19
「すごい! 人がたくさんいるのね。」
エイデンとの視察でやって来た城下町は想像以上に賑わっていた。
「レイナは町に来るの初めてだったか?」
「こちら側に来るのは初めてよ。前にウィルの工房に行くのに、町の反対側には行ったことあるけど。」
「ああ、あっち側か。あっちは工房とかが多くある職人のエリアだな。」
エイデンは私に向かってにっこりと笑う。
「今度俺もレイナと一緒に工房でガラス細工作りでもしてみるかな。」
「一緒に行けたら嬉しいわ。」
本当に一緒にガラス作りにチャレンジできたら、とても楽しいだろうなと思う。
エイデンは忙しいから、なかなか実現は難しいだろうけれど……
「今日はどこの視察なの?」
今日の目的をまだ聞いていなかったので、どこへ行くのか知らなかった。
「レイナはどこ行きたい?」
「え?」
「今日は町の視察だから、どこでもいいんだ。レイナが行きたい所を決めてくれ。」
そう言われると悩んでしまう。
こんなことなら、ビビアンとミアに相談して、最近何が流行っているのか聞いておけばよかった。
私が難しい顔をしているからなのか、エイデンは笑いながら言った。
「夕方までに帰ればいいから、時間はたっぷりある。歩きながら気になった所は全部寄ればいいさ。」
さっと私の手をとり歩き出す。
私の手を包むエイデンの手はとても大きくて温かい。
「なんだかいいにおい……」
大きな噴水がある広場まで来た時に、香ばしいような香りが漂ってくる。
「食うか?」
エイデンが指さしたのは、ホットドックの屋台だった。
「食べたい。」
即答して二人で噴水のへりに座りホットドックを頬張る。
「おいしーい。」
パンはふわふわで、ソーセージば外側がカリッとしていて、中はとてもジューシーだった。
「うまいな。」
横でエイデンも同じ様にホットドックに満足していた。
「ちょっと待ってろ。」
ホットドックを半分くらい食べた所で、エイデンが立ち上がる。
ホットドックの屋台とは別の屋台で何かを買って持ってくる。
「喉乾くだろ。」
そう言って差し出されたコップをありがたくいただく。
「これも美味しい。」
それは温かい梅ジュースだった。
なんだか懐かしい味がする。
「私、温かい梅ジュースって初めてよ。」
小さい頃、暑い時期によく飲んだなっと思い出す。
「今日は風が冷たいからな。」
よく晴れた空は絵に描いたかのように綺麗な青だった。
「ふふっ。」
自然に口元から笑みがこぼれる。
「どうした?」
残りのホットドックを食べながらエイデンが私を見る。
「幸せだなって思ってたの。」
ゴクンと梅ジュースを飲む。
「エイデンとこんな風に過ごせて本当に楽しいわ。なんだかデートみたいだし。」
エイデンがふっと優しい笑顔になった。
「でもいいの? ちゃんと視察になってる?」
私ばかりが楽しんで、視察になってないのではと急に不安になる。
「大丈夫だ。今日は町の様子を見に来ただけだ。」
エイデンが道行く人々を見つめる。
「こうやって人々の中に混じってみて初めて分かることもある。視察はそのために変装して来てるんだ。」
私も一緒に道行く人々を眺めた。
「みんな生き生きした顔してるね。」
「ああ…」
町の活気や人々の様子から、この国が豊かで平和なのだということが理解できた。
「さぁ、次はどこに行くかな?」
エイデンは立ち上がりながら、私の頭をぽんっと叩いた。
「あっ。このお店入ってもいい?」
エイデンと共に入ったのは、ジャムの専門店だった。
「わぁ。すごい素敵。」
小さな店の中は、棚いっぱいにたくさんのジャムが並べてられていた。
「いらっしゃい。」
小柄な中年の女性が笑顔で迎えてくれる。
「エイデン、何か買ってもいい?」
もちろんだと言うエイデンの返事をもらい、棚に置かれたジャムを順番に見て行く。
いちご、マーマーレード、桃にメロン……
「これだけたくさんあると迷っちゃう。」
どれも美味しそうでなかなか決められない。
「どれとどれで悩んでんだ?」
エイデンが棚の前から動かない私の横に立つ。
「いちごと桃かな。あと林檎。あっ、このミルクも気になるな……」
「それなら全部買えばいいだろ。」
店員に注文しようとするエイデンを焦ってとめる。
「待って、すぐ決めるから。えっと、桃にするわ。」
包んでもらったジャムのビンを持って店の外に出る。
「エイデン、ありがとう。」
「一つじゃなく、全部買えばよかっただろ。」
エイデンは不満そうだ。
「全部って……ビン持って歩くの重いじゃない。それに、このジャム高級だもの。一つで充分よ。」
「他に何か欲しいものがあれば、何でも言えよ。」
そのまま二人でしばらくショッピングを楽しんだ。
「あっと言う間に夕方になっちゃったね。」
沈みはじめた日を見ながら呟く。
「そうだな。」
エイデンがキュッと私の手を握る。
「今日はありがとう。とっても楽しかったわ。」
城へと向かう道すがらエイデンにお礼を言う。
「また一緒に来ればいい。」
「じゃあまた連れてきてね。」
二人で見つめあって微笑み合う。
「まだこの国にはたくさんいい所がある。これから全部連れて行ってやるよ。」
斜め前を歩くエイデンの横顔を見つめる。
「なんだ?」
私の視線に気づいたエイデンが振り向いた。
「そういえば、エイデンって王様だったんだよなって考えてたの。」
エイデンは国の話をする時や、道行く人々を眺めている時、とても温かい目をしている。
この国を愛しているのだとその瞳が語っていた。
そんなエイデンを私はとても愛おしく思う。
「……レイナはもうすぐ王妃になるんだろ。」
エイデンの言葉に無言で頷く。
私もエイデンとエイデンの国のために頑張ろう。
そう強く思い、繋がれた手をきゅっと握り直した。
☆ ☆ ☆
着替えて夕食を一緒にとろうと言うエイデンの指示に従い、食堂へ向かう。
パンパーン
真っ暗な部屋の中で突然鳴り響くクラッカーの音に驚いて立ちすくむ。
一体何ごと……?
そう思うやいなや、エイデンの声が聞こえた。
「レイナ、誕生日おめでとう。」
えっと思うと同時に部屋の明かりがつく。
「……っ。」
部屋はたくさんの風船で綺麗に飾り付けられていた。
「さぁ、レイナ様、入ってください。」
入口に立ちつくす私にビビアンが言う。
部屋の中央に置かれたテーブルには大きなケーキが置いてあった。
「知っててくれたんだ……」
驚きと嬉しさで涙が滲んでくる。
「当たり前だろ。」
エイデンが笑いながら私の涙をそっとぬぐう。
「って言っても、ついこの間ミアから聞いたんだけどな。」
ミアが私を見ながらVサインをしている。
「もし俺が知らなかったら、今日が誕生日だって言わないつもりだったのか?」
「なんか言うタイミングが分からなくて……」
そう言う私のほっぺをエイデンが優しくつねる。
「タイミングなんて考えずに言えばいいだろ。俺はレイナのことは全部知りたい。」
エイデンの熱い瞳に見つめられて胸がトクンと大きな音を立てる。
「おーい、お二人さん。イチャつくのは後にして、先にパーティー始めないかい?」
レオナルドの声が響いてくる。
「乾杯。」
レオナルドの音頭で皆がグラスを合わせる。
部屋には城で働く多くの人が来てくれていた。
「本当にありがとう。」
お祝いしてくれる皆にお礼を言う。
「レイナが早く言ってくれないから大変だったよ。ねっ、カイル。」
レオナルドがカイルに向かって同意を求める。
「そうですね。陛下は今日一日あけるために、だいぶ無理をされました。」
「カイル、余計な事を言うな。」
エイデンは私の手を引いて歩き出す。
「レイナ、行くぞ。」
部屋を出て廊下を早足で歩くエイデンに声をかける。
「エイデン、まだ途中なのに、勝手に帰っていいの?」
「俺がいたら、遠慮して楽しめない奴も多いだろ。」
気を遣って部屋へ戻っているのだと分かって驚いてしまう。エイデンの優しさは分かりにくくて、なんだかもったいない。
エイデンの部屋に入るなり、力いっぱいに抱きしめられる。
「エイデン……」
噛みつくように唇を奪われる。
「エイデン、痛いよ。」
一向に緩まないエイデンの腕を緩めて欲しくて顔を見上げる。
「今日一日、お前に触れたいのを我慢してたんだ。少しくらいいいだろ。」
エイデンの熱い瞳が近づいてくる。
先程とは違う優しいキスだった。
「んんっ。」
だんだんと深くなる口付けに、何も考えられなくなる。
「エイデン、今日はありがとう。」
二人でソファーに座り、改めて乾杯する。
「今日のために無理してくれたんでしょ。」
さっきカイルが言っていたことを思い出す。
視察って言ってたけど、本当は私を町へ連れて行ってくれたかったのだろうと思うと、嬉しくて胸が熱くなる。
そんな私の頭をエイデンはよしよしと優しく撫でてくれた。
「エイデン、大好き。」
エイデンの肩に頭をのせて呟く。
「知ってる。」
エイデンが私の手を握りながらそう囁く。
昼間の興奮と、さっき飲んだシャンパンで、何だか軽い眠気に襲われる。
エイデンにもたれたまま、目をつぶって気持ちよく微睡む。
「えっ?」
左手に微かな違和感を感じて目をあける。
「これって……」
薬指にはめられた指輪を驚いて見る。
「誕生日プレゼントだ。婚約した時渡してなかったから。」
エイデンがソファーに座る私の前に跪く。
「レイナ、俺と結婚してほしい……」
驚きで言葉がうまく出ない。
「どうして……?」
「どうしてって、きちんと言ってなかっただろ。」
嬉しくて目頭が熱くなる。
「返事は?」
エイデンが起き上がり、私の目線と同じ高さで見つめている。
「よろしくおねがいします。」
涙で掠れる声で返事をする。
エイデンが私の目頭に優しくキスをする。
「泣き虫だな。」
エイデンに言われ、余計に涙が溢れてきた。
「だって幸せなんだもん。」
エイデンに飛びついて、その大きな胸に顔を埋めた。