17
「やっと終わったな。おつかれさん。」
エイデンが、私の頭をポンポンと叩く。
「エイデンもお疲れ様。無事に終わってよかったわね。」
バタバタした生誕祭も無事に終わり、今最後の招待客を見送ったところだ。
「今日はゆっくり休め。」
エイデンの言葉に甘え、早めにベッドへ入る。
誘拐された日から数日がたっていた。
何だかんだと忙しく、充分な睡眠がとれずにいた。
やっとゆっくり休める……
私はすぐに深い眠りについた。
よほど疲れていたのか、目覚めたのは日が高く昇ってからだった。
「おはよう、レイナ。よく眠れたみたいだね。」
お茶を飲み、くつろいだ様子のレオナルドが私に声をかける。
「どうしてレオが私の部屋でお茶してるの?」
驚いて尋ねる。
私はまだ顔も洗ってなければ、パジャマのままだ。
「そりゃもちろん、レイナに会いに来たんだよ。」
私の方を向き、にっこりと笑う。
その横ではビビアンとミアが申し訳なさそうな顔をして立っていた。
レオナルドに押し切られたみたいね。
ここ数日共に過ごして、レオナルドと何だか仲良くなり、遠慮のない関係になりつつあった。
まぁいいか、先に身支度を整えよう……
洗面台に向かおうとしていると、部屋のドアを叩く音がする。
「おはようございます。」
「レオ様、こちらでしたか……」
入ってきたのはカイルとマルコだった。
また身支度を整えるタイミングを逃してしまった。
私がまだ寝起きの姿であることなどお構いなしに、皆は談笑している。
再びドアを叩く音がして、今度はエイデンが入ってくる。
人口密度の高い部屋のなかで、ふうっと一つため息をつく。
「なんて格好してるんだ。」
エイデンが咎めるような目で私を見る。
「……起きたばっかりなので……」
「全く未来の王妃ともあろう人が、だらしのない……」
カイルの呆れたような声を背に、洗面台へと向かう。
わざわざ寝起きの私の部屋に、皆でおしかけてこなくてもいいのに……
「レイナ、待て。時間があまりないんだ。先に話しておきたいことがある。」
エイデンに呼び止められ、皆の輪に加わる。
「とりあえず、上に何か羽織っとけ。」
エイデンがビビアンをチラリと見ると、すぐさまビビアンがガウンを羽織らせてくれる。
「パジャマのままの方が可愛くていいのに。」
レオナルドのセリフは無視し、エイデンに話かける。
「話って何?」
「ウィリアムの目が覚めた。」
思いがけない報告に胸がはずむ。
「怪我が治るまではもうしばらくかかるが、命に別状はない。」
「よかった……」
ミアとビビアンも同じようにホッとした表情をしている。
「じゃあ後でお見舞いにいくわ。」
「それは無理だ。」
エイデンがきっぱりと言い切った。
「どうして? もう大丈夫なんでしょ?」
「ウィリアムは今取り調べ中だ。」
「取り調べ?」
何の取り調べなのか、わけが分からず首をかしげる。
「お前を誘拐した奴らと、つながりがないか今調べている。」
「なんで? ウィルが仲間なわけないじゃない。」
自分だって命が危ないほどの怪我を負ったのに、疑われているなんて……
抗議の目でエイデンを見つめる。
「俺もそう信じてるよ……」
エイデンの口調はとても暗い。
「仕方ないと思うよ。」
レオナルドが横から口をはさむ。
「だって、レイナの誘拐を命じたのは、エリザベスだったんだろ? ウィリアムもグルかもしれないと思うのは当然のことだよ。」
へっ?
今さらりと言ったけど、私の誘拐を命じたのは……エリザベス⁉︎
ポカンとしたままレオナルドを見つめる。
「えっと……今何て言った?」
「あれ、もしかしてまだ知らなかった? レイナを攫うよう命じてたのは、エリザベスだったんだよ。」
「エリザベスって……あのエリザベス?」
先日の生誕祭で会った時のエリザベスを思い出す。
腰まである金色の髪は、大きめのカールで、とても柔らかそうに揺れていた。
彼女の透き通るような白い肌に、薄いピンク色のドレスがよく似合い、同性の私から見ても思わず見とれてしまうほどだった。
「信じられない……」
驚きを隠せない私にエイデンが言う。
「首謀者はエリザベスで間違いないと思う。レオナルドの影が突き止めてくれたんだ。」
「影?」
レオナルドと目が合う。
「クロウは優秀だからね。」
レオナルドは優雅にお茶を飲んでいる。
クロウと言う名を聞き、初めてレオナルドと森の中で出会った時のことを思い出す。
確か木の上にいた人の名前がクロウだったはず……
あの人が調べてくれたのか。
それにしても……
「どうしてエリザベス様が誘拐なんて……?」
「エリザベスは昔から、エイデンに夢中だったからね。」
私の疑問に答えるように、レオナルドが言う。
「エイデンがレイナと結婚するのが、やっぱり嫌だったんじゃないかな。」
少し潤んだクリクリした瞳で、エイデンを見つめるエリザベスを思い浮かべる。
そのあまりに可愛らしさに、思わずヤキモチを焼いてしまいそうだった。
あの可愛らしい少女が、この誘拐の首謀者だったなんて……あまりにも似つかわしくなくて信じられなかった。
「まぁ、そういうわけだから、ウィリアムも一応この件に関わってるかどうか調べてるってわけだ。」
エイデンが言う。
「そっか……」
浮かない顔の私にエイデンはつとめて明るく言う。
「でもこれで、レイナが狙われることもなくなったわけだし、一件落着だな。」
一件落着……
たしかにもう狙われることはなくなったのだから喜ぶところなのかもしれない。
でも……
切ないな。
エリザベスはそれほどまでにエイデンのことを好きだったのだと思うと胸が痛んだ。
「……レイナ?」
顔をあげるといつの間に近くに来たのか、エイデンが心配そうに覗きこんでいた。
「大丈夫か?」
いけない、つい自分の世界に入ってしまった。
「大丈夫よ。」
皆も心配そうに私を見つめていた。
「一緒にいてやりたいんだが、まだやらなきゃいけないことがあって……」
エイデンが私の頭を優しくなでる。
「悪いな……」
「大丈夫だよ。」
私が答えるより早くレオナルドが答える。
「私がそばにいるから。」
「……余計心配なんだが……」
エイデンがボソっと呟く。
「レイナが望むなら、エイデンの真似をしてあげるよ。」
レオナルドが楽しそうに言う。
「はぁ? なんだそれ?」
エイデンが笑う。
「結構うまいと思うよ。レイナだって最初会った時にエイデンだと思って抱きついて来たくらいだし。」
んっ?
何だか嫌な予感が……
エイデンの責めるような視線を感じ思わず目をそらすと、ビビアン達のあちゃーっといった顔が見えた。
やましい気持ちは全くないのにあわあわしてしまう。
「あれは森の中で暗かったし、エイデンが双子だなんて知らなかったから……」
思わず言い訳をする。
「それにすぐ別人だって気づいたわ。」
「抱きついたのは、本当なんだな……?」
エイデンの声は冷静で、思わず背筋が伸びる。
「それは……」
「まぁいい、話は戻ってからだ。レオナルド、レイナに手をだすなよ。」
レオナルドはおかしそうに笑いながら返事をした。
「レイナ。」
エイデンが私の肩に手を置く。息が耳にかかる距離で囁かれる。
「言い訳は後で聞いてやるよ。」
カプッと左耳が甘く噛まれる。
あっ……
身体中に熱い電気が走る。
顔がかぁっと赤くなる。
ニヤリと笑い部屋を後にするエイデンを、私は無言で見送った。
☆ ☆ ☆
「レイナ様、お久しぶりです。」
「ウィル、元気そうでよかった……」
久しぶりに会うウィリアムは、元気そうだが少し痩せて見えた。
以前は華やかな美しさがあったが、少し疲れて憂いを帯びた表情は、前とは違った色気を醸し出していた。
結局ウィリアムに会えないまま、気がつけば1月以上がたっていた。
やっと全ての段取りがついた、そうエイデンから言われたのが昨日のことだ。
「このたびはレイナ様には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
ウィリアムが深々と頭を下げる。
いつもとは全く違う神妙な雰囲気のウィリアムに何だか戸惑ってしまう。
「とりあえず、座りましょう。」
デッキに用意されたテーブルに二人で腰をかける。
気持ちよく晴れた秋の空がとてもきれいで、吹き抜ける風が心地よかった。
「どうぞ。ウィリアム様から頂いたケーキです。」
ビビアンが私の前にお皿を置いた。
「わっ。美味しそう。」
ウィリアムにお礼を言い、早速ケーキを口に入れる。
「ん〜、美味しい。」
栗とさつまいもが甘くてしっとりしている。
あんまり美味しくてペロリと平らげてしまった。
「ふっ。」
ウィリアムが私を見て微かに笑う。
「なぁに?」
じっと見つめられて、何だか恥ずかしくなる。
「なんでもありません。」
以前とは違うウィリアムのよそよそしい態度に寂しさを感じる。
「……ね、ウィルは騎士になることを納得しているの?」
「えぇ。レイナ様の護衛の役目をいただけるなんて、ありがたいお話だと思ってます。」
ウィリアムが騎士になり、私の護衛をする。
その話をエイデンから聞いたのは昨夜のことだ。
「本当にいいの? 反対されてもガラス職人になるために頑張ってたのに……」
少し切ない表情でウィリアムは私を見る。
「本当ならエリザベスのしたことで、アーガイット家は取り潰しになっていたはずです。」
結局ウィリアムも大臣も、私の誘拐には全く関わってなかったそうだ。
エリザベスが一人で計画し、仲間を見つけ実行した、これがエイデン達の出した結論だった。
関わってはいないとはいえ、大臣は娘のしたことの責任をとり、職から離れ隠居生活を送ることになった。
エリザベスは現在どこかに軟禁状態だそうだ。
他国に嫁ぐよう手配するとカイルが言っている。
国の重要なポストを担ってきたアーガイット家をこのままなくすわけにはいかないと、エイデンが出した案が、ウィリアムを騎士にして私の護衛に当てるというものだったのだ。
「アーガイットの名に恥じぬ騎士になりたいと思っています。」
ダークブルーの瞳がまっすぐに私を見つめている。
その表情からウィリアムの決意がよく分かった。
「ウィルが助けてくれるなら、心強いわ。」
にっこりとウィリアムに向かってほほえむ。
ウィリアムが私の手をそっと触れる。
「お守りいたします。レイナ様。」
ウィリアムの唇が優しく手の甲に触れた。
胸が痛い。
ウィリアムは数少ない私の友人だった。
その友達はもういない……
ウィリアムと主従関係になってしまったことが、とても悲しかった。