24
今年もあと少しで終わりだな……
たまっていた書類を片付け終わり、ふぅっと大きなため息をついた。
今日は城の者たちも早々に仕事を片付け、各々年の瀬を楽しんでいるはずだ。
そろそろ部屋に戻るとするか。
今夜はゆっくり飲もうとワインを持ち部屋へ帰る。
ビビアンとミアをさがらせ、部屋にはレイナと二人きりだ。
レイナの眠るベッドサイドに腰かけ、左手をそっと握る。その手のひらを自分の頬に押し当てた。
なんて冷たいんだ……
手のひらの冷たさに悲しみがこみ上げる。
「レイナ……頼むから早く起きてくれよ。」
レイナの形のよい唇にそっとキスをした。
レイナが目覚めるまでいつまでも待ち続けるつもりだが、時々寂しさで胸が潰れてしまいそうになる。
それでも手の届く所にレイナがいて触れられることは幸せだった。
「レイナ、愛しているよ……」
そっと頭を撫でながらもう一度キスをした。
「今夜はレイナと飲みながら新しい年を迎えようと思って持ってきたんだ。」
ワインの準備をしながら、眠っているレイナに向かって話かける。
「もちろんレイナがくれたグラスも出さなきゃな。」
大切にしまっていたグラスをベッドサイドのテーブルへ並べて置く。
「今年もあと一時間だな。」
時計を見ながら呟いた。
突然、ピカっと窓の外で稲妻が走った。
ふっと部屋の明かりが消える。
誰かいるのか?
人の気配を感じ暗くなった部屋を見回す。
窓際で何かが動いた。
「誰だ?」
すぐさまレイナの側により、何者かの動きを見る。
ピカっともう一度稲妻が走る。
窓から差し込む光で、その人物の姿が浮かびあがる。
「……えっ?」
自分の見たものが信じられず、そのまま固まってしまう。
部屋の明かりがもどって、はっきりと侵入者を見てとれた。
侵入者はレイナと同じ、綺麗な銀白色の長い髪をしていた。
「龍の……」
言葉を発しようとするが、その圧倒的な威圧感と神々しさに気圧されてしまう。
まさか、龍の一族?
「少しお邪魔するよ。」
そう言うと侵入者は足音を立てることなくレイナの側に進んでいく。
そっとレイナの髪の毛を撫でた。
その瞳はとても優しく愛に溢れたものだった。
「……レイナの……お父さんですか?」
レイナを慈しむような瞳に、そう確信しながらも尋ねてみる。
その侵入者は質問には答えず、優しく微笑んだ。
「今は君がこの国の王なんだね。」
漂っている威圧感からは想像できないほど優しい声で男が言った。
「はい。エイデンと申します。」
「そう……」
男はまた優しく微笑んだ。
「レイナが世話になってるみたいだね。」
そしてもう一度眠ったままのレイナの頭を優しく撫でた。
「よかったら……一緒に一杯いかがですか?」
ワインの瓶を持ちあげながら尋ねてみる。
男は突然の申し出にふっと笑いながらも
「それは嬉しいな。」
と答えた。
ジュールと呼んでくれ、男はそう言った。
レイナのグラスで二人、乾杯をする。
「うん。美味しいね。地上のお酒を飲むのは久しぶりだよ。」
ジュールはそう言いながらワインを口にする。
銀白色の髪は明かりに照らされて輝いていた。レイナ以外で銀白色の髪の毛を見るのは初めてだった。
「髪の毛が気になるかい?」
俺の視線に気づいたジュールが笑いながら尋ねる。
「じろじろ見てしまってすいません……龍族の方にお会いするのは初めてなので……」
正直に伝える。
「レイナの髪も同じじゃないのかい?」
確かに色は同じだ。
だけど……
「レイナを龍族として見たことはなかったので。」
出会った時からレイナは普通の、というかちょっと変わった女の子だった。
恐ろしいほどのオーラを醸し出しているジュールとは全く違っている。
「そうなんだね。」
ジュールは優しく微笑んでワインを飲み干す。
「ガードランドの龍の門は失われたと聞いてるんですが、地上にはどうやって来たんですか?」
ジュールのグラスにワインを注ぎながら尋ねた。
確かガードランドはレイナの祖父が、龍の門を閉じたことで滅んだはずだ。
「龍の門は確かになくなったね。でもあれは元々人間が使うものであって、我々には必要ないんだよ。」
「必要ない?」
ふふっとおかしそうに笑いながら、ジュールは言う。
「我々は来ようと思えばいつだってこっちに来れるんだ。でも……」
ジュールの顔が初めて曇った。
「私は色々あって見張られててね……毎年、一年の最終日、最後の一時間だけ自由が与えられてるんだ。」
だからこうしてここに来たのだとジュールは言う。
最後の一時間……
壁にかけられた時計を見ると、今年が終わるまで残された時間はあと少しだった。
「レイナを目覚めさせてもらえませんか?」
龍族ならば、レイナを目覚めさせる力があるのではないか? それは前から考えていたことだった。
しかし龍族に会う機会なんてないと諦めていた。
「あなたになら、できるのではないですか?」
「レイナを目覚めさせるのには大量の魔力が必要だ。でも残念ながら、私の魔力はレイナに分け与えられないんだ。」
レイナは人間だからね……
ジュールの瞳が悲しみを帯びている。
「今の君にもレイナを目覚めさせるのに必要な分の魔力はないよね?」
ジュールの言葉に、黙って両手を見つめる。
確かに今の俺には魔力は多く残っていない。
先の火事の時、ほとんどの魔力を使い切ってしまった。
「もうどうにもならないんですか?」
うなだれる俺に、ジュールが一つだけ方法があるにはあると言った。
「レイナの記憶を魔力に変換させるんだ。」
「記憶?」
ジュールは頷いた。
「そう、記憶だ。人間の魔力は記憶と密接な関係があってね。その記憶を魔力に変換させてしまえばレイナは意識を取り戻すだろう。」
ジュールはレイナの髪の毛を優しく撫でる。
「しかし私がレイナの記憶を変換したとしたら、レイナは君のこと全て忘れてしまうかもしれないよ。」
ジュールの言葉に何も返す言葉が見つからない。
「君のことだけじゃない。レイナが生きてきた、今までの記憶のかなり多くの部分が失われたしまう可能性だってあるんだ。」
レイナ……
綺麗な顔で眠るレイナを見つめる。
俺はレイナが記憶の大半を失っても、目覚めてほしい。それがレイナにとってはつらいことであったとしても……
「また忘れられても本当にいいのかい?」
ジュールの言葉に力強く頷く。
「たとえレイナが俺を忘れても、俺を好きじゃなくなっても、今度こそ俺はレイナを幸せにしてみせます。」
ジュールがセピア色の瞳でこちらをじっと見つめている。
その瞳に見つめられていると、心の中までも見透かされているような気持ちがしてくる。
「……レイナを幸せにしたいという気持ちに嘘はありません。でも本当はそれ以上に、俺がレイナに会いたくてたまらないんです。」
「……腕輪は持ってるかい?」
ジュールが静かに言った。
「これですか?」
レイナの力を封印していた腕輪をジュールへ手渡す。
腕輪を受け取りながら、ジュールが目を細めた。
「これはね、私がアンナのために作ってプレゼントしたものなんだ。」
ジュールが腕輪にふっと息をかける。
腕輪がキラキラと輝きはじめ、そのきらびやかな美しさに目を奪われる。
「急がなくちゃいけないね。」
時計の針はもうすぐ12時をさそうとしていた。
ジュールがレイナの額にそっとキスをした。
レイナの左腕に、輝く腕輪がはめられる。
優しい光がレイナを包み込んでいった。
光が消え去ると、ジュールはレイナの頭を優しく撫でた。レイナの髪の毛は金茶色に変わっていた。
「念のため、力も封印しておいたよ。」
窓の外で稲妻が光る。
「あぁ……もう時間だ……」
部屋の中が暗くなる。
「ありがとうございました。」
窓へと静かに歩いて行くジュールへ声をかける。
「一年後、また来てください。美味しいお酒を用意しておきます。」
返事はなかったが、暗い部屋の中でジュールが微笑んだ気がした。
再度稲妻が光る。
「レイナをよろしく頼むよ。」
部屋の明かりが戻った時には、ジュールの姿は消えていた。
ありがとう。
心の中でもう一度ジュールにお礼を言う。
「レイナ……」
人形のように冷たく固まっていたレイナの肌は赤みがさしていた。
そっとそのピンク色の頰に触れてみる。
温かい……
胸がきゅっとなる。
よかった……
すぅすぅと息をしているレイナの頰にそっと口づけた。
レイナが目覚めたら、またはじめからスタートだ。
3回目のはじめましてだな……
今度のレイナはどんな反応をするだろう?
またあの可愛らしい笑顔を向けてくれるだろうか?
多少の不安はあるが、もうすぐレイナに会えると思うだけで胸が弾んだ。
もう一度、レイナの頰に口づけをした。
☆ ☆ ☆
暗い暗い冷たい闇の中で、私を呼ぶ声がする。
誰だろう……
どこか懐かしく、優しい声だ。
「レイナ、起きなさい。」
体がポカポカと暖かくなってくる。
何だかいい気持ち……
「レイナ、お前を待ってる人がいるよ。早く戻りなさい。」
誰かしら?
私を待ってくれているの?
早く起きなくちゃ……
重たいまぶたを一生懸命動かして目を開けた。




