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「レイナ、大丈夫か?」
まぶしさに耐えながら目をあけると、私を覗きこむ数人の姿が見えた。
誰?
見覚えのない顔に不安を覚え、起き上がろうとするがうまく体が動かない。
「無理せず、まだ寝とけばいい。」
誰だか分からないけど、きれいな人……
私を心配そうに覗きこむチョコレート色の瞳を見つめ返す。
「よかった。」
心底ホッとしたような顔で穏やかに笑うその男性に胸がざわめく。
「レイナ様、本当に良かったです。」
小柄な女性がハンカチで涙をぬぐっている。
自分の置かれている状況が分からず、すこぶる居心地が悪い。
力をふり絞ってベッドから体を起こす。
自分一人ではうまくいかず、先程の男性が手を貸してくれた。
「ずっと寝たきりだったから、まだ体が動かないんだろう。きっとすぐ動くようになるさ。」
「私……」
一体どうしたのかしら?
そう尋ねようとしたけれど、喉がカラカラで声がうまく出なかった。
「ビビアン、水を頼む。」
男性の指示に、先程から泣いている女性が水を手渡してくれた。
コクンと一口飲む。
冷たくて美味しい。
「ありがとう。」
小さいながらも、やっと声が出た。
「自分の名前は分かるか?」
私の名前は……
「レイナです。」
「じゃあ俺のことは分かるか?」
しばらく顔を見て、無言で首を横にふる。
そうか……
男性は少し悲しそうな顔をした。
「じゃあ、この二人のことは?」
二人の顔をしっかり見るが、やっぱり全く見覚えがない。
もう一度無言で首を横にふった。
「こっちがビビアンで、こっちがミア。二人ともレイナの世話係だ。」
男性の声に、二人が続く。
「よろしくお願いします、レイナ様。」
「レイナ、困ったことがあったら何でも言うのよ。」
優しそうな二人にちょこんと頭を下げた。
「それから……」
男性が私の手を優しく持ち上げる。
ドキっ。
温かな手の温もりに触れて、胸が大きく音を立てる。
「俺はエイデンだ。」
「エイ、デン。」
彼の名前をつぶやいた。
どこかで聞いたような、懐かしい気持ちになる。
「お前の婚約者だ。よろしくな。」
そう言って私の手の甲にちゅっとキスをした。
キスされた!
びっくりして彼が何を言ったか聞き逃してしまうところだったわ。
私の婚約者?
こんな綺麗な男性が私の婚約者だなんて!
何だか頭がパンクしてしまいそう。
私の様子を見たエイデンが心配そうな顔をする。
「気分でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。」
緊張のあまり、小さな声しか出なかった。
部屋の戸がノックされ、眼鏡をかけた男性が部屋へ入ってきた。
「レイナ様、おはようございます。」
眼鏡の男性はすぐさまエイデンに話しかける。
「医師の準備が出来ています。すぐ呼びますか?」
「あぁ、頼む。」
二人のやりとりをボーっと眺める。
「レイナ、起きたんだね。よかったよかった。」
ぼんやりしている間に誰かが部屋に入ってきたらしい。
その人物を見て、驚いてエイデンの顔を見る。
同じ顔?
チラチラと二人の顔を見比べている私に、新しく部屋に入ってきた男性はおかしそうに笑いながら近づいて来る。
「エイデンと私を見分けられなくなっちゃったみたいだね。」
その声に反応したのか、エイデンが戻って来た。
「レイナが俺達を見分けられるようになるまで、しばらくお前はレイナに会うの禁止だからな。」
エイデンのセリフにその男性は不満そうだ。
「イヤだよ。私は毎朝レイナと朝ごはんを食べるんだから。」
はぁっとエイデンがため息をつく。
「あまりレイナに迷惑かけるなよ。」
「もちろん。迷惑なんてかけたことないよ。ねっ、レイナ。」
えーと……
この人が誰なのか分からないので、返事に困ってしまう。
「レイナ、こっちはレオナルド。俺の双子の兄だ。」
「双子……」
どうりでそっくりなわけだと思う。
どうやって見分ければいいんだろうか。
顔を見比べながら考えていたら、何だか疲れてしまった。
体を倒して横になる。
「レイナ、どうした?」
心配そうに覗きこむ顔を見つめる。
「ごめんなさい、少し疲れてしまって。」
「もう少ししたら医者が来るから見てもらえ。また夕食の時間に来るから、ゆっくり休め。」
そう言って、ビビアンとミア以外は部屋から出て行く。
ふぅ……
私は一体どうしたんだろう?
フカフカのベッドに体を横たえたたま静かに目を瞑った。
☆ ☆ ☆
「レイナ様、もう少しで夕飯の時間ですが、少しでも食べられそうですか?」
ベッドに横たわったままの私にビビアンが尋ねる。
「ええ。少しだけお腹がすいてきた気がするわ。」
体を起こしながら答えた。
「よかったです。エイデン様もいらっしゃいますよ。」
そう言って、私のベッドの横にテーブルと椅子を用意している。
「私……パジャマのままだし、ベッドから起き上がれないけど、いいのかしら?」
こんな姿を見せるのは何だか恥ずかしい気もする。
「大丈夫ですよ。」
ビビアンは笑いながら答える。
「レイナ様が眠ってらっしゃる間、エイデン様はこちらでお食事をしてましたから。」
寝顔をずっと見られていたなんて、なんだか照れくさい。
しばらくしてエイデンはやって来た。
「顔色は良さそうだな。」
エイデンの優しい笑顔につい見とれてしまう。
「髪の毛が……」
さっきと違うみたい。
エイデンの黒く艶やかな髪は、短く切りそろえられていた。
さっきまでのお洒落な髪型も素敵だったけど、短いのも爽やかでカッコいいな。
「今切ってきた。」
そう言いながら自分の髪の毛に触れる。
「これならレオナルドと見分けられるだろ?」
「はい。」
これなら二人を見間違えはしないだろう。
「とても似合ってます。」
わたしの言葉にエイデンは嬉しそうに笑った。
その笑顔に胸がきゅっと苦しくなる。
「さぁ、夕食にするか。」
私にはスープ、エイデンには一通りの料理が並べられる。
ビビアンとミアが静かに部屋を出て行った。
部屋にエイデンと二人残され、何だか緊張してくる。
さっき婚約者だって言ってたけど、本当かしら?
一体何の話をしていいか分からず戸惑ってしまう。
「どうした? 食べないのか?」
私の前に置かれたスープからは湯気が立ち、おいしいそうな匂いがしている。
「いただきます。」
スプーンを握りスープをすくおうとするが、うまく手に力が入らない。
スプーンが手から滑り落ちた。
「大丈夫か?」
エイデンがスプーンを拾ってくれる。
「何だか手に力が入らなくて……」
手を握ったり開いたりしてみる。
「長いこと眠ってたからな。ゆっくりリハビリしていけばいい。」
エイデンはそう言って、スープを私の口の前に運ぶ。
「ほら、口あけろ。」
口に温かいスープが入ってくる。
それをコクンと飲み込んだ。
「おいしい……」
スープはとても優しい味がして、体にすーっと染み込んでいくようだった。
「そうか。」
エイデンはそう言って、嬉しそうにもうひと匙スープをすくって飲ませてくれる。
食べさせてもらうのも何だか緊張するし、申し訳なくて仕方がない。
「エイデン、あの……食べさせていただかなくても大丈夫なので……」
私の言葉にエイデンはひどく不満そうだ。
「仕方ない。じゃあ今から少しリハビリでもするか。」
そう言うと、ひょいっと私のベッドに飛び乗った。
えっ?
エイデンは座る私の後ろにまわりこむと、手を握った。
どうしよう……
背中にエイデンの広い胸を感じる。
微妙にしか触れていないのに、まるで背中から抱きしめられているかのように体が甘く痺れてくる。
エイデンは私の右手にスプーンを握らせると、その手を優しく支えながら口へと導く。
口の中に注がれたスープを飲み込む。
「上手に飲めたな。」
耳元で囁かれ、心臓が飛び出そうなほどに激しく音を立てる。
私の背中から、この胸の高鳴りが伝わってしまいそうで、少しだけ体をずらした。
繋がれた右手がスープをすくおうとする。
「きゃっ。」
エイデンの左手が私のお腹へとまわされる。
がっちりと抱きしめられて身動きがとれない。
「動くとこぼしちまうぞ。」
そう言ってスープを口元へ運ぶ。
「うまいか?」
耳に微かに息がかかり、ゾクっとする。
もう味なんて全然分からない……
参りました。降参です。
「エイデン、ごめんなさい。」
小さな声で呟く。
「……食べさせてください。」
ふっとエイデンが笑う。
「仕方ないな。」
そう言うと、私の左頰に手をあて、くいっと首を動かした。
あっと思う間に、右頰にエイデンの唇が優しく触れた。
キャーっ、キャーっ、キャー!!
私の頭はドカンと噴火して、軽く意識が遠のいた。




