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「ほんっとうに、よく似てますね〜。」
珍しいものを見るような瞳で、ミアはレオナルドを見つめる。
「一応、双子だからね。」
ミアの視線など特に気にすることもなく、レオナルドはビビアンがいれたお茶を飲んでいる。
朝早く森を出発した私達が城に着いたのは、もう日が沈みかけた頃だった。
あまりにも汚い私の姿を招待客に見られるわけにはいかないと、人目につかないようこっそり部屋へと入った。
ミアとビビアンは疲れ切った様子だったが、私の帰還を喜び涙した。
と同時にレオナルドを見て驚き、今に至るのだ。
「本当にエイデン様にお伝えしなくてよろしいんですか?」
ビビアンは私が無事であったことを、すぐにでもエイデンに伝えるべきだと言っているのだ。
「やっぱり後でいいわ。今エイデンに知らせたら、エイデンここに来ちゃうでしょ。」
もうすぐ舞踏会の開始で、エイデンは忙しいはずだ。
「これ以上迷惑かけたくないから、さっと用意して私が舞踏会の方へ行くわ。」
それ以上何も言わずビビアンはお風呂の用意をしてくれる。
「さて、私も用意をしないとね。」
レオナルドがビビアンに声をかける。
「私の服はどこにあるのかな?」
「レオナルド様の服ですか?」
ビビアンが尋ねる。
「私が城を出る時に、置いていった服や靴があるはずなんだが……」
ビビアンは少し困った様子で答えた。
「レオナルド様の私物については、もうお城にはございません。シャーナ様がお城を出られる時に、一緒にお持ちになられました。」
「母上が? それは困ったね。」
言葉とは裏腹に、レオナルドは全く困った風に見えない。
「シャーナ様というのは、お母様なんですか?」
「そうだよ。」
私の問いにレオナルドは頷く。
「今は再婚して、サンドピークにいるよ。」
「そうなんですか?」
国を出たという話は聞いていたが、再婚しているとは知らなかった。
「仕方がない。ビビアン、エイデンのクローゼットから、良さそうな服を持って来てもらえるかな?」
もっとエイデンやレオナルドの母親について話が聞きたかったが、残念ながら聞ける雰囲気ではなかった。
「エイデン様の服ですか……?」
「そうだよ。どうせ、サイズ一緒なんだし、エイデンのでいいよ。」
服のサイズまで同じなんて、双子ってすごいと心の中で感動する。
「……分かりました。お待ちください。」
ビビアンが部屋を出てしばらくすると、エイデン付きの侍女が部屋へとやってくる。
「お話伺いました。ご用意いたしますので、どうぞおいでください。」
レオナルドとマルコは侍女について部屋を出る。
「じゃあレイナ、また後でね。」
バタンとドアが閉まる間際、レオナルドが私に向かってウィンクする。
「顔はそっくりなのに、性格は違うみたいね。」
ミアの言葉に笑いが出る。
さぁ、私も用意をしなければ。
まずはお風呂に入って、体の汚れを落とさなくっちゃ。
エイデンにもうすぐ会える。
そう思うと胸が高鳴った。
☆ ☆ ☆
思ったより時間がかかってしまったわ……
早足で歩き、舞踏会の会場へ向かう。
お風呂に入った途端に疲れが出たのか、ついウトウトしてしまったのだ。
いたっ……
足を止めて高いヒールの靴を見る。
舞踏会終わるまでもってくれるといいんだけど……
きらびやかな部屋に入り、エイデンの姿を探す。
エイデンはすぐに見つけることができた。
まるであそこだけ別世界のようだわ……
エイデンとレオナルドが楽しそうに談笑するのを見つめながら思う。
エイデン達の方へ足を一歩踏み出した時に、こちらを見たエイデンと目があう。
エイデンは一瞬驚いた表情を見せたあと、人並みをかき分けこちらへ向かってくる。
その必死な姿に涙が出そうになる。
エイデン、心配かけちゃってごめんなさい。
エイデンに力いっぱいに抱きしめられる。
「よかった……」
耳元にエイデンの掠れた声が聞こえた。
「ただいま。」
エイデンを抱きしめかえしながら、その大きな胸に顔を埋めた。
あたたかい……
その胸の温かさで、帰ってきたのだと実感でき、なんだかほっとする。
「ね、素敵なお土産だったろう?」
いつの間に横に来たのか……レオナルドがニコニコしながら私達を見ていた。
そういえば、ここはたくさん人がいたのだと思い出し急に恥ずかしくなる。
ぱっと顔をエイデンからはなし、少し距離をとろうとする。
「まさかレオナルドがレイナを見つけてくれたとは思わなかった。感謝する。」
逃れようとする私を、がっちりと抱きしめたままエイデンはお礼を言う。
「私が見つけたわけじゃないよ。レイナが私達の所に走ってきたんだから。」
レオナルドの説明にエイデンは首をかしげる。
「詳しい話はまた後にしよう。今はパーティーを楽しもうじゃないか。」
レオナルドは給仕係を呼び止め、シャンパンを受け取る。
「久しぶりの再会に乾杯だな。」
エイデンがレオナルドに言う。
「エイデンとレイナの婚約にもね。」
レオナルドが私に向かって微笑んだ。
シャンパンはよく冷えていて、とても美味しかった。
それにしても……こんなに綺麗な顔がこの世に二つもあるなんて、なんて贅沢なのだろう。
エイデンとレオナルドを見比べながら思う。
そういえば、まだ大切なことを伝えていないと思い出す。
「エイデン、レオ、お誕生日おめでとう。」
「レイナ、ありがとう。」
レオナルドが嬉しそうに笑う横で、エイデンの眉がピクっと動く。
「レオだと?」
エイデンの小さな声が聞こえる。
私を見つめる瞳は、いつの間にレオナルドとそんなに仲良くなったんだ? と追及しているように感じた。
☆ ☆ ☆
「エイデン、もう大丈夫だからおろして。」
私を横抱きに抱え、部屋へと戻ろうとするエイデンに声をかける。
「足痛いんだろ。無理すんな。」
森を朝早く出発して半日以上歩き続けた。疲れ果てた状態でヒールを履いたので、正直足は痛くて仕方なかった。
「でも、主役のエイデンが途中でぬけたらダメなんじゃ……」
舞踏会はまだ終わってはいない。
「私なら一人で部屋まで戻れるから大丈夫よ。」
「黙って抱かれてろ。」
私を見つめるエイデンの瞳は、口調とは裏腹にとても優しい。
「でも……」
「黙れないんならそのうるさい口、今すぐふさぐぞ。」
エイデンの顔が近づいてきて、思わず身体を固くする。
「ふっ。」
エイデンが軽く笑う。
「舞踏会なら俺がいなくても大丈夫だ。カイルとレオナルドがうまくやるさ。」
キスされるかと思って緊張していた私は、何だか拍子抜けしてしまう。
ちょっと残念だったかも……
エイデンの形のいい唇を見上げながら思う。
キスしたかったな。
たった一日離れていただけなのに、ずいぶん久しぶりに会った気がする。
「着いたぞ。」
エイデンは部屋のドアを肩で閉めた。
「ありが……んんっ。」
お礼の言葉はエイデンの唇によって遮られる。
その熱い口づけにクラクラと目眩がする。
「エイデン……」
エイデンは私をそっとソファーの上に座らせると、跪き、私のヒールを優しく脱がす。
エイデンの手が微かに足に触れた。
身体がピクっと震えた。
足の先から身体が熱くなってくる。
何だか恥ずかしくてエイデンの顔を見ることができない。
エイデンは私の横にそっと腰をかける。
「レイナ……」
エイデンの手が優しく私の頬に触れる。
「あ、ありがとう。足、楽になったわ。」
緊張で思わず声が上ずってしまう。
「レイナ、こっちむいて……」
いつもより優しい声でエイデンが言う。
躊躇いながらも、エイデンを見つめる。
エイデンのチョコレート色の瞳がじっと私を見つめている。
その澄んだ大きな瞳から目がはなせない。
吸い込まれてしまいそう……
ゆっくりとエイデンの顔が近いてきて、私は静かに目を閉じた。
エイデンの唇が私に触れる。
エイデンの愛を感じてこの上なく幸せだった。