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「それにしても、レイナがお姫様かぁ……」
ミアが私を見ながらしみじみと言う。
「隠してて、ごめんね。」
仕方がないとミアは笑う。
「それにしても、レイナが急に攫われてしまった時はびっくりしたわ。」
「それは……私もびっくりよ。」
あの日のことを思い出して二人で笑いあう。
「ミアが来てくださってよかったですわ。」
ビビアンが私達を見ながらクスクスと笑っている。
「レイナ様も最近は楽しそうですし、出て行くっておっしゃらなくなりましたしね。」
そうなのだ。ミアが来てから、ここの生活は楽しくなった。出て行きたい気持ちも確かになくなってしまっていた。
「確かにここの生活は楽しいし魅力的よ。でも……」
2人を見ながら呟くように言う。
「小さい頃から隠れて暮らしてきた私が、こんな大きな国の王妃になんてなれるはずないわ。」
ビビアンとミアは顔を見合わせている。
「大丈夫ですよ。」
暗い気持ちを吹き飛ばすような明るい声でビビアンが言った。
「エイデン様がいらっしゃいますもの。」
エイデン……
あの日エイデンの照れる横顔を見て以来、何だか意識してしまう。
「視察に行った土産だ。」
ふらりと部屋に現れたエイデンが、四角い箱を私の手に載せた。
「わ〜、美味しそう。」
中にはフルーツがたっぷりのったタルトが入っていた。
「早速お茶の用意をいたしましょう。」
ビビアン達がささっとテーブルをセットしてくれ、エイデンと二人で席につく。
「ん〜、おいしい。」
ふっとエイデンが笑うのが聞こえる。
「お前は本当に美味そうに食べるな。」
優しい眼差しで見つめられてドキっとした。
「だって本当に美味しいんだもの。」
そう言って最後のカケラを口に放り込む。
「もう一つ食べるか?」
まだ箱の中に残っているタルトを差し出される。
う〜ん……食べたいけれど……
「太ってしまいそうだから、やめておくわ。」
そう言う私のお皿の上にタルトが置かれた。
「お前は少し太った方がいい。」
「えっ?」
「少し痩せすぎだ。」
そんな事ないと思うけど……
「ただでさえご飯が美味しくて食べすぎなのに……本当に太ったらどうするの?」
エイデンは真面目な顔をして私を見た。
「細くて心配になるよりは太った方がましだ。」
「心配してくれてるの?」
「……っ。お前が痩せすぎたら、俺が食べさせてないみたいだろう。」
素直じゃないなぁ……
本当は心配してくれているのだろうと思うと、とても温かい気分になる。
「ねぇ、エイデン……私のことレイナって呼んでよ。」
前から気になっていたことを口に出す。
「お前って呼ばれるのは好きじゃないわ。」
「……レイナ……」
見つめられて名前を呼ばれる。
その瞬間に体中が熱くなるのを感じた。
自分でお願いしといてなんだけど……何だか妙に恥ずかしい。
ふっとエイデンの表情が和らいだ。
「何照れてんだ?」
「て、照れてなんかないわよ。」
真っ赤になりながら反論する。
そんな私達のやりとりを、2人の侍女は微笑えましく見つめていた。
☆ ☆ ☆
嵐は突然やってきた。
「あなたがガードランドの姫君ですか。」
この国の大臣だというその男は、私をジロジロと見下ろしている。
「何やらメイドをしてらしたとか。」
ククっと馬鹿にしたような笑いが腹立たしい。
我慢よ、我慢。にっこり微笑んで受け流す。
エイデンは今視察中で不在だ。
大臣は自分の娘をエイデンと結婚させたがっているから、私にはキツく当たるだろう……
前もってカイルから聞いておいてよかった。じゃないとこんな風に愛想笑いなんてできやしない。
「陛下がなかなか紹介してくださらないので不思議に思ってたんですが……いやはや、これなら紹介できないのも無理はないですな。」
大臣はガハハと一層バカにしたように笑う。
それに同調するような笑い声が後ろからチラホラ聞こえてきた。
改めて自分の格好を見る。確かに簡素だけれど、馬鹿にされるほどひどいとは思えない。
「まぁ何にせよ、このままというわけにはいきませんので、レイナ様のお披露目の機会をご用意しました。」
私のお披露目?
何だか嫌な予感しかしない……
「お気遣いありがとうございます。でもお披露目なんてしていただかなくても大丈夫ですよ。」
にこやかに、やんわりとお断りする。
「もう近隣の貴族の方々には招待状を送ってありますので。」
「……それで、そのお披露目はいつなんですか?」
断れそうもなく、仕方なくそう尋ねた。
「今夜ですよ。まぁ気楽に参加してくださったらいいですから。」
今夜ですって? 呆然とする私の前で、大臣はまたガハハと大声で笑った。
☆ ☆ ☆
「いいですか? 何度も言いますが、きちんとしてもらわなくては困ります。」
カイルの口調はいつになく厳しい。
「全く……視察から帰ってみたらこんな厄介なことになってるとは……」
エイデンは椅子に座り大きなため息をついた。
「あと数時間しかないのに、皆を納得させるような淑女になれっていう方が無理よ。」
諦めに似た感情が湧いてくる。
「大臣の目的は、皆の前であなたを馬鹿にして王妃にふさわしくないと言わせることです。おそらく大臣の娘のエリザベス様も今夜はいらっしゃるはずですよ。」
絶対に負けてはならないとカイルは言う。
ふぅ……
正直気はすすまない。またさっきみたいに馬鹿にされるのが目に見えている。
「頑張ってはみるけど……うまくいく気が全くしないわ。」
仕方がない。とりあえず頑張れるだけ頑張ってみよう。
「後で手伝いをよこす。」
エイデンはカイルを引き連れ、バタンとドアを閉めて出ていった。
すぐにドアが開き、カイルが顔をのぞかせる。
「エリザベス様に勝ったら、三食昼寝付きの生活が手に入るんですから必死でやりなさい。」
ドアが再びバタンと音をたてた。
三食昼寝付きって……それで私がやる気を出すと思ってるの? 全く人のことなんだと……
「……」
まぁ、正直魅力的だけど……
トントンっとドアを叩く音で現実に戻される。
「お手伝いに参りました。」
エイデン付きだという侍女達が数人やってきた。
「レイナ様の評価が、陛下の評価にもつながります。さぁ、全身磨くところから始めましょう。」
「いや〜。」
あまりの痛さに声が出てしまう。
皆で寄ってたかって容赦なく私の体を擦ったり、髪を洗ったり……かなり痛い。
お風呂が終わった時点ですでにぐったりしてしまった。もうこのまま休んじゃいたい……
ベッドに体を投げだし、うつ伏せのまま大きなため息をついた。
「レイナ、分かってる? あなたが馬鹿にされるってことは、あなたに仕えている私達も馬鹿にされてるってことなのよ。」
ミアが私に気合を入れるように言う。
「さっき大臣にあなたが馬鹿にされて、私達がどんなに悔しかったか……」
うんうんっとビビアンも頷いている。
「そうね……頑張らなくちゃね。」
エリザベスがどんな女性かは分からない。でも私のことを応援してくれるミア達のためにも負けるわけにはいかない。
決意を新たにし、鏡の前に立った。
☆ ☆ ☆
エイデンは不機嫌だった。
レイナは大丈夫だろうか?
「全く俺に断りも入れずにこんな宴をひらくとは……」
今夜の宴で大臣がレイナを馬鹿にするのは目に見えている。レイナや俺に用意をする時間を与えないよう、ギリギリまで知らせなかったのだろう。
俺の婚約者候補としてレイナを紹介する、そういう名目で貴族連中を招いている以上、中止にはできない。
レイナには悪いことをした。
まさか自分がいない間に、大臣がレイナに接触するとは……レイナは傷ついてはいないだろうか?
レイナ……
遠い日に交わした約束を思い出す。
あの日から自分の気持ちは何一つ変わっていない。
何があってもレイナを妻にしてみせる。
たとえレイナが何一つ覚えてないとしても……
そのためにはまず皆を納得させなくては。
さぁ、戦いの幕開けだ。
バシッと両手で自分の頰を叩く。気合いをいれ、大臣達の待つ会場に足を踏み入れた。
「エイデン様。」
会場に入るとすぐエリザベスが駆け寄ってきた。
「お会いできて嬉しいです。」
エリザベスは可愛らしい顔でニコニコ笑っている。
どう対処すべきか悩むところだ。正直大臣もエリザベスもうっとうしい。でも国の王としては、大臣を蔑ろにするわけにもいかない。
「陛下」
頭痛のタネが現れる。
「メイドの姫はまだですかな?」
大臣の言葉に周りの貴族達も笑っている。
「用意にも時間がかかるんじゃないですかね? なんせあの容姿ですから。」
レイナを馬鹿にしたような話題が続く。
「いい加減にしろ。」
小さな声で呟いた。
「陛下、何とおっしゃいました?」
まだ笑いながら大臣が尋ねる。
「口を慎めと言ったんだ。レイナは俺の妻になる女だ。悪口は許さない。」
本当は怒鳴ってやりたいくらいだが、なんとか感情を押さこむ。
「あんなメイドを本気で妻にと考えてらっしゃるんですか?」
大臣は信じられないというような顔をする。
「当たり前だ。前から言っているだろう。レイナ以外とは結婚するつもりはない。」
「そうですか……まぁそれについてはおいおい考えるとして……レイナ様がいらっしゃるまでエリザベスが陛下のお相手をいたします。」
これだけ言っても諦めるつもりはないのだと実感する。
エリザベスが嬉しそうにエイデンの前に出る。踊りに誘って欲しいのだと分かってはいるが、レイナ以外と踊るつもりはない。
さてどうするべきか?
助けを求め、目でカイルを探すが見当たらない。
全く……あいつはいつも口煩いくせに、肝心な時に側にいやしない。
その時会場がどよめいた。
なんだ?
エイデンは会場の入り口に目を向けた。




