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「おはよう、レイナ。今日もお寝坊さんだね。」
窓辺に座り本を読んでいるレオナルドを見て苦笑する。
レオナルドは大臣になってから忙しいようで、朝私の部屋で過ごす時間は大幅に減っていた。
「今日は忙しくないの?」
レオナルドは読んでいた本を閉じてにっこりと微笑んだ。
「昨日はエイデンが休んだんだから、今日は私がのんびりする番だよ。」
なんでわざわざ私の部屋でゆっくりするんだろう。
そう思いながらいつものごとく、さっさと身支度を整えた。
何だかんだで、こうやってレオナルドと朝食をとるのも慣れてきた。朝食だけに限って言えば、エイデンとよりも、レオナルドと一緒なことの方が多いくらいだ。
「今日はいいものがあるのよ。」
そう言って昨日町で買ってもらった桃のジャムを取り出した。
「昨日エイデンに買ってもらったの。」
並べられた厚切りのトーストにたっぷりとジャムを塗る。
「んー。おいしい。」
甘すぎない自然な桃の甘さがたまらない。
しかもゴロっとした桃の果肉が贅沢に入っている。
「本当に、おいしいね。」
トーストを綺麗にちぎって食べながらレオナルドが言った。
「昨日は楽しいデートになったみたいだね。」
「おかげ様で。ステキな誕生日になりました。」
「何だか妬けるな。」
レオナルドが真面目な顔で私を見る。
妬けるって何?
「私がカイルの小言に耐えながら部屋に閉じ込められてる間、レイナとエイデンは楽しくやってたんだな……」
やばい……レオナルドの愚痴が始まってしまった。
レオナルドの話を聞き流しながら、ビビアンとミアと顔を見合わせる。
大臣になってからストレスが溜まっているのか、ちょっとしたきっかけで愚痴タイムが始まってしまうのだ。
昨日大変だったみたいだし、私もお礼をしようかな。気分がいいので、何だか人にも優しくなれる。ミアに頼んでお湯と桶を用意してもらった。
「レオ、ちょっとこっちに来て座ってくれない?」
窓から差し込む光が気持ちの良い場所に椅子を置く。
「普通に座ればいいのかい?」
「靴下を脱いで、ズボンを膝までまくって座ってほしいな。」
訝しむような表情をしながら、それでもレオナルドは私の指示に従う。
桶に入れたお湯に足を浸す。
「ふぅ……」
レオナルドから小さなため息が出る。
「何だかほっとするね。」
レオナルドは手を組み目を閉じている。
もういいかな。
お湯が冷めてきたので足をお湯から出して綺麗にふく。
「痛かったら言ってね。」
そのままレオナルドの足つぼをマッサージしていく。
まずは足の中央から。
「うぉっ。」
レオナルドから変な声が出る。
「痛かった?」
「痛いと言えば痛いけど、いい気持ちだよ。」
レオナルドからは時々変な声が出るが、容赦なくツボを押し続ける。
「……何してるんです?」
いつの間に部屋にきたのか、マルコが私達の様子をいつもの冷めた目で見ていた。
「足つぼマッサージよ。私の得意技なの。ね、ミア。」
ミアに同意を求める。
まだミアとメイドとして働いていた頃、ミアにもよくしてあげた。
「いやー、痛かった、痛かった。」
椅子で伸びをしながらレオナルドが言う。
「でも不思議だね。何だか体のだるさがとれたような気がするよ。」
よかった。リフレッシュしてもらえたみたい。
「こんな特技があるなら早く教えてくれればよかったのに。」
「レイナは足裏だけじゃなくて、肩もみや体のマッサージも上手よ。」
ミアの褒め言葉にえっへんと胸をはる。
「王妃になるのに、そんな特技いらないんじゃ……」
マルコの冷静な意見に、それもそうだと、その場にいた全員が顔を見合わせて笑った。
☆ ☆ ☆
「起きてるか?」
夜遅くエイデンが部屋に顔を出す。
寝る用意を済ませてはいたが、まだ起きていたので喜んでエイデンを部屋へ招き入れた。
「これを渡したくて。」
エイデンが手渡してくれた袋には、ジャムが数本入っていた。
「どうしたの、こんなにたくさん。」
驚く私にエイデンは言う。
「昨日どれ買うか悩んでただろ。とりあえずレイナが好きそうなのを一通り持って来た。」
「ありがとう。」
喜ぶ私にエイデンも満足そうに笑った。
「でもちょっと残念だな。この時間じゃ一緒に食べれないね。」
今朝食べた桃ジャムが美味しかった話をする。
「レオナルドから聞いた。今朝も一緒に朝食とったんだって?」
「ええ。」
「俺だってレイナになかなか会えないのに、何であいつは朝一緒に食ってんだ。」
もっと仕事させるかなっとエイデンは小さな声で呟いた。
またレオナルドの愚痴が増えそうね。
真面目に考えているエイデンを見ながらそう思った。
「そういえば、レオナルドにマッサージしたんだって?」
今朝の話をレオナルドから聞いたのだとエイデンは言う。
「俺にはしてくれないのか?」
「えっ?」
エイデンにマッサージ……してあげたい気もするけど、何だか照れ臭い。
「……じゃあ今度ね。」
そう笑う私に、
「今度じゃなくて、今してほしい。」
とエイデンは言う。
「じゃあちょっと待ってね。」
そう言ってさっきもらったジャムを机に置いてくる。
「エイデン、何してるの?」
振り向いて目を見張る。
「何ってマッサージしてくれるんだろ?」
「そうだけど……何で服脱いでるの?」
なぜか上半身裸になっているエイデンを直視できずに視線を外す。
「せっかくだから、背中と腰のマッサージしてもらおうと思って。ミアから聞いたぞ。得意なんだろ?」
ニヤリと笑うエイデンが何だか憎らしい。
「そんなの無理だよ。」
直視すらできないのに、エイデンの裸に触るなんて……
考えただけで、鼻血が出ちゃいそうだ。
くくくっとエイデンが笑いを堪えている音が聞こえてくる。
「エイデン?」
堪えられなくなったのか、はははっと声をあげて笑いながらエイデンが言う。
「悪い。冗談だよ。」
そう言って、脱いでいたシャツをさっと着る。
「もうっ。」
口を尖らせてむくれながらエイデンに非難の目をむけた。
「だから、悪かったって。レイナがレオナルドと仲いいから、つい意地悪しちまった。」
まだ笑いながらエイデンは言う。
「そんな怒るなって。」
私を引き寄せると、ひょいっと横抱きに抱え、そのままそっとベッドの上におろされる。
「俺は、マッサージはしてもらうより、する方が好きだな。」
ベッドに寝かされた私を見下ろしながら、エイデンが言う。
「してやろうか?」
慌てて首を振りながら上半身を起こす。
「大丈夫よ。私、疲れてないから。」
「本当に?」
エイデンは真面目な顔で私の首筋を撫でる。
エイデンに触られて、ゾクゾクとした快感が体を駆け抜ける。
「ほ、本当に疲れてないから。マッサージしてもらわなくても大丈夫です。」
エイデンがまた楽しそうな声をあげて笑う。
「そんなに焦らなくてもいいだろ。」
またからかわれたのだと分かるが、怒りよりもホッとする気持ちの方が強かった。
本当にマッサージなんてされたら、私どうなってたか分からないわ。
ほぅっと大きく息をつく。
「もうエイデンったら。からかわないで。」
ちゅっ。エイデンが私の首筋にキスをする。
「!!」
不意をつかれて思わず首を押さえた。
顔をあげるとニヤリと笑うエイデンと目が合った。
エイデンがどかっとベッドサイドに腰かける。
「俺にヤキモチ妬かせた罰だ。」
耳に息がかかるほど近くでエイデンが囁く。
「ヤキモチ?」
エイデンに見つめられ、胸が波打つ。
「ああ。レオナルドにマッサージしたのが気に入らない。」
なんだ、その事か。
「マッサージって言っても、足つぼだし……」
私が最後まで言い終える前にエイデンは言う。
「それでも、気に入らないものは気に入らない。」
「レイナに触れていいのも、レイナが触れていいのもこの俺だけだ。」
そう言うエイデンの瞳はとても優しい。
「ごめんね。もう他の人にはしないわ。」
エイデンの手に私の手を重ねる。
「……ダサいな。こんな嫉妬ばかりで。」
でも抑えられないのだとエイデンは言う。
「レイナは俺の……俺だけのものだ。」
そう言って激しく抱きしめられる。
その腕の強さがエイデンの思いの強さのように感じられた。
エイデンの大きな腕の中に包まれていると、大きな安心感があった。
母が死んでからずっと一人で頑張ってきた。
ミアのような心許しあえる友はいたが、それでも寂しさはずっとかかえていた。
もう一人は嫌だよ……
「ずっと一緒にいてね……」
エイデンの胸の音を聞きながら呟く。
このままずっとこうしていられればいいのに……
エイデンは優しくキスをしてくれた。




