28
「レイナの祖父と親友? 今までそんなことは一言も……」
そんな話は今まで聞いたことがない。
そもそも祖父とレイナの祖父が知り合いだということすら知らなかった。
祖父は俺の前に置かれた絵に視線を落とす。
「これはワシとアンナが新婚旅行でガードランドに行った時を描いたものだ。記念にとアルバートがよこしてきおった。」
祖父の視線は、普段自分に向けられる厳しいものとは違いとても穏やかだ。
「アンナとレイナの祖母も仲良くなったもんでな、アルバート達に娘が産まれた時にアンナと名付けたんだ。」
レイナの母親の名前はアンナだった。
まさかそれが俺の祖母の名前からとったものだったとは。
「……あなた達が親友だということを、レイナは知ってるんですか?」
俺の問いに祖父は静かに答える。
「知り合いだということは、昨日茶を飲みながら知らせた。だが親友だとまでは言うつもりはない。」
だからお前も言うなと祖父は俺に口止めをする。
「どうしてですか?」
「ワシらが知り合いだと知った時、あの娘は祖父のこと、ガードランドのことを知りたいと言った。」
それはそうだろう。
ガードランドはレイナが小さい時に滅んだのだから、覚えていることはほとんどないはずだ。
知りたいと思うのは当然だ。
「ワシはガードランドのこともアルバートのことも、あの娘にはあまり教えたくない。」
「なぜですか?」
「なぜって……」
祖父はふんっと鼻をならす。
「レイナにとっては辛い話が多いからな……知らない方が幸せかもしれんだろ。」
祖父の口からレイナを思いやるようなセリフが出たことに驚きを隠せない。
「あなたはレイナをよく思ってないんじゃなかったんですか?」
だから結婚も反対したんじゃなかったのか?
「ワシはな……ガードランドが滅んだ時、アルバートに何もしてやれんかった。だからアルバートの宝だった、娘のアンナと孫のレイナだけは何としても助けてやりたかった……」
「じゃあなぜ俺とレイナの結婚を反対したんです?」
そりゃお前……と祖父は言う。
「お前が竜の力のためにレイナと結婚すると言ったからだ。」
「そうでも言わないと、サンドピークの姫との結婚をやめられなかったじゃないですか?」
「ふむ。クリスティーナとの結婚は国としてはありがたかったからな。」
クリスティーナ……結婚の約束をしていた姫はそんな名前だったのか。
「ワシはずっとレイナ達親子の行方を探させておった。やっと見つけたと思ったら、お前に邪魔されて保護できなかったがな。」
あの時レイナを捕まえようとしていたのは祖父の家臣だったのか?
森の中での出来事を思い出す。
「ワシも早く保護しなければと焦っておったんじゃ。レイナは他の者にも狙われていたからの。しっかし、使いに出した者たちがお前に燃やされたと言って帰って来た時には驚いたわい。」
「あれじゃ保護しようとしてたようには見えませんよ。」
どう見てもレイナを攫おうとしているようにしか見えなかった。
すまんすまんと祖父は言う。
「それからずっと二人の行方は分からんかった。お前が見つけ出して連れて来たレイナは、龍の力が封印されておった。」
どうりでずっと見つからなかったのだと納得したらしい。同時によかったと思ったと祖父は言う。
「このまま普通に幸せになれれば、そう思ってウィリアムと結婚させるつもりでいた。それなのにお前が……」
「ウィリアムと結婚ですって?」
祖父の言葉を遮る。
「なんでそんな話になるんです?」
俺とレイナの結婚は反対するくせに、ウィリアムはオッケーなんて納得がいかない。
「そりゃお前はレイナの龍の力を利用する可能性はあるが、ウィリアムはレイナの力のことは全く知らないから安心じゃろ?」
それに……と祖父は言う。
「ウィリアムの父親はワシの腹心の家臣だ。」
ウィリアムの父である前の大臣を思い出す。
「あいつはワシとアルバートの関係も、レイナのことも全部知っておるからの。ウィリアムに任せればレイナは大丈夫だと思ったんじゃ。」
大臣がレイナとの結婚に異を唱え続けていたのは、祖父の頼みでもあったのか。
いけ好かない男だと思って悪かったと、今更ながらに思う。
「でも火事のあとのお前の様子で、お前がレイナのことを本当に想っているのがよく分かった。」
レイナの記憶がなくなってしまったのは残念だった……
祖父が同情したような表情をした。
「お前が本気でレイナのことを想っているなら、ワシはお前達の結婚に大賛成だ。」
思いがけない話の流れに驚いてしまう。
「なんじゃ、そのおかしな顔は?」
「いえ……あなたの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったので……」
ふんっと鼻をならしながら祖父が言う。
「どうせワシのことを頑固じじいだとでも思ってたんだろう。」
その通りなので返す言葉もない。
「まぁ、小さい頃からお前には厳しくしておったから仕方ないが……」
「炎の力を使いこなせなければ、周りからも疎まれてしまう。お前を王にするために、厳しくしてしまったからな……」
祖父は遠い目をする。
「アンナが死んで、お前達の父親であるワシの息子も早く死んでしまった……あの時のワシにはお前を王にすることだけが生きている意味のような気がしてな……それでもお前はよく頑張ったな。お前ならきっとレイナを幸せにしてくれるはずだ。」
祖父からこんな優しい言葉がかけられることなんて一生ないと思っていた。
胸が熱くなる……
うまく言葉が出てこない。
自分は母からも祖父からも嫌われている、そう思っていた。しかし祖父は自分を気にかけてくれていたのだ。そのことが素直に嬉しい。
「……今度俺にもガードランドの話、聞かせてください。」
「そうだな。レイナと三人で、美味い菓子でも食いながら話そうかの。」
今まで見たことのない優しい顔で、祖父は笑った。
☆ ☆ ☆
やっと解放された……
レイナの部屋を訪れたのは夜遅くになってからだった。祖父の部屋から戻った俺は、待ち構えていたカイルから逃げる事は出来なかった。
またレイナは寝ているかもしれないな。
そう思い静かにレイナの部屋に入る。
「エイデン。」
俺の姿を見たレイナが駆け寄ってくる。
もう寝る準備をしていたのだろう。
白いモコモコのパジャマ姿のレイナはたまらなく可愛らしい。
「遅くなってすまない。」
昼間のことを気にしていたのだろう、不安そうな顔をしている。
その細く頼りない肩を抱き寄せて、大丈夫だよと言ってやりたい衝動にかられる。
レイナが目覚めてからの一カ月、キスはおろか抱きしめたい気持ちも抑えつけてきた。
時々我慢できなくてイタズラっぽく触れることはあったが、そのたびにレイナは俺とどう接していいのか戸惑っているような顔をした。
レイナに触れたくて触れたくて……気が狂いそうだ。
でも焦って嫌われてはたまらない。
なんとか気持ちを抑えつける。
「昼間はすまなかった。祖父と政治のことで話があったんだ。」
もちろんこれは作り話だが、レイナはほっとしたような顔をした。
「そうなんだ。私何か悪いことしちゃったかと思って心配しちゃった。」
安心したようにレイナが微笑む。
その笑顔につられて俺まで顔がほころんでくる。
レイナの頰にかかる金茶色の髪の毛をそっと耳にかける。
微かに俺の手がレイナの耳に触れた。
肩をすくめ、くすぐったそうにレイナが笑う。
なんて愛しいんだろう……
もう一度見たくて、今度は耳に優しく触れてみる。
「ふふっ。くすぐったい。」
そんなレイナを見ていると、今すぐにでも抱きしめてしまいたくなる。
「レイナ……キスしていいか?」
そっとレイナの左頰に触れる。
えっと呟いた後、一瞬でぼっと耳まで赤くなったレイナを見て我慢ができなくなる。
レイナの返答を待たずにグイッと引き寄せた。
「あっ。」
驚いた顔のレイナに優しく口づける。
抱きしめたままレイナの顔を見つめた。
レイナは真っ赤な顔で恥ずかしそうにしている。
あー、もうだめだ。
抑えがきかなくて、レイナの可愛らしい唇に、今度は荒々しく口づける。
「レイナ、愛してるよ。」
思い切り抱きしめたまま耳元で囁いた。
レイナ、ごめんな……
本当はレイナが俺を好きになるまで待つつもりだったのに……
自分の自制心のなさにつくづくあきれてしまう。
でもレイナを前にすると、どうしても抑えがきかなくなってしまうのだ。
レイナの柔らかな髪の毛を優しくなでる。
「エイデン、私……」
レイナが潤んだ瞳で俺を見上げる。
その瞳にチュッと優しくキスをする。
分かってるよ……
レイナが前と同じように俺を好きなわけじゃないってことは。
早く俺を好きになれよ。
そう願いながらもう一度レイナに優しく口づけた。




