23
微睡みの中で、あの日の出来事を思い出す。
いつものように屋敷を抜け出し、レイナの元へ向かう。レイナ達は湖のほとりの小屋に、二人でひっそりと隠れ住んでいた。
どうしてそんな生活をしているのかなど色々聞きたいことはあったが、レイナに嫌われたくなくて何も聞くことはなかった。
同じようにレイナも俺が何者なのか、なぜいつも森にいるのか聞くことはなかった。
その日はいつもと様子が違っていた。
いつもは湖の側で遊んでいるレイナの姿が見えないのだ。
悲鳴が聞こえた気がして慌てて森の中へ。
直感を頼りに森を進むと、数人の男達に追いかけられているレイナを見つけた。
「やめろ!!」
男の手がレイナに触れそうな瞬間、俺の叫びに反応して炎が男達をとり囲んだ。
「うおっ。なんだこれは?」
「とりあえず引けっ。」
勢いよく燃えあがる炎を前にして、男達が走り去っていく。
よかった……
急いでレイナにかけよる。
「レイナ、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ。ありがとう。」
気がつけば火は燃え広がり、俺とレイナも火に囲まれていた。
「大変。逃げなきゃ。」
そう言いながら逃げ道を探すが、すでにまわりは火の海だった。
炎のコントロールがうまくできるようになれば、火を起こすだけでなく、火を消すこともできるのだと知っていた。
火が消えるよう祈りながら、力を使う。
「どうして消えないんだ?」
焦りからなのか、まだ自分に炎を抑え込む力がないのか……炎は弱まるどころか勢いを増していく。
「すまない。」
迫りくる火を見ながらレイナに謝る。
「俺が化け物だから悪いんだ……俺のせいでレイナまでこんな目に。」
悔しさで涙が滲む。
レイナがそっと俺の頬に触れた。
「大丈夫よ。」
そう言ってにっこり笑ってフードを外す。
「レイナ?」
フードの下からあらわれた銀白色の髪の毛に、目が釘付けになる。
「エイデンが化け物なら、私も化け物だわ。」
レイナが両手を広げ、空を仰ぐ。
途端に黒い雲が空を覆い尽くす。
空から大粒の雨が降ってきた。
勢いよく降り出した雨が炎を消し去り、俺達は無事だった。
炎が消えると、安心したかのようにレイナは意識を失ってしまった。
倒れこむレイナを必死で支える。
レイナ……
レイナが何者で、なぜ隠れて暮らしているのか、その時に理解した。
ガードランドには禁忌とされる龍族と人との間に生まれた子がいるという話を聞いたことがある。
その子はガードランドが滅んで以来、行方不明だったはずだ。
しばらくしてレイナを探してアンナがやって来た。
レイナが見つかってしまった以上、もうここにはいられないと言うアンナに、どこにも行かないでくれと懇願する。
自分がこの国の王になるから……
そうすればレイナを安全な場所で守ってあげられるはずだ。
そんな俺にアンナはにっこりと微笑んで、
「レイナを思ってくれてありがとう。」
と言った。
アンナは俺にレイナの話をしてくれた。
レイナが持つのは龍の力全てではなく、天候に関するもののみであること。
それでも力を欲する者達に狙われていること。
隠れ住んではいるが、龍の証である髪の色だけは誤魔化せず、今日のように襲われることが何度もあったらしい。
「レイナには龍の力があるけれど、体は人間なの。」
体は人間だから、龍の力を使うことは負担が大きすぎるとアンナは言った。
「魔力を使いすぎると人は記憶を失ってしまうことがあるんだけど、レイナの場合は少し力を使っただけなのに記憶をなくしてしまうの。きっとそれだけ龍の力というものは人には強力すぎるんでしょうね。」
アンナが悲しそうに顔を歪めた。
「それに、魔力を使いすぎると体がもたないみたいで……ある程度の魔力が回復するまで眠ったままなのよ。」
魔力を使い切ってしまい、永遠に眠り続ける……そういう可能性もあるのだとアンナは苦しそうに言った。
じゃあ今レイナが魔力を使ってしまったせいで、このまま目覚めない可能性もあるのか?
背筋につーっと冷たい汗が伝う。
「どうすればいい? 助ける方法があれば何でもする。」
そう言う俺に、
「一つだけ方法があるわ。」
そうアンナが言った。
「あなたの魔力を少しもらえるかしら?」
魔力を?
「それでレイナが助かるならいくらでもやるよ。」
そう言う俺にアンナは優しい顔をする。
「ありがとう。」
そう言って持っていた腕輪をレイナの左手首にはめた。
「ここに魔力を吹き込んでくれる?」
魔力を吹きこむなんて、今までに経験したことない。うまくできるか不安に思いながらも、レイナが助かるよう願いをこめながら魔力を吹き込んだ。
そこにアンナの魔力も吹き込まれていく。
それは美しく、神秘的だった。
アンナの魔力が吹き込まれた途端、レイナの髪の毛は金茶色へと色をかえた。
「う、ん……」
ムニャムニャと言うレイナを見ながら体から力が抜けていくのを感じた。
さっきまでとは違い、レイナの息遣いを感じられるのが嬉しかった。
「よかった。これでレイナと一緒にいられるよな?」
俺の問いかけに、アンナは困った顔をする。
「今はまだ無理かな。」
「どうして?」
髪の色も変わり、力さえ使わなければ、もう追われる心配はないはずだ。
「レイナがもう力を使わなくていいように、龍の力と、それにまつわる記憶を封印したの。きっとあなたのことも忘れてしまってると思うわ。」
「そんなのは平気だ。忘れられても、また一緒にいれさえすれば……新しい記憶は作ればいいんだ。」
「そうね……でもやっぱり今は無理よ。あなたがレイナを大切に思ってくれていても、あなたの周りの人達がレイナを利用しないとは限らないから。」
アンナに返す言葉が見つからない。
今の自分は屋敷に閉じ込められているだけのただの子供だ。
「あなたがこの国の王になった時、まだレイナを思ってくれているなら……その時はレイナを見つけてくれるかしら?」
あなたを信じてるから、封印をとけるのは炎の魔力をもつ者だけにしておくわとアンナはつけ加えた。
どうしてもレイナと離れなくてはいけないことが分かり、涙が静かに頬を伝っていく。
気持ち良さそうに眠るレイナのおでこにそっとキスをした。
「いつか必ず迎えにいくから待っててくれ。」
絶対にレイナを見つけてみせる。
「その時はレイナがもう隠れなくてもいいように、俺が守ってやる。約束だ。」
レイナの金茶色に変わった綺麗な髪を優しく撫でて、もう一度おでこにキスをした。
☆ ☆ ☆
「きりがよいので、この辺りでお昼にされたらいかがですか?」
カイルの言葉に時計を見る。
もうこんな時間か……
時計は12時半を過ぎたところだった。
「賛成。もうお腹ぺこぺこだよ。」
レオナルドが立ち上がって伸びをする。
「そうだな。そうするか。」
「食事はどこに用意しますか?」
「部屋に頼む。」
そう言って部屋へ戻ろうとする。
「待ってよ、エイデン。私も一緒に行くよ。」
そう言ってレオナルドもついてきた。
あの火事からすでに一月がたっていた。
町は何とか落ちつきを取り戻し、人々は普段通りの生活を送っていた。
眠り続けているレイナを除いては。
レイナの側に少しでもいてやりたいと思い、食事は部屋でとることが多くなっていた。
「うぅっ、寒い。」
廊下に出たレオナルドが身を縮めた。
肌に冬らしい冷たさを感じる。
「ウィリアム、来てたのか。」
部屋へ戻る途中で大きな花束を抱えたウィリアムに出会う。
「陛下、レオナルド様、お久しぶりです。」
ウィリアムが深々と頭を下げる。
「そのお花、レイナに?」
レオナルドが声をかける。
「はい。お渡ししてよろしいでしょうか?」
ウィリアムが俺に許可を求める。
「ああ、もちろん。せっかくだから、レイナに会って行けばいい。」
遠慮するウィリアムを部屋へ招き入れた。
「まぁ、ウィリアム様いらっしゃいませ。」
ウィリアムを見たビビアンが声をかける。
「これ、レイナ様に。」
ウィリアムが花束を手渡す。
「まぁ、キレイ。ノースポールですね。」
早速花瓶にいれてレイナのベッドサイドに飾られた。白い花束はとても可愛らしく、レイナが喜びそうだ。
「レイナ、よかったな。」
眠ったままのレイナの頭を撫でながら声をかける。
「ウィリアム様、いらっしゃってたんですね。」
カイルが部屋へ食事を運んでくる。
「ウィリアム、お前も一緒に食っていけ。カイル、ウィリアムの分も頼む。」
レオナルド、ウィリアムと共に席につく。
「エリザベスは一体どこへ行ったんだろうね?」
昼食のサンドイッチを頬張りながら、レオナルドが言った。
「本当に申し訳ありません。」
ウィリアムが頭を下げる。
「ウィリアムを責めるつもりはないんだよ。ただ、正直すぐ見つかると思ってたんだよね。」
あの火事の日に脱走したエリザベスの居所は未だ不明のままだった。
「おそらくどこかに協力者、しかもかなりの力を持つ人物がいるのでしょうが……残念ながら見当も付いていない状態です。」
カイルが現状をウィリアムに説明する。
「ウィリアム、気にするなよ。お前やお前の両親が今回の件に無関係だというのは、皆分かってるんだから。」
レオナルドも横で頷いている。
「ありがとうございます。」
ウィリアムがレイナの方へ目をむける。
「レイナ様をお守りする役目をいただいておきながら、お守りできませんでした。」
きっとあの日からウィリアムも色々苦悩しているのだろう。
「お前が町にいてくれたおかげで、重傷者がでなかったんだ。感謝しているぞ。」
ウィリアムと同じようにレイナに視線をむける。
「レイナもきっと、喜んでいるはずだ。」
レイナなら間違いなく、自分が傷ついたことよりも、町で重傷者が出なかったことを喜ぶだろう。
「ありがとうございます。」
ウィリアムが頭を下げる。
「次こそはお守りできるように、レイナ様が目覚めるまで鍛錬します。」
ウィリアムが力強く言う。
レイナの目覚めを信じて待っている者が自分以外にもいる。そのことがとても嬉しかった。




