18
「レオ……また来てたの?」
朝気持ちよく目覚めて寝室から出ると、ソファーに座るレオナルドが目に飛び込んでくる。
「レイナと一緒に朝食をとろうと思ってね。」
レオナルドは読んでいた本を閉じて顔をあげた。
窓から差し込む光に眩しそうに目を細める。
「この部屋は居心地がいいからね。」
私の部屋は誘拐犯に爆破されたので、しばらくエイデンの部屋におじゃましていた。このたびめでたく部屋の修復も終わり、自分の部屋に戻ってきたのだ。
ここのところレオナルドは毎朝ここで一緒に朝食をとっている。
それ自体は構わないのだが、寝起きの姿を見られるのはあまりよい気分ではない。
ビビアンとミアに手伝ってもらい、急いで身支度を整えて席に着く。
「レオはのんびりしてていいの? 何だか皆忙しそうにしてるけど。」
クリームたっぷり、ふわふわパンケーキを切り分けながら尋ねた。
大臣が誘拐事件の責任をとり離職したため、エイデンやカイルは忙しそうだ。
「私は政治には関わっていないからね。」
レオナルドはのんきな様子で答える。
「この国に戻ってきたのも久しぶりだし、もう少しのんびりさせてもらうつもりだよ。」
「のんびりするなら、何も私の部屋じゃなくてもいいのに……」
「客室に一人でいるのは寂しいんだよ。」
私の呟きにレオナルドはそう返事をした。
あと少しで食べ終わるという時に、エイデンが部屋へやって来た。
「またここにいるのか……」
レオナルドの姿を見るやいなや、エイデンは呆れたように言った。
「うざかったら、追い出していいんだからな。」
私に向かってエイデンは言う。
「追い出すなんてひどいな。」
レオナルドは全然ひどいと思ってなさそうな口調で言った。
「お前、レイナの部屋に入り浸りすぎだろ。」
ビビアンにお茶を頼みながらエイデンは椅子に腰掛ける。
「エイデン、今日も忙しそうね。」
最近は朝早くから夜遅くまで仕事をしているため、ゆっくり話をすることも出来ていない。
「あぁ。空席になっている大臣のポストに誰をつけるか決まらなくてな……」
お茶を飲みながら渋そうな顔をする。
「色々厄介だよ……」
「それなら、ちょうどいい人がいるじゃない。」
私はレオナルドを見ながら言う。
「退屈そうだし、レオナルドが大臣になればいいじゃない。」
二人の動きがぴたりと止まった。
しばしの沈黙に不安になる。
「いやいやいや〜。」「おぉ。」
レオナルドが笑いながら首をふるのと、エイデンが膝を打つのが同時だった。
「毎日レイナの部屋に入り浸ってるだけなら、俺に付き合え。」
嫌がるレオナルドをエイデンが引きずるようにして部屋を出て行く。
「あらら……」
ミアとビビアンと三人で顔を見合わせ、つい笑ってしまった。
その日の夜、レオナルドが大臣となることが決定したと知らされた。
それからしばらく、レイナのせいで……というレオナルドの愚痴を聞くことになるのだった。
☆ ☆ ☆
ケホっ。
喉がイガイガと乾く感じがして咳払いをする。
「風邪じゃないといいんですけど。」
私の咳を気にしてビビアンが窓を閉める。
窓から吹きこむ風が冷たく感じるようになってきた。
「風邪じゃなくて、なんだか喉が乾燥してるみたい。」
んんっともう一度咳払いをする。
「この時期のフレイムジールはとても乾燥してますからね。」
ビビアンが温かいお茶を入れてくれる。
「ありがとう。」
ゆっくりとお茶を飲み、やっと喉が落ちついた。
またこの季節がきたのだと、窓の外に広がる冬の空を見ながら思う。
今日は私の誕生日だ。
結局エイデンに言えなかったな。
もうすぐ誕生日だとエイデンに言いたかったけれど……なんだかお祝いしてって催促してるみたいで言いにくかったのだ。
「エイデンは今日も忙しそうね。」
「大臣の交代の件がまだ落ちつかないみたいですからね。」
最近エイデンとはほとんど一緒に過ごせていない。せめて誕生日くらい一緒に過ごせないかと、昨夜さりげなく今日の予定を聞いてみた。
「今日は朝から視察だって言ってたわ。」
誕生日だと言えなかった私が悪いのだが、一緒に過ごせないと分かってなんだか寂しかった。
「そう言えば、ミアはどうしたの?」
唯一私の誕生日を知っているであろうミアの姿が昨夜から見当たらない。
「ミアは昨日から、カイル様のお手伝いに行ってます。」
「最近はカイルも忙しいみたいね。おかげで、お妃修行もうるさく言われなくなったわ。」
ビビアンは苦笑いをする。
「カイル様がいなくても、お妃修行は頑張ってくださいませ。」
「分かってるわ。でもカイルは細かいことばかり言うから、つい反発したくなっちゃうのよね。」
「その気持ちは分かりますけど。」
ビビアンと二人でクスクスと笑う。
噂をすれば影がさす……
突然カイルが部屋へやってきた。
「おはようございます、レイナ様。お妃修行の方は順調ですか?」
まさか私とビビアンの話が聞かれていたのだろうかと、焦ってしまう。
「も、もちろん順調よ。任せといて。」
胸をはる私に、カイルはやや疑いの眼差しをむける。
「ならいいんですが……それはそうと、今日はレイナ様にやっていただきたいことがあります。」
カイルは机の上に服や靴などを置いた。
「今からコレに着替えていただきます。」
「これは私の服……とっておいてくれたのね。」
それは私が少し前まで着ていた服だった。
懐かしいな……
この城に来るまで私はただのメイドで、着ている服も今と違い質素なものだった。
「これに着替えたらいいの?」
カイルに尋ねる。
「はい。本日レイナ様には、私の代わりに陛下の視察に付き合っていただきます。」
正体を隠しての視察なため、変装が必要なのだとカイルは言った。
エイデンと一緒に城下に行ける。
さっきまで沈みかけていた気分が一気に高揚した。
早速奥の部屋で着替えを済ます。
「それにしても……その服に全く違和感がないですね。」
カイルが気の毒そうな目で私を見る。
「誰が見ても、陛下の婚約者だとは思えませんよ。」
そりゃそうよ。
そんな簡単に高貴な雰囲気になれるなら、誰も苦労なんてしないわ。
それよりも、
「ありがとう、カイル。視察に行けるなんて嬉しい。」
興奮気味な私にカイルは釘をさす。
「くれぐれも目立たないようお願いしますよ。」
小走りで城門までかけていくと、エイデンが待っていた。
普段のかっちりとした姿ももちろん素敵だが、初めて見るラフな服装に何だかドキドキしてしまう。
「どうした?」
変装用なのか黒縁眼鏡をかけている。
どうしよう……かっこよすぎる。
眼鏡をかけたエイデンは知的な感じに見えて、いつも以上にかっこいい。
「眼鏡かけてるの、初めて見るなって思って……」
何だか照れくさい。
「あ、これか? 邪魔なんだけど、一応顔ばれしないようにかけてみたんだ。」
エイデンが眼鏡を外しながら言う。
「レイナが気になるなら、外しとくかな。」
外した眼鏡を胸をポケットに入れようとするのを慌ててとめる。
「外さないで。」
思った以上に大きな声が出てしまって、自分でもびっくりした。
「眼鏡かけたままがいいな。」
エイデンが笑いながら再び眼鏡をかけた。
「そりゃ構わないけど……何だ、見とれてんのか?」
「うん。とってもかっこいい。」
正直眼鏡をかけた方がタイプかもしれない。
思う存分エイデンの眼鏡姿を堪能する。
「レイナのそんな顔見たら、キスしたくなってきた。」
エイデンが私を引き寄せようとのばした手を慌てて押し返した。
「ダメだよ。こんな人がたくさんいる所で、何言ってるの。」
私達の周りには、城門を守っている騎士が何人もいる。皆私達をジロジロとは見ないけれど、私達のやりとりは見えているに違いない。
「人がいなきゃいいんなら、部屋行くか?」
冗談なのか、本気なのかよく分からない顔でエイデンが言う。
「行きません。」
きっぱりと言う私にエイデンは声を出して笑った。
「仕方ねーから、出発するか。」
エイデンが差し出した手をそっとにぎる。
「そのかわり……帰ったら我慢しないからな。」
私を覗きこんだその顔にいつも以上にときめきながら、城下町に向かって歩き出した。