22
「陛下、火は無事に消えたようです。町では軽傷者が多数ですが、ウィリアムのおかげで死者や重傷者はでていません。」
カイルの報告を聞き、
「そうか……」
と返事をする。
森は悲惨な状態だが、全焼は免れた。
とにかく町が焼けなくてよかったと言うカイルの声が、まるで遠くから聞こえるようだ。
部屋に戻りレイナの眠るベッドに腰掛けた。
「レイナ……」
心配になり、レイナの胸に手を当てる。
ドクドクと心臓の音を確認しほっとする。
レイナの寝顔があまりにもキレイすぎて、時々心配になるのだ。
レイナの長い銀白色の髪の毛を優しく撫でる。
コンコン。
小さなノックと共に、レオナルドが顔をのぞかせる。
「エイデン、入ってもいいかい?」
無言で頷きながら、雨が降り始めた時のことを思い出していた。
炎をコントロールしようと試みたが、力を使いすぎたのか、うまくいかず諦めに似た空気が漂い始めた時だった。
不自然なほどの勢いで空が翳りはじめた。
まさか、レイナの封印がとけたのか?
そんなはずはない。
封印は俺しかとけないのだから……
そう思いながらも嫌な予感が胸をうずまく。
そうだ……封印がとけるのは、俺だけではない。封印がとけるのは炎の魔力をもつ者だけだ。
まさか先代が?
いてもたってもいられず、馬をとばして城への道を急いだ。雨は土砂降りにかわっていた。
レイナ、無事でいてくれ……
そう願いながら、バルコニーにたどり着く。
レイナ……
銀白色の髪を見て、封印がとかれたのを確信する。
絶望に似た感覚でしばらく立ち尽くしてしまう。
グラっ。
レイナが倒れそうになるのを慌てて抱きとめた。
「レイナ、大丈夫か?」
頼む、もう力は使わないでくれ。
レイナがそっと微笑んで、静かに目を閉じた。
同時に勢いよく降っていた雨が急にあがり、キレイな星空が現れる。
「レイナ、頼む、目を開けてくれ。」
何度も叫びながらレイナにすがりつく俺を、レオナルドとカイルが部屋へと連れてきたらしい。
正直レイナが倒れてからのことはよく覚えていなかった。
「レオナルド、お前にも炎の魔力があったんだな。」
「……ああ……自分でもびっくりだよ。」
レオナルドは椅子をベッド脇に置き腰掛けた。
「魔力があるのに、なんで炎が出ないんだろうな。」
小さなため息と共にレオナルドが呟いた。
封印をとけるのは自分だけだと思って油断していた。まさかレオナルドがといてしまうとは……
「龍の力は本当にあったんだね。」
眠るレイナを見つめながらレオナルドが言う。
「レイナの封印が解けて、この姿を見た時は、正直少し怖かったよ。」
レオナルドは、銀白色の髪の毛に手を伸ばす。
しかし触れることはなくその手を引っ込めた。
「封印をといたこと、怒ってるかい?」
レオナルドが静かに問いかける。
もちろん腹が立っている。
でもそれはレオナルドに対してではなく、レイナを守り切れなかった自分自身にだ。
守ってやると約束したのに……
二人の間に重苦しい空気が流れる。
「レイナは……いや……なんでもない。」
レオナルドの聞きたいことは分かっている。
「いつかきっと目覚めるはずだ。」
レオナルドだけでなく、自分にも言い聞かせるように言う。
何年かかるか、何十年かかるか分からないけれど、いつかレイナの目覚める日はきっと来る。
「そうだな。」
レオナルドが悲しい顔で微笑んだ。
また来ると言い残し、レオナルドが部屋を出て行く。一人残された部屋でレイナを見つめる。
「レイナ……」
さらさらのキレイな髪の毛を優しく撫でる。
頼むよ、早く起きてくれ。
俺はレイナがいなきゃダメなんだ……
祈りをこめて、レイナの可愛らしいピンクの唇にそっとキスをした。
☆ ☆ ☆
いつの間に眠ってしまったのか……
目が醒めると外はすでに明るくなっていた。
パサっ。
背中にかけられていた毛布が乾いた音をたてて床に落ちた。
「おはようございます。」
ビビアンが床から毛布を拾いあげる。
「よいしょ。」
とんっとベッドの脇のテーブルに桶を置き、ミアは濡れたタオルでレイナの顔を優しく拭いた。
「レイナ、もう朝よ……」
眠り続けるレイナに、ミアは優しく声をかける。
「エイデン様、お茶をどうぞ。」
ビビアンが入れたお茶を飲む。
熱いお茶でいくぶん頭がすっきりしてきた。
ふぅっ。
大きく一つため息をついた。
「お疲れでしょう。レイナ様は私達が見てますから、少し休まれてはどうですか?」
ビビアンの言葉にミアも同意する。
「エイデン様が倒れたら、レイナも悲しみますよ。」
「……お前達は、レイナが怖くないのか?」
銀白色の髪は人々が畏怖する龍族の証だ。
これを見ても今までと同じようにレイナと接することができるのか?
ビビアンとミアはきょとんとした顔をした。
そして笑いながら答えた。
「私はレイナ様が龍の姫君だと、エイデン様から聞いてましたから……確かに変身した姿を見た時はびっくりしましたけど、大丈夫ですよ。」
たしかに……ビビアンにレイナを頼む際、簡単に説明はしていた。
「私は……」
ミアはおかしそうに笑いながら言った。
「私はメイドとして一緒に働いていたレイナが、本当はお姫様だったって知った時の方がびっくりしました。だって全くお姫様っぽくなかったんですもの。」
ミアの言葉にふっと口元が緩む。
「ありがとう。」
二人がレイナに変わらぬ態度でいてくれるのがとても嬉しかった。
「少し休ませてもらう。何かあったら起こせ。」
そう二人に言って目を閉じた。
ふぅ……
もう一度大きなため息をつく。
瞳を閉じて気持ちの良いまどろみの中で、意識は昔へと遡っていく。
あれはいつのことだっただろう……
「近くに寄るな、この化け物。」
小さい頃は母によくそう言われた。
同じ顔をした兄ばかりがかわいがられるのが悲しかったが、自分は化け物なのだからと半ば諦めのような気持ちで生きていた。
乳母と、父の妹である叔母だけは自分の世話をやいてくれた。
他人からの愛情というものを感じたことはなかったが、それでも炎の力があるため、時期王として厳しく育てられた。
10歳になった頃、我慢できなくなった母に封印の森に送られた。
名目上は力をコントロールするためというものだったが、要は面倒な俺を閉じこめておくだけのものだった。
一人には慣れていた。
森の中の屋敷で、ただ息をしているだけのような生活がしばらく続いた。
ある日そんな生活に耐えられなくなって、屋敷を抜け出した。
フラフラ歩いて、いつの間にか封印の森の端まで来ていた。
立ち入り禁止の札をまたぎ、外へ出る。
何だか自由になった気がした。
封印の森を取り囲んでいる、薄暗い森の中を当てもなく歩き続ける。
不意に声が聞こえた気がして立ち止まった。
声に導かれるように進むと、少し開けた湖に出た。
初めて交わした言葉は何だっただろう……
湖にいたレイナとその母親のアンナ、気付けば二人と一緒に魚を釣っていた。
レイナは茶色のフードを頭からすっぽり被っていた。
それでもフードからのぞくセピア色のクリクリした瞳が印象的だった。
初めての魚釣りは一匹も釣れなかったが、それでも楽しかった。
魚を焼くために火を起こそうとしているレイナを見て、つい火をつけてしまった。
驚くような表情のレイナを見て、しまったと思う。
また化け物だと言われたら……
「あなたが火をつけてくれたの? すごい。ありがとう。」
レイナの言葉は想像もしないものだった。
ありがとう……
火をつけてお礼を言われたのは初めてで、それがものすごく嬉しくてたまらなかった。
それからは毎日のようにレイナの元に通い続けた。
レイナ達親子に受け入れられたお陰で心が安定したからだろうか、炎の力はある程度コントロールできるようになっていた。
自分が火をつけることで、レイナを喜ばせることができる、そのことは俺に自信をつけさせた。
レイナと一緒に魚を釣って、焼いて、食べる。
それだけのことがとても楽しく幸せだった。
レイナの顔をよく見てみたいと、一度だけフードをとろうとしたことがある。
焦ってフードを抑え、
「これをとったら、もうあなたに会えなくなってしまう……」
泣きそうなレイナを見て胸が痛んだ。
もう会えなくなる……
その言葉はたまらなく恐ろしかった。
レイナに会えなくなったら、また息をするだけの生活に戻ってしまう。
自分にはレイナが必要なのだと、その時にはっきりと感じた。
そんな俺がレイナのフードをとった姿を見るのは、それからしばらくたってからのことだった。
そしてレイナの言葉どおり、俺はレイナに会えなくなってしまった。




