじゃ。これはシャーナのものじゃ。」
えっと小さな呟きと共にエイデンの目が見開かれる。
「そうじゃな、レオナルド?」
ジョージの問いかけにレオナルドが頷く。
「頼まれたんですよ。エイデンの婚約者に渡してほしいと言って。」
「あ、あのー。」
口を挟みにくい雰囲気の中、おずおずと口を開く。
「シャーナってどなたなんですか?」
三人が私を見る。
「そうか、お前さんは会ったことがないんじゃったな。」
「……シャーナは俺達の母親だ。」
エイデンは複雑な表情を浮かべている。
「お母様?」
「そうだ。今はサンドピークの王妃になっている。」
「えっ? 王妃って、えっ?」
レオナルドも複雑な笑顔を浮かべている。
母親についてもっと聞きたいけれど、どう切り出せばいいのか分からない。
どんより重苦しい空気が流れる。
「……そのティアラは、わしの息子がシャーナに贈ったもんだ。シャーナはとても喜んでな、結婚式につけておった……」
どこか遠くを見るような、懐かしむ瞳をしてジョージは言う。
「そんな大切なもの、いただいてもいいんですか?」
ジョージが柔らかい表情を浮かべる。
「シャーナからエイデンへの結婚祝いのつもりなんじゃろな。もらってやったらええ。」
「……大切にします。」
何だか嬉しくて胸がいっぱいになってくる。
横を見るとエイデンが無表情のまま何かを考えこんでいる。
「エイデン?」
そっとエイデンの腕に手をかけると、我にかえったのか、びくっと小さく体が動いた。
「どうかしたの?」
「いや……ちょっとな。」
何だか歯切れが悪い。
ふぅっとジョージが息を吐く。
「レイナ、今日の茶会はここまでだ。エイデン、レオナルドはわしの部屋へ。」
威厳を感じる声に三人とも素直に従う。
エイデン?
何だか様子のおかしいエイデンをそっと見送った。
☆ ☆ ☆
「本当にきれいなティアラね。」
ミアがテーブルの上に置かれたティアラにうっとりしている。
「レイナ様、つけてみられますか?」
うーん……
ティアラを見ながら少し考える。
「今はやめておくわ。楽しみは結婚式までとっておきたいから。」
ビビアンとミアが優しく微笑む。
結婚式かぁ……
ついこの間は結婚やめられるのかなんて考えてたのに、今は結婚式の話してるなんて……
気まぐれな自分に、自分で苦笑してしまう。
こういうのも、一応マリッジブルーって言うのかしら?
ティアラをしまおうと、箱をあける。
あら?
さっきはティアラにびっくりして気がつかなかったが、中には小さなカードが入っていた。
ふっと口元が緩む。
ティアラをそっと箱の中にしまった。
机に向かいペンをとる。
手紙を書き終え、手を休める。
人の気配を感じ、振り返えろうとした瞬間、後ろから抱きしめられる。
「エイデン? どうしたの?」
エイデンは答えない。
力強く抱きしめられて、身動きがとれない。
「……少しだけ、このままで……」
耳元でエイデンの声がする。
いつもより弱々しい声に、何かあったのだと感じる。
好きなだけこうしていいよ……
エイデンの腕に手を重ねる。
どれくらいそうしていたのだろうか、身動きしないエイデンに話しかける。
「エイデン、さっきのティアラなんだけど……」
「……」
エイデンは答えない。
「箱の中にカードが入ってたの。」
反応のなかったエイデンが少しだけ身動きをする。
「私とエイデン宛だと思うから読むね。」
エイデンをよろしく。あなたの幸せを願っています。
「差出人の名前はないけど、きっとあなたのお母様……」
エイデンの腕の力が強くなる。
「……っ。」
エイデンの呼吸が荒くなる。
エイデン……泣いてるの?
気がつかないふりをしてわざと明るい声を出す。
「お義母様にお礼のお手紙を書いていたの。結婚式でお会いできたら嬉しいわ。」
「……そうだな……」
小さく消えてしまいそうな声が聞こえた。
どうしたの? 何かあったの?
私がそう尋ねてもきっとあなたは何でもないって笑うでしょうね。
いつか何でも話してくれればいいな。
そう願いながら、エイデンの腕を抱きしめた。




